Case36.悩みのタネ
ストレセントの本拠地。それは薄暗くてどこかから激しい音楽が聞こえてくる、常人には居心地の悪い場所。
ここに帰りつくたび、あぁ、帰ってきたんだなという感じがしてイドルレはけっこう好きだった。
「おかえりなさい、イドルレ」
出迎えはいつもは無いが、きょうはエイロゥだった。
アメリィは自室か廊下かを掃除、ウートレアは大音量の中で眠っているのがいつものことだから、出迎えがあるとしてもエイロゥだ。
しかしきょうは、エイロゥの様子も違った。イドルレを連れていきたい場所があるらしく普通に連れられていってみると、まともな家ならリビングにあたる部屋に到着した。
すでにふたり、向かい合って座っている。
どちらもただじっとしているわけもなく、ウートレアはヘッドフォンをしていて思いっきり音割れしており、アメリィは静かにしているようでテーブルを拭いている。椅子に座っているのが奇跡だ。
イドルレは激しい音楽とテーブルをこするきゅっきゅという音の中で席について、エイロゥを見た。
彼女は向かいに座って、ウートレアのヘッドフォンの配線をぶっこ抜いた。
「なにしやがるのです」
「話を聞いてください。これからの方針ですよ」
イドルレにはかなり久しぶりの定例会議に思えた。
自分は死んでいたからそれも仕方がないのだが、自分がいない間はきっちりやっていたんだろうか。
「第二期被験者というカードを捨てることになったかわりに、私たちは大きな戦力を手に入れました。イドルレに使用したX型隕石の力は、生体隕石を侵食し、引きずり出す力。それはX型同士でも同じです。天世リノ撃破のためのワイルドカードを引いたというわけです」
天世リノ。イドルレではなかったころの祷可恋の、捨てた自分の心残り。
ずっと憧れていた最初にして最強のタチバナで……自分の初恋のひと。彼女を倒す唯一のストレセントという立場を手にいれたことは、とっても嬉しいことだった。
「それで、です。イドルレはなるべく、前線には出ないように。ストレセントを作るのは頼みますが、自分が出撃するのは控えるよう」
当然の判断ではある。イドルレの魅了が効かなくなればエイロゥの作戦の幅が狭まるのだろう。しかし、イドルレはそこまで深くは考えていなかった。
今さっき宣戦布告のために一回出撃したし、戦わなかったものの能力の片鱗は見せてしまった。
魅了なんて搦め手が対策されたところで実力で上回ればいいだけだし、リノを倒すためならどんな対策にも打ち勝ってみせる自信はあった。こんなに自分に自信をもつのははじめてかもしれない。
とはいっても。余程でないとリノは出撃してこない。ほかのタチバナたちには、たとえうち一人が前までイドルレに入っていた生体隕石を持っているとしても執着の気分は薄いといえる。
イドルレに出るなとエイロゥが言うのなら従ってもいい。頷いて答えた。
「じゃあ、そろそろ僕も働こうか?」
「なにをー!? うちだってもっと騒いでたいのですよ!」
アメリィもウートレアもそれぞれの言い分で行きたいと言い出した。
共にじっとしていられないストレセントであるのだから、逆によくいままでここで満足していてくれたものだ。
エイロゥはため息をつき、交代でイドルレのストレセント作りに協力していけばいい、と言った。
エイロゥ曰く、ほかの型を混ぜてストレセントを作ると半端にまじってキメラになってしまうが、X型は他と違って馴染みやすく、むしろ協力すればより強力なものを作れるという。
イドルレは感心し、アメリィとウートレアでじゃんけんをして、ウートレアが勝ったのを見届けると、まずふたりで作戦会議といくことにした。
「いやぁ、イドルレの魅了はふんわり眠れて気持ちがいいから、いっしょに戦えるとはうれしいのです! 静かなのだけが気にくわないですが!」
「別にウートレアには魅了かけないけど、ってか影響受けてたの?」
「はいなのです!」
正直、そう言われると困った。あの力は、イドルレあるいは可恋に対する好意に反応して活動意欲を削いでしまうというちょっとした応用術だ。
リノは少なからず可恋には好意があっただろうし、まだ表に出さない情が残っているか、あるいはイドルレを殺したことでよみがえったかしただろう。
街ゆく一般の人々は超絶美少女アイドルであるイドルレには少なからず思うところがあるはずであり、相手がタチバナとなると敵としての感情が強く効力がすぐには出ない。
