Case46.伸ばした手
一夜明けた。
久しぶりの自分の布団と枕の感触は安心もあれど寂しさもあった。それは唯のことだ。
深く眠り込めなかったのか、夢にまで姉妹で過ごした思い出が描かれる。煽られているようで、心地のいいものではなかった。
朝早くに帰ってきて最初にすることは姉妹揃ってリノを探すことだった。
下手な資料よりも彼女のほうが詳しく役に立つ。ただし寝起きでなければ、だが。
「おや、お帰りふたりとも。誰か探しているのかい?」
そのリノは簡単に見つかった。社長だというのにそこらへんをふらふらしているのはどうかと思う。ふだんの仕事はどこへ行っているのか。
今はどうでもいいことを聞いている暇はなく、早速本題として唯の、アメリィのことを相談してみる。
「奇遇だね。私もひとつ、アメリィについてきみたちに話さなければならないことがあってね」
リノの話は不二と希だけではなく、全員に関係のある話のようだった。
食事中に話せないほどのことでもなく、まず日常的に自分がグロテスクな光景を作り出している皆のことに注意する必要はない。
なので、自然と全員の集まれる朝食の場面となる。
その日の朝、朝食の席にて。
テーブルに軽食とリノのお菓子が並んだ中、似つかわしくない真剣な表情で話がはじめられる。
まずは、リノと城華からだった。
「アメリィ・ストレセントについて。彼女が遺した生体隕石のデータをはじめ、過去のさまざまなものと照らし合わせた結果。ある事実が浮かんできた。城華くん、どうぞ!」
「あ、は、はひっ!? えっと、は、発表するわ!」
いつもはタチバナとして並んでいる城華だが、今回は研究者としてのようだ。緊張を露にしている。
不二ががんばって、と小声で告げると、城華は気合いを入れ直してか深呼吸をして目の色を変えた。
「アメリィのデータを解析した結果、彼女にはN型隕石のエネルギーが色濃く残っていたことがわかったわ」
食堂にも用意されていたらしい大きなスクリーンを指し、説明がはじまった。
まずストレセントには上位の存在がおり、生体隕石そのもので構成されている。
彼女らのことはテラレンドと呼んでいて、第一期のころ、つまりリノが社長になるよりも前に倒したはずだという。
そのテラレンドのうち、ネヴラ・イヴというN型の方がアメリィの髪や眼の色、背丈に影響している可能性が高い、ということらしい。
そして、そのN型のエネルギーがアメリィの中で増幅されているとして、それがイヴに戻れば復活したときにリノだけでは手に負えない事態になるかもしれないらしい。
さらに、城華は事実を報告する。
現在閉鎖中の地下15階ではN型の生体隕石が消えていた。相手がイヴの復活を狙っていることは明白であって、止めるには少なくともアメリィの持つエネルギーを消す必要がある。
つまり、アメリィを倒さなければならない。オヴィラトのような、討伐作戦が決行される。
「待ってよ! たとえストレセントでも、私たちのたったひとりのお姉ちゃんなんだよ!? それを、そんな!」
「それは……私たちでも考えた。ひとつだけ方法があるの」
思わず叫んでしまっただろう希。気持ちは痛いほどわかる。
そんな彼女へは、新しいプランが提示される。今度は、スクリーンではなく直接持ってきていたものを出してきた。
「これは先日の不二暴走事件における解決策でしたが、生体隕石に溜まったエネルギーを抜くということを行いました。それがアメリィに対してもできるのではないかしら」
イヴのエネルギーを抜き、こちらが奪ってしまえばいい。そうすれば彼女を殺さずにすみ、また希望はあるふうに思えた。
そこでひとつ、疑問がある。イドルレはストレセントとして復活していた。
それを踏まえ、生体隕石を抜き取られてふたたび埋め込まれた時点で、何らかの……例えば生体隕石の交換などを行ったとき、ストレセントからタチバナへは変えられるのだろうか。答えたのはリノだった。
「前例はないね」
生体隕石にはまだわかっていない部分が多く、場合によってはあり得るかもしれないが、現在そんな例はないそうだ。
希はまだできると信じているらしいけれど、不二にとってはできるとは思えない。
奇跡を信じられるほど純粋ではなく、また諦めが悪くもなかった。
「とにかく。ここはすぐにでも決行したいところだが、今から行くにはアジトへ赴くしか方法がないんだ。少数精鋭で、アメリィにのみ気づかれたい」
「かといって、ぼこぼこにされても駄目だわ。私と不二、希ちゃん、それとリノでいくわ。万が一のために和紙、うろこ、小灰も待機をお願いね」
姉のことを考える希も実行チームに迎えられ、全員異論があるはずもなく。
不二が使われたというエネルギー吸出しの方法だけ教えてもらって、準備が終わり次第すぐに出立した。
これで、唯のことも円満に終わってくれればいいのだけれど。
◇
ストレセントのアジトがわかっていても、イヴの件でまだ迂闊に手は出せない。そのはずだった。
これは例外だ。近郊に突入して不二と希だけで姿を見せて、アメリィに会いに来たということを連想してもらって、十分とせずにストレセントたちは現れた。
もちろんアメリィひとりが一番の理想だったけれど、そううまくはいかない。
いま自由に動けるストレセントはおそらく、アメリィとウートレアのふたりだ。
