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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
ワカレハマドカニ
44/69

Case41.追跡は光速にて

 リノへの報告を終えたのち、城華・小灰ともに通常のストレセント退治の役割に戻ることになる。

 不二の姉妹である唯と希のことはリノも協力すると決めており、調査にも乗り出すこととした。


 そっちに問題はないのだが、いま、ひとつおもいっきり問題が発生していた。


「街中で非常に巨大な虫の目撃が相次いでます。わたしも行かせてください」


 不二の肉親のことでたいへんなこのときに、彼女に任せていいのだろうか。リノはため息をつくほかになかった。

 ただのストレセント戦ならいいが、アメリィ・ストレセントおよび所属不明のタチバナ、ともにいつ現れてもおかしくない。

 彼女の精神を案ずるならば行かせるべきではないだろう。


 が、リノはそれで不二が納得してくれないことも予期していたし、きっと肉親のことを乗り越えられないほど脆い少女でもないと評価していた。

 これが城華ならともかく、という話だ。


 リノもストレセントを放っておかせるわけにはいかない。

 あれは人間から作られるだけでなく、他を巻き込んでいく。

 それにタチバナ以外の攻撃では生体隕石の回収が困難だ。不二が自ら出てくれるというなら、任せたっていい。


「あぁ、あの君似のストレセントに会ってもいい、ってことかな」


「はい。ちゃんと考えて、ここにいます」


 不二の目は真剣で、どうもリノの苦手な目をしていて。

 しょうがないなあ、と自分にも言い訳をしながら、彼女を送り出すほかになかった。


 ◇


 アメリィが謎のタチバナによる妨害を受けて撤退した件を受け、イドルレはいまだ反省させられているウートレアを連れて、そのタチバナを誘き出そうと考えていた。


 今回ウートレアとともに製作するのは動きが速いストレセントにしようと心に決め、編集者に突っぱねられ続ける作曲家のたまごを捕まえて実験台に使ってみる。

 まだまだ慣れないX型の使用だが、今回は制御が目的ではない。好き勝手に走り回らせて、それが釣り餌になれば大成功だ。


 そうしてストレセントを用意し、ウートレアに出撃を任せ、はいなのです、と元気のいい返事をもらって安心する。これでいい。

 ウートレアの実力は見た目と性格に反して信用できるものだ。

 天界社はまず動き回るストレセントに釣られるだろうから、たったひとりのタチバナにウートレアが遅れをとるはずはない。


 ただ、問題が別にひとつ。イドルレの髪をくしでとかしながら、訴えかけてくる少女がいることだった。


「あのタチバナは僕にやらせてくれないかな。僕が行かなきゃいけないんだ」


 アメリィは前まで落ち込んでいた気がするのだが、今度は一転やる気があるらしい。イドルレと一緒に歌ったおかげだろうか。

 たしかに立ち直ってくれたのはいいことだし、ウートレアひとりでは数人相手が難しいのも事実だ。

 けれど、落ち込んでいたということはその理由がある。いまのアメリィにその決着をつけられるだろうか。


「イドルレ。僕を信頼してほしい。あ、髪、終わったよ」


「あ、うん、ありがとう」


 櫛を置いたアメリィは、出撃の仕度のつもりなのか自分の背に備わるつぎはぎの翼の手入れをはじめる。考えてみれば、彼女が信頼できないわけはない。


 イドルレは出発しようとするウートレアを呼び止め、アメリィにも同行を命じた。ウートレアも快く受け入れる。


 こうして、イドルレはアジトにひとりお留守番となった。

 アイドルがお留守番とは、いったいどれほど世界にある事柄なのだろう。


「……そういや、エイロゥは?」


 あの博士はどこへ行ったのだろう。

 彼女のことだから、どうせろくなことを考えないで、外道な作戦の実行に移っているのだろうが、気づいたのだから口に出してみる。

 けっきょく返事はなくて、その後のイドルレは自室へ帰ってダンスの特訓に精を出すのだったが。


 ◇


 不二が辿った目撃情報は多く、職員さんにもらったデータはひたすら更新され、不二はたらい回しとなった。

 同じ場所を通ったかと思うとルートを外れ、ルートを外れたかと思うと引き返すことになり、いったいどういうストレセントが相手なのかわからなかった。


 黒くて印象に残るとは聞いているが、誰も生物に例えたがらないのだ。よって、推測の立てようもない。


 その途中で、不二はふと気になる人影を見つけた。

 ひとめ見ただけではただの年下の女の子だ。けれど、不二は彼女を知っていて、彼女も不二を知っていなければおかしいものだ。


 不二には自分が出ていっていいものかという感情は少なからずあって、ずっと会いに行こうなんて思っていなかったから、これは偶然の再会となる。

 先に向こうが振り向いて、こっちを見るなり表情を明るくして手を振ってくる。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!」


