Case35.ぼんやりDays
決着がついた日から数日。ずっと不二はぼうっとして日々を過ごしていた。
小灰の仲間入りで歓迎パーティをした日も、菜艶や汐漓の件がおさまった記念にご飯に豪華なステーキがおもいっきり出てきたときも、いつも考え事をしているようだったのだ。
ずっと見ていた和紙からすると、様子がおかしいのは明らかだった。城華やうろこだってさすがに数日間もそのままだと心配になってくる。
三人は集まって、話し合った。
まず和紙はあれが疲れているのではなくて悩んでいるのだといい、その原因はなにかをみんなで考えた。行き着くのはひとつの心当たりだった。
ウートレアと戦った日のこと。彼女を追い込んだところで現れたあの少女のことだった。
城華からは顔が見えていたようで、その顔立ちは不二とよく似ていたという。
仮に不二の悩みがその少女だとすると、肉親がストレセントではないかと思って悩んでいることになる。
不二の肉親については、和紙もうろこも城華でさえよく知らない。
姉のことをこぼしたり、妹のことをこぼしたりもしているが、名前や容姿など具体的な情報はない。
どちらかが狙われた可能性は十分にあり、本当にそうだとしたら大きなショックになる。
一番気持ちがわかるのはうろこだ。おぼろや季里がストレセントになっていたら、うろこは悲しむどころではないだろう。
その気持ちを思うと、不二がぼんやりすることも納得できた。
問題はどう対策するかであった。
ストレセントの本拠地に乗り込んでいけばその暁色の少女に加えてウートレアやエイロゥまで相手にしなければいけなくなるためできないとする。
不二の心配を取り除くためには、おびき寄せるしかないのだろうか。
あのときの彼女はウートレアを助けに来たのだから、ストレセントを追い込めば会えるだろうか。
能動的になにかできることはなくて、結果、小灰とうろこに不二のまわりで待機してもらって、城華と和紙が見回りに出ることになった。
ふたりであれば、大抵のストレセントの対策はできるし、和紙も城華も不二の助けになりたかった。
それらのことをリノにも報告してみると、彼女の返答は意外なものだった。暁の少女の話は出てこず、代わりにいま街で起きている異変の話をされた。
「不二くんまでもが……なんてこった。ここまで影響が出るなんて」
「なにがあったんですか?」
「あぁ、この街でなぜか全体の士気がなくなっていてね。みんな、だらけてしまっているんだ」
驚きの事実であった。学校や会社のなかには急きょ休みになったものもあり、まじめに働いている人がほぼゼロになっているという。
残念ながらそう話すリノもソファーに寝転がったままで服も乱れており、ポテチを惰性で口に運んでいて、影響をもろに受けていた。
見回りに出るためにユリカゴハカバーを使おうと考え、和紙と城華では運転できないことに気付き、しかもメンテナンス中で使えないという。
とても困り、しかたなく徒歩で見回ることにした。街へ繰り出していくと、どこもなんだかやる気がない気がする。
ほとんどの飲食店は営業しておらず、事務所のたぐいも見る限りはみんな夢の中へ旅立ってしまっている。
影響がないのは機械だけで、テレビはちゃんとこの異変を報じているものの、字幕が滅多に出てこず、どこか編集が手抜きな気がした。
「いったい何があったのかしら」
「わからない」
和紙はふと、そういえば城華とふたりっきりなのは初めてだったことを思い出した。
ほぼ同時に城華も思い出した。あまり接点がないふたりだ。
今はこうして明らかな異変があるからいいものの、ふつうの見回りだったら話すことがわからなくて困るところだった。
ひとまず、ストレセントのしわざかそれに近いものだと仮定して原因を探すことにした。最近はウートレアが動いている。
機械は正常に動いているのだから、端末に入っている生体隕石レーダーを使ってみる。
すると、自分達のぶんでふたつと、天界社に仲間達のぶん。ひとつ狂って表示されるのはリノが持つX型の特殊な性質のせいだ。
そして遠方にふたつあるうちの片方が不安定に表示されていた。小灰が奪われたというX型なのだろうか。
他にあてもなく、そこを目指すしかなさそうだった。和紙と城華は頷き、不二たちをぼんやり状態から救うために動き出した。
◇
生体隕石反応のうちひとつであったウートレアは、なぜか道中で転がっており、あのウートレアでさえすやすやと寝息をたてていた。
このぼんやりの影響はあまりにも強力だと言える。当の和紙と城華もだんだん歩くことすら億劫になりはじめている。このままではいけない。
生体隕石反応の残りは近くにあるらしい。
注意深く見ようと思ってもすこし視界がかすみ、まったく注意深くなることができない。霧が濃いような気がして、なにかと理由をつけて休みたくなる。
和紙は逆にこの状況を狙ってくるだろう敵の気配を察知するため瞳を閉じた。と思うと、こっくりこっくり舟をこぎ始めた。
寝かけた和紙は城華がはたいてなんとかしたものの、何をするにも気が吸われていくのは理解できた。
「どうすればいいの、これ」
「襲ってきたら戦わなくちゃ……そう、戦わなくちゃよ……うぅ、眠たい……」
