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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
ワカレハマドカニ
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Case43.青空へ羽ばたく

 ストレセント反応を地下15階、生体隕石保管庫内で検出。

 明らかな非常事態に、リノは誰に指示を出すよりも前に自らで動いた。

 保管している生体隕石には、研究中の危険なものだって多くあるのだ。ストレセントたちに奪われれば、リノが何人いても足りないだろう。


 リノの信頼するスタッフたちであれば、全館への警報、タチバナの召集もかけてくれるはずだ。

 リノは地上数十メートルから飛び出して、腹を切りつつ着地、同時にユリカゴハカバーの飛び出していく場所へと滑り込んで一気に階段を駆け下りる。

 足を踏み外しかけたせいでいくつか階段が破損したようだが、そんなのには構っていられない。


 全速力で15階へ急行、パスワードの入力を求められたのを雑にぶったぎって突破、内部へ突入した。


「あ、リノさん! たいへん、お姉ちゃんが……!」


 希の声だ。ストレセントではない。

 どうやら、反応自体はその隣で唸る者らしい。

 希の言っているお姉ちゃんが不二のことであるならば、不二に大きな精神的負荷がかかったせいでストレセントになりかけているということか。


 その負荷は、きっと自分の妹がタチバナになっていたことだ。


「おや不二ちゃん、もっふもふじゃないか? ネコミミが趣味だったかい?」


 まずは自我が残っているかを確認してみる。


 手を出すとおもいっきり引っ掛かれて、片腕をぜんぶ持っていかれた。

 あらかじめ変身しておいたため再生は早かったが、この攻撃力は脅威のうえ、まるで尻尾のようにワイヤーが動いている。


 これは、下手に攻勢に出れば先に壁に縫い付けられるし、場所も悪い。

 生体隕石が身体に混入すればすでに体内にあるものと反発し、絶え間なく増え続ける肉のかたまりにでもなってしまうだろう。


 不二も希も手放すには惜しく、リノにはやりたいことがある。となると、最初にやるべきことは決まってくる。


 意を決して自分の腕を切り落とし、手早く皮を剥ぎ軽く精肉っぽくして、ぶっ壊したパスワードの壁から引き抜いてきた適当なコードの先にくくりつける。即席ねこじゃらしだ。

 こういった自我が薄いストレセントなら、たぶん本能が強い。釣られてくれるはずだ。


「ほらこっちだよ、おいで!」


 目の前でちらつかせ、そして即席ねこじゃらしを引いて走った。職員は道を空け、不二とともに階段でおいかけっこをする。

 そのあいだに片腕は再生。しばらく駆けずり回り、彼女を訓練場にまで誘い込んで、リノは彼女を訓練場へひとまず閉じ込めた。


 ここひとまずは落ち着けるが、ここからが本当の問題だ。地下15階の処理と被害の確認。それと、不二をこれからどうするか。これも、緊急会議ものだった。


 ◇


 全員を地下15階へ集め、座布団を運ばせ、地べたに座って会議を始めた。

 わざわざ事件現場で行うのは、これ以上の事件の発生を防ぎたいからだ。

 今の状況でも何が奪われたのか、何を奪われていないのかがわからないため、油断はならないままだ。互いに監視となれる場が一番悪化を防げるといえる。


「全員揃ったね、これからの話をしようか」