では、ウートレアが気持ちよくなるほどということは。惚れられてでもいるのだろうか。
「えぇっと、とりあえず、ありがと?」
「はいなのです!」
ウートレアは素直でいい子だとは思う。ちょっとやかましいだけだ。
エイロゥやオヴィラトのように歪んではいないし、リノや芥子のように狂ってもいない。
小柄な彼女の頭を撫で、イドルレはアイドルらしく微笑んだ。
「いっしょにがんばろ!ね☆」
◇
戻ってきた和紙と城華は残念なニュースを聞いた。
リノは正気を取り戻して、反動によって珍しく働きはじめていたが、不二はというと考え事をしたままでいた。
いっしょにいた小灰とうろこも、小灰が眠ってしまってうろこと不二は娘を見る目で眺めているだけだった。
ひとまず和紙とはリノへの報告のために別れ、城華は不二たちのもとへ歩み寄った。
「お、城華。おかえり、どうだったよ?」
「いちおう街の方は解決したけど……不二はイドルレの影響を受けてる訳じゃないのね」
「い、イドルレ!? あいつがいたのか?」
うろこにも不二にも驚かれた。そう、彼女はもう出現しないといわれていたはずだし、何より城華の胸にあるこの生体隕石はもともとイドルレのものであった。
それが、小灰の奪われたX型で復活してパワーアップしていると説明し、ふたりには納得してもらった。
小灰が眠っていて助かった。彼女に罪悪感は抱いてほしくはなかったのだ。
「ってーと、不二は悩んでるんだよな」
うろこがなんと本人に話を振って、振られたほうはまたおどろき、ため息をついた。
「……ごめん、心配かけて。あのストレセントのことだっていうのもきっとばれてるよね」
「やっぱりそうだったのね。お姉さんや妹さんだったらどうしよう、って思ってるんでしょう」
「はは、さすがは城華。なんでもお見通しだね」
不二は笑ってみせた。笑ってみせるしかなかったんだろう。
とはいえ、相手はストレセント。確認するにも会いには行けない、写真資料も城華たちで見れるのはイドルレのものくらいしかない。
いや、芥子やリノの権限にもなればあるのかもしれないが、そこまでのものを見せてくれるだろうか。
芥子はともかく、リノは不二の悩みがイドルレ関係でないと知れば見せてくれそうな気がする。
急きょ城華は不二の手をひき、リノがいるであろう部屋まで走り出した。不二の不安を晴らすには、それしかない。
リノの部屋に着くと、なぜか和紙がリノのひざのうえに座らせてもらって談笑していた。ふたりで皿にあけたお菓子の群れを消費している。
金髪のロングヘアどうし仲のいい姉妹というか、何をしているのやら。
普段あまり社長として働いてはいないから、反動の反動がきているのか。
もう報告は終わっているらしく、こっちに気づいてもまったく動じずに空いているソファーに座るよう勧め、城華と不二はそれに甘えた。
「それで何の用だい?」
「えっと、見せてほしい資料があって」
リノに一から話した。暁の少女のこと、その正体が不二の肉親かもしれないこと。不二がそのことで悩んでいること。
全部きっちり話して、リノにはきっちりわかってもらい、頼み込もうとするとすんなりオッケーが出た。
「いいよ、減るもんじゃなしに」
こういうときは彼女のゆるさに感謝せざるを得ない。
リノが動くということで膝から和紙がぴょんと降り、全員でパソコンの前に集まった。
厳重なロックがよくわからないシステムで解除され、画像がたくさん表示される。
「あ、この子です、この子!」
あの少女の姿が目につき、急いで止めさせた。
拡大して、しっかりと映った横顔を見て、不二と見比べた。そういえば似ている気がするが、どうだろう。
「残念ながら彼女のデータはないよ。現れても交戦したことはないからね。生体隕石の反応はA型なんだけど」
A型といえば、不二と同じだ。不安要素が増えていく。
けれど、真実は真実だ。不二の家族だったなら、城華はどうするべきだろう。
このあと、結局答えが出ないまま、不二と城華はリノの部屋を後にした。
もう一度見たことで確信が強くなってしまったのか、不二の表情は先より明るくない。
「……また、出会ってみるしかないわね」
そのときは、しっかりと確かめてやる。
大切な不二の表情を曇らせる相手に対して、城華には使命感が生まれていた。