そのふたりがちょうど現れ、アメリィは不二たちが来たことに責める気持ちがあるらしい様子な一方でウートレアは感心しているのか拍手を送ってきた。
「尊き姉妹愛、というやつなのですね、うちも感動なのですよ!」
「ウートレア。それはすこし違う。彼女たちはここで、僕と決着をつけたいんだ」
「そうなのです? 意外と奇跡に頼ってるかも、ですよ?」
にやりとウートレアは笑ってみせる。こっちの考えていることは言い当てていても、隠れている者がいるとは考えていないらしい。
このまま戦闘体勢に入れれば、打ち合わせ通りだ。
「行くよ、お姉ちゃん」
不二は近くのビルにワイヤーを打ち込み、希は自らの首に帯電したスタンガンを当てた。それぞれの衣装を纏い、再び死の淵から戦場へと舞い戻る。
アメリィ、不二、希と円の三姉妹がこの姿で揃うのは初めてであり、また奇しくも暁と青空と夜と、みんな空の色を思わせるものであった。
「あぁ、そうか」
アメリィはそうとだけ頷いて、もはや話をする必要もないと攻撃に移った。
希の電撃とで激突し、中距離からワイヤーで狙われているのを掴んで引き寄せる。
妹ふたりに対しても肉弾戦に持ち込んで、ふたりまとめて胸へ張り手を叩き込んでみせる。
不二には確かに響いたけれど肋骨がいくつかですみ、希はまともに食らって吹き飛ばされた。
「さすが、胸にしょーげききゅーしゅーざいがあると強いのです」
ウートレアはそんなふうに茶化してくるが、彼女のことも注意しなければ。
新たな敵が入ってくると、ただでさえためらいがあって戦いにくいアメリィ戦がさらに不利へと持ち込まれてしまう。
「っふふん、こっちだって行くのですよ」
姿勢を低く構え、勢いをつけて飛び出そうとするウートレア。
しかし。それはかなわない。
「……あれ?」
「」
「ごめんね、きみに用はないんだ」
ウートレアの体にはたすきをかけるように赤い筋がはいり、そこから出血。次の瞬間には左半分が落ちていた。
切り落とされたウートレアの背後にリノが立っていたのは言うまでもなく、あたりは一気に血の海へと変わる。
「こっちは気にしないで、きみたちはアメリィを」
「よくもやってくれたのですね……!」
ストレセントの再生はタチバナとあまり変わらない速度である。切り離されてしまった半身がくっつくまではさすがに時間がかかるはず。
なのに、ウートレアの声がした。そこまで再生が速いのかとリノが目を向けたとたんに頬にも衝撃が走り、それがウートレアの落ちていない右半分による蹴りだと気がつくのに一瞬遅れた。
「うわ、化け物だね、きみも」
「一寸の虫にも五分の魂……なのですよッ」
「それは用法が違うね!」
ウートレアの体に黄と黒の紋様が浮かび、髪の跳ねた部分は百足の脚となって絡み付いてくる。
さらに髪で顎の部分まで作られており、まだ体術を行えるらしい身軽な右とあわせてしがみつく左もまた天世リノを足止めするに足るものであった。
「ウートレアはリノさんがやってくれてる、やって不二お姉ちゃん!」
不二と希だって負けてはいない。
不二のワイヤーに希の血を垂らし、それらが帯電することによって威力を増す。
アメリィに向かって放ち当たらずとも電撃が希の意思で飛び、翼に当たっては彼女の飛行能力を奪う。
地面に落とされたアメリィにはワイヤーを巻き取って不二が急接近、蹴りは止められても立ち上がることは阻止できている。
ドレスが度重なる電撃で焦がされ肉弾戦で破かれ、すでに背中は見えており、肩甲骨のあいだに生体隕石が輝いている。今なら、狙えるだろう。
「城華っ!」
「えぇ、オッケーよ!」
飛行能力を持ち、この器械の開発者である城華がエネルギーの奪取を担当する。
アメリィの背中へ急行し、暴れる翼には神経毒を打ち、アメリィが止まっているあいだにと器械を生体隕石へとあてて、光の抜き取りが始まった。
「はぁい、そっこまでだよ!ね☆」
突如、その場の全員が動けなくなったかと思ったとたんに、城華の手元がなにかによって斬られた。
器械はばらばらになり、彼女の手も被害を受ける。
やっと身体が動くようになって何が起きたのかと顔をあげると、そこにはイドルレ・ザナドゥとエイロゥのふたりが立っていた。
切断はエイロゥによるもので、身体の自由を奪ってきたのはイドルレだ。
「一瞬なら好意なんてなくてもコントロールできちゃったりして、ね☆」
「残念ですが、ネヴラ・イヴのエネルギーは渡せませんよ。もちろん、アメリィの身体もね」
ウートレアにまとわりつかれ苦戦していたリノがどうにか全身からの刃で振り払い、跳んで離脱する。イドルレもエイロゥも緊急事態だ。
どっちか一方なら残る三人のタチバナでどうにかできたかもしれないが、どちらも現れては対処ができないから総力戦を避けているのだ。
「撤退だ、走っても飛んでもなんでもいい! 全員相手はまだ無理だ!」
不二はアメリィから離れると、作戦の失敗を信じられないのかとっさに動けていない希のことをひっ掴んで動き出した。
向こう側も、いくらだって撤退を妨害する手段はあるだろうに、ここで決めるほど余裕がないわけではないのか逃がしてくれる気があるらしい。
リノの声に従って、たとえ希が唯の名を叫んでいようとも、ただ逃げていくしかなかった。