城華が自分の頬を叩いて重いまぶたを一番上に維持し、和紙はやる気のなさを紛らすために考えた。
頬を叩いて目が覚めるなら、痛みが聞くのか。
確かに、シャーペンを手に刺すというのも聞いたことがある。なら、ナイフではどうか。
和紙は自分の腕を裂いた。
いつもの変身と同じことをしているが、毎度新鮮な痛みで脳が悲鳴をあげる。
この感覚だ。緊急時に生体隕石が反応して自分の意識が覚醒し、血のドレスを纏う感覚もまた鮮明に伝わってくる。
痛みのおかげでもやもやした気分から脱出することができた和紙は、変身する元気もなさそうな城華の頬をあらためてひっぱたき、何するのよ、と言いたげな彼女に変身すれば意識が鮮明になると教える。
彼女がめんどくさそうながら吸引をはじめるのを見届けた。それから、感覚が戻ったことで察知した敵の気配へと向かった。
今まで霧が濃いように見えていたのは、視界がかすんでいるだけだった。
「そこ、あんたが元凶?」
「ご名答だよ!ね☆」
和紙は顔をしかめ、どこからともなく聞こえてきた答えを怪しんだ。この声は、とふしぎがった。
確かにリノは彼女を倒したと言っていたはずだ。もう出現はしない、と。しかもこの反応はリノと同じX型。彼女は違うはずだ。
まさか。奪われたX型隕石を使って、彼女が復活したというのか。
「やっと追い付けたわ。あれ、和紙、どうしたの?」
「来る」
「へ、敵の気配はどこにも……ひゃあっ!?」
到着した城華は、突然前方でした大きな音に驚き、ひっくりかえりかけた。
なにか巨大なものが落ちてきて、轟音をたてたようだ。和紙は飛んでくる衝撃をそこまま肌でびりびり感じながら、その正体を見ようとした。
突然、スポットライトがついた。そしていままでやる気がなかった人々が集まりだし、嬉しそうな表情とともに各々タオルやハンカチを振り始めた。
和紙と城華はそれぞれ飛んだり跳ねたりで群衆から脱出し、近くの建物の上からスポットライトの中心を眺めた。
落ちてきた巨大なものとは特設ステージであるようだった。
「ようこそ、このわたしの復活ライブへ! かわいいタチバナさんたち!」
現れたのは、間違いなく対峙したことのある敵だったし、リノが倒したはずの敵だった。
「おっと、自己紹介が必要かな? わたしこそがX型のストレセント。イドルレ……いえ。イドルレ・ザナドゥ! 覚えておけ!ね☆」
イドルレで間違いはない。顔立ちもスタイルも変わっていない。
ただ、青紫だった髪は灰色となり、元より長かったもみあげがくるくる巻いているし、衣装だって肩から二の腕にかけての布が取り払われていたりフリルがより生物のヒレらしい形に変化していたりと変化は大きい。
瞳だって青ではあるが、左右で彩度が大きく違う。鮮やかな左目とは違い、右目は青灰色と言うべきだろう。
イドルレ・ザナドゥと名乗った彼女は、民衆の拍手に包まれ、こっちにどや顔を向けている。
城華はイヤそうにしている。よりによってあいつが相手か、と思っていることだろう。
しかし、なぜ復活したのか。「Xanadu」の名を得ているため予想はつくが、和紙はひとまずいろいろと聞き出そうと試みた。
「どうやって復活したの」
「ふっふーん、これはエイロゥのおかげなの。天世リノの持ってたX型を奪ってきたエイロゥは、真っ先に仲間のぬけがらに使ったってこと!
確かに? 再生と強化を受けるだけの魅力はあるし?」
「それはもう知ってる。それより、街の人々には何を?」
話を変えようと軽く受け流すと、イドルレはちょっとむっとした。
「わたしほどのかわいさは奥深いんだよ?
って、それはともかく、街の人々にしたことなら単純だよ。あふれでるわたしの魅力で支配下に置いた。以前のわたしなんかとは効果も範囲も段違い、あの天世リノだって食らっていたでしょ?」
確かに、リノもだらけていた。いつもあんな感じだったかもしれないが、イドルレに支配下に置かれているのなら解き放たなければまずい。
ここでイドルレを倒さなければ。
「ま、こんなことはどうでもいい。やっとタチバナが来たんだもの。ひとつ、これだけはあの女に伝えておいて」
イドルレと一番の因縁をもつのはリノだ。間違いない。明らかな執念を放ち、和紙を通してリノを睨んでこう言った。
「遺言の通りにしてやる、覚悟してろ、って。んじゃあ、また!ね☆」
イドルレが指をぱちんと鳴らすと、あたりにいた人々はみんな正気に戻ったのか自分の家へと帰っていく。群衆は散り、特設ステージの周囲には誰もいなくなった。
戦闘のためでも、ストレセント作りのためでもなく、ここで自分の復活をタチバナに教え、リノに言伝てをさせるためだけにイドルレはここにいた。
自分がその気になればあれほどの現象を起こせると知らしめ、和紙と城華を見逃した。
和紙も城華も、あのふざけたアイドルを相手にしていたはずなのに冷や汗が垂れていたことに気がついた。互いにぬぐって、呼吸をととのえる。
これでひとまず、街の異変は解決になる。天界社に戻り、やる気が帰ってきているだろうリノにイドルレの言い分を届けなければ。
城華は和紙を掴み、不二よりも軽い彼女をらくらく運びつつ帰路に着いた。