「待ってよ。まだ不二が来てないわ」


「……そこも含めて話すんだよ、城華ちゃん」


 リノは先ほどあったことを全て話す。

 驚いた表情とともに、とくに希と城華の表情が目についた。姉の変貌を目にした少女と、何も見ていないままに現実を告げられた少女だ。


 もちろん、すぐに受け入れられる話ではないから、とリノは訓練場に仕掛けてあるカメラの映像を見せた。変貌した不二はただ広い場所でじっとしている。

 その姿を食い入るようにそのふたりが見て、ほぼ一緒にリノに顔を向ける。


「お姉ちゃんになにがあったの!?」


「不二になにがあったのよ!?」


 城華でも希でも、求めている答えは同じだ。

 彼女に起きている異変は、精神が不安定になっているせいで起こっている半ストレセント状態。すべてがストレセントに引き込まれてしまったら、引き戻すのは不可能に近い。

 今ならまだ取り戻すことはできるはずだ。ストレスを吸収しすぎた生体隕石からそれらを逃がしてやればいい。


 ただ、あの猛獣と化した不二を止めつつ、何らかの手段で生体隕石からエネルギーを抜くことが必要だし。

 何よりああなった彼女の心を落ち着かせるものが必要だ。それらを全て満たしてこそ、円不二を助けられる。


「……なんだ、それでいいのね」


「え、それでって、ここまでの条件で?」


 城華は強く頷く。方法なんて自分で作ってみせる、不二のことは私が助ける、と。

 今から方法を作ったとして、彼女がストレセントになってしまうまでに間に合うだろうか。


「いや、間に合わせられるか」


 進行を止めるため、その溜めたエネルギーを微量でも放出させる方法はある。


 再生だ。使わせ続ければ、いくら溜めていても同じスピードで使えば量は変わらない。最後にすべて吸い出せればいいのだから。

 幸い、ここに動けるタチバナは何人もいる。作戦は使えるだろう。


「よし。決まったよ。みんな、作戦の指揮に出る」


 城華と研究チームでエネルギー吸出しの機構を作り、リノたちは交代で不二のことを監視、攻撃。

 とにかくなんでもいいから再生にエネルギーを使わせろ、ということで言っておく。


 タチバナには交代で攻撃に努めてもらう。火力に欠ける和紙はうろことチームで、城華の完成までつないでもらう。

 そうと決まれば、実行に移るのはすぐであるべきだ。


 ◇


「最初はあたしらか。ったく不二のお嬢ちゃん、抱え込みすぎだろありゃあ」


「しかたがない。家族だけの問題だと思ってたら、相談もできない」


「そりゃそっかぁ。ま、あたしらでちっとは助けになれりゃいいんだがな」


 訓練場で、うろこと和紙は獣と対峙する。

 ふたりとも、不二とは同期。そこそこの仲だ。

 最近はすこし距離が開いていたが、今からはもう距離とは間合いのことになる。

 近接戦闘に持ち込んで勝てるほどうろこと和紙はインファイターではないかわりに、翻弄と時間稼ぎなら得意分野だ。


「っし、んじゃあたし準備するわ。ちょっと時間稼いでくれ」


「りょーかい」


 ふたりの長所は自殺の手軽さと早さだ。大きな覚悟は必要がない、ただ引き金をひき、ただ刃を振り下ろすだけ。

 その一般人には海峡にも等しい一歩を簡単に繋げてしまう架け橋があるとしたら。このふたりは最速である。


 次の瞬間には銃声が響いた。また宙をいくつかの毛が舞った。

 さすがに皮膚も厚くなっているのか、ナイフでは通りにくい。いや、通りにくいものを通せずして動脈が切れるか?