 不二は駆け足で彼女のもとへ寄っていって、やっぱり見知った顔であることに頬をゆるませる。

 この可愛らしい笑顔を見るのももう1ヶ月ぶり、だろうか。それ以上かもしれない。


「希、元気だった?」


「お姉ちゃんこそ! 私がいなくてさみしかったでしょ!」


「あぁ、さみしかったよ」


 何度か、姉妹でいたときのことは思い返したことがある。

 事件に巻き込まれたのち、検査などのため妹が遊びに来ていたうろこをうらやましくも思ったし、肉親の話になるとぼんやりしたりもした。

 いや、最後のはいまでも続いていることか。まだ、あの暁の少女のことが済んでいない。


「お姉ちゃん、いま何をしてたの?」


「うーんと、虫とり、みたいな」


「じゃあ私と一緒だね。あの黒いのでしょ?」


 希がそのことを知っているのには驚いたが、いくらストレセントは抹消せずとも倒した時点で人々の記憶から消えているとはいえまだあのストレセントは見つかってすらいない。だから、希と一緒でも変わりはない。

 確かにこのままだと危険ではあるのだが、不二には彼女を再び置いていこうと割りきることができなかった。


「お姉ちゃんがいなくて、私も大変だったんだからね! お料理は好きだからいいけど、お洗濯とかお掃除とか」


「それは……ごめん」


「もう許しちゃう! お姉ちゃん好き!」


 希の好意があけっぴろげなのは元からだ。不二は希を連れて、思い出話に花を咲かせつつ、いまだ姿も見えないストレセントを追った。


 何周同じところを回っただろうか、さすがにタチバナである不二でも息があがりはじめたころ、目撃情報が路地に向かい、そして同じ地点で相次ぐようになった。止まっているのだ。

 これ以上の好機はない。ふたりで走りだし、ふと、希が息切れしていないのを不思議に思った。そんなに体力のある子ではなかったと思うのだが。


「あ、いたよ、お姉ちゃん!」


 確かに行き止まりに、一体の巨大な虫が鎮座していた。

 黒くて印象に残る、誰も形容したがらない。それらの意味がやっとわかる。こいつは家に出るアイツだ。

 どうりで素早いわけだ。不二は納得しつつ、ここで仕留めるために希を下がらせようとする。


「希、危ないから隠れててね」


「どうして?」


「あいつを退治しなきゃいけないんだけど、暴れられるかもしれないから」


「それがどうして危ないの?」


 希の言っていることがわからなかった。不二は希に怪我なんてしてほしくないし、タチバナのことに巻き込みたいだなんて思っているわけがない。

 だから、ここまで連れてきた自分が悪いとしても、希には下がってほしかった。


「私たちはもう、しんじゃってるのに?」


 希の方も、そうはいかなかった。


 いつの間にか握っているスタンガンより閃光となるほどの電撃が少女の身体を駆け巡り、破壊する。

 そうして暗い夜色の衣装が作られ、希はタチバナとしてその地に立った。


 不二は頭が理解しようとせず、立ちすくんでいるしかない。ストレセントが動き出しても、希に問われても、動けない。


「お姉ちゃんは変身しないの? 一緒にしんじゃおう?」


 その言葉で、不二の中のなにかが崩れ落ちた気がした。


 不二が動けないあいだも戦闘は展開されていた。稲妻を響かせ、視覚を追い抜いた速度の戦いだ。

 動き回る黒い虫にも憶さず希は飛び込んでいく。彼女の脚は電撃を纏って虫の身体を砕き、機能を狂わせ、たやすく全身の破壊にまで持ち込んだ。


 爆散する虫は生体隕石を残して消滅し、残った石を拾い上げると、希は不二に向かって微笑んだ。


「終わったよ、お姉ちゃん。すごいでしょ」


 電撃による負荷なのか、脚には血が滲んでいる。再生してはいても、希は傷ついている。

 それは不二が見たくない光景で、胃の中身を吐き戻したくなるほどには気分が悪かった。


「わーっ!? もうゴキが死んでるのです!? 遅刻なのですよ!」


 そんな雰囲気をぶち壊してくれるのは、いつもなら絶対に現れてほしくないストレセントだった。

 すさまじい勢いで地面に衝突、あたりを見回すなりそう叫び、不二の吐き気よりも彼女の面白さが勝っていた。


「おっと、でもタチバナはたったふたりなのですね? ならいくのですよ、アメリィ!」


「まったく、もうちょっと静かに着地とかできないのかい」


「無理! なのですよッ!」


 しかし、着地でできた亀裂の中心からはもうひとりストレセントが現れる。不二がずっと気を取られていた、あの暁の少女である。

 ウートレアからそう呼ばれているのだから名前はアメリィで間違いはない。いや、不二が思うに、それは間違っているのだが。


「……おや。ふたり揃って、久しぶりだね。僕の妹たち」


「まさか。本当に唯ねえが縮んでるなんて」


「唯お姉ちゃん。不二お姉ちゃん。戦うの?」


 数年ぶりに姉妹が揃うこの時。タチバナとストレセント、敵でしかない関係に放り込まれ、三姉妹は引き裂かれていた。


「妹だからといって手加減はできないんだ。ごめんね」


 姉であり、不二がずっと頼ってきて、ずっと不二と希のために身を粉にしてくれていたのが唯だった。その唯が、いまは不二と希に敵意を向けている。信じたくない。


 もちろん、髪の色は抜け、身体は幼くなり、つぎはぎの蝙蝠の翼を携えた彼女を姉ではないと否定するのは容易いことだ。

 けれど、あの少女は間違いなく唯だ。記憶がそう叫んでいる。

 顔立ちや立ち振舞いだけではなく、同じ血を宿す姉妹として、確信するしかなかった。


 希が嬉しそうに笑い、純粋に再会を喜びながらも、唯ではなくアメリィ・ストレセントを狙う眼光を宿すのを見た。

 このままだと、唯と希が殺し合う。そんなの、不二は許せない。


「おっと、うちもいるのですよ。忘れないでほしいのですッ!」


 アメリィと希の間に立ち塞がるウートレア。希の標的は変わらずアメリィであるが、ウートレアはそれを許そうとしていない。

 不二にはありがたいことだが、アメリィも退いてくれそうにはない。それどころか、まだ変身すらしていない不二に何ができるというのだろう。


 電撃を纏った突撃でウートレアと希はともに壁に激突し、一瞬のうちに三ヶ所の大きな衝突の跡を作る。

 ウートレアだって負けてはいない。血を吐いてこそいるが確かに希の脚に髪を絡ませ、肩にもがっちりかみついており、逃がさないという強い意思がある。

 希が息継ぎをした瞬間に髪をほどき、顎の力だけで彼女を地面に叩き付けるとやっと離して口元を拭った。


「さっすがアメリィの妹さんなのです。甘酸っぱくてぴりぴりする感じがたまらんのです」


「ウートレア、話が違うよ」


「はっ! アメリィのお相手はうちがベッドでしてやるのですよ。黙って、いや、踊って見てろなのです」


 呆然とするアメリィをよそに、ウートレアは希への攻撃を続ける。

 彼女を振り回しては先ほど自分がやられたように壁に激突させ続け、希が気絶しているとみると不二のほうへ投げ捨ててくる。

 なんとか受け止めたところで、ウートレアはこちらへの興味を失ったのか。アメリィばかりを向いている。


 逃げる隙を与えてくれているのか。ウートレアがそれ以上のことを考えているとは思えず、見逃してくれることに甘え、希を抱えて逃げ出した。


「……あれ!? あいつらがいないのです!?」


「君が黙って見ていろというから!」


「踊って、ですよ! ってかストレセントもいないし、帰るのですよ!」


 不二もアメリィも煮え切らない表情で。響いているのはウートレアの声だけで。

 三姉妹の再会は、心を傷つけるのみに終わった。

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