 答えは否である。和紙の前に、厚い皮膚とただ一枚の紙切れはほぼ同義だ。


 不二の背中に赤い筋が入った。少量の血が飛んで、すぐに塞がろうとする。

 これを繰り返せばいいだけだ。だが、一度傷つけられた獅子は獰猛である。和紙を睨み、爪を研ぎ牙を剥く。


 獣は跳んだ。和紙に追い付くため、大きく飛び上がっていった。

 さすがはネコミミ、と吐き捨て、和紙も素直に撃墜される。

 時間を稼げばいい、守るべきは目の前の彼女、不二である。なら、多少の痛みはかまわないだろう。彼女が痛みを背負ってきたように。


 猛獣の牙で食いつかれ、和紙の肩甲骨、鎖骨、その他もろもろが砕けていく音がした。

 すでに仕留めたとでも思っているのか、肉を食いちぎろうとしている。食事中は、隙が大きいものだ。


 和紙の持つナイフは、彼女の心臓を寸分違わず射止めた。

 引き抜いた瞬間に鮮血が脈拍に沿って溢れ出す。血を浴び、血を浴びせたため、どっちのものかはもうわからない。

 だが、これはきっと、骨折り損ではない。


「肉を切らせて……ならぬ、骨を折らせて心臓を穿つ」


「はっ、最近は気の利いたジョークも言えるようになってきたよなぁ和紙ぃ!」


 呟きの直後、和紙の上に乗っていた獅子は吹き飛んだ。うろこの武器の準備が終わったのだろう。

 和紙が囮になって動きを止めれば、こうして高火力も叩き込めるというものだ。


「受けとれ不二、感謝の大砲弾セールだ!」


 うろこの周囲に配置されている大砲たちが火を噴いては獅子の身体が抉れ、再生が追い付くより先に損傷を広げる。

 使い捨てのマスケット銃なんてたくさん出しては捨て、やがて和紙の肩も治って、うろこは一発撃ってから起き上がる手助けをしようと思った。


 だが、獅子は無理をした。再生も終わっていないのに飛びかかって、食い殺すのに目的を変えた。

 予想していなかった動きに、うろこは銃の用意が間に合わず、和紙は咄嗟にうろこを庇う程度しかできなかったであろう。


 今回に限っては、さらなる予想外が訪れていた。

 閃光が走り、獅子の勢いよりも強くぶつかって、彼女を押し戻していく。


「うろこさん、和紙さん! お姉ちゃんは私に任せて!」


 ◇


 雷のタチバナは立つ。姉のため、自らが引き起こした悲劇とも知らず。


 皮膚は電気に強い。だが、その下ならば話は別だ。

 希の電流ならば血液を駆け抜けていくことなど容易だし、そしてそれは全身へとくまなく届いていく。

 不二は内臓のダメージの修復が遅く、まず一度内側から焼き尽くし、姉を気絶に追い込んだ。


「……お姉ちゃん。私がタチバナになったのは、お姉ちゃんとまた会いたいからなの」


 妹の声は届いているだろうか。不二は動かない。


「私はお姉ちゃんのいる世界を守りたかった。だから、こんな身体になってもいいって思ったの」


 もう一度電撃をてのひらに溜めて、倒れる姉に寄っていく。雷が彼女を再び焦がし、また再生が振り出しに戻される。


 その言葉は希の本心だった。ストレセントを目の当たりにして暴走するように、エイロゥとウートレアに操作されたものではない。

 この声は、不二に聞こえているだろうか。


「……聞いてるわよ、不二は。聞いてないわけがないもの」


 希の背後からした声は、城華のものだった。手には自分の吸入器をモデルに作ったと思われる吸出しの器械だ。

 生体隕石から余剰に持ってしまったエネルギーを抜くものが、もう完成したのだ。


 城華の額に巻いているタオルはぐっしょり濡れているし、彼女の白衣にはすすがたくさんついている。

 城華が、再生をはじめはっきりと呼吸するようになった不二のそばへと屈んで話しかける。


「こんどは私があなたを引き戻す番ね、不二」


 疲れきった笑みだけれど、希の目には彼女が嬉しそうにも見えた。


「誰より人の幸せが大切で、自分がそのためにならないなら存在が揺らぐ。そんな、決して普通じゃないけど強くもない。そんな不二が私は大好きなの」


「わ、私だって! 他人の幸せを願ってるどころか、他人に尽くさないと生きてる感じがしないなんてどうしようもないお姉ちゃんのこと、これからも大好きでいるから!」


 接続された器械は生体隕石より光を抜き取り。同時に、不二に発現した獣の特徴も消え去っていく。

 これで収まってくれるはずだ。城華と希は思わずハイタッチをして、互いに抱き合った。


 その勢いで、希の耳の辺りから何かが落ちた。

 小さな補聴器か、あるいは通信機だろうか。拾い上げようとすると、六本の足が生え、大きく跳んだ。


「きゃっ、なにあの虫!?」


「え、な、なによそれ! ふつうの虫!?」


 飛び跳ねてまわる小さな虫は、次の瞬間炎によって撃墜され、生体隕石のみが残る。

 待機していた小灰が対応してくれたようだった。いったい今のはなんだったのか、と生体隕石を拾い上げる小灰へふたりで問うと、彼女はこうはぐらかした。


「さぁね。ただひとつわかってるのは、こんな悪趣味なものの掃除以外に私の出番がなかったのが、私の心残りってとこかしら」


 こうして不二は助けられ、希がエイロゥに乗っ取られることもなくなったであろう。


 小灰が撃墜した虫が最初から天界社に潜んでいたものであり、不二の一件は囮であるとは。この時のこの場では、誰も知る由がなかった。

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