Case34.懐かしき静寂の栞
「ッテメェ! なんだってこんなとこに出るんだよ!」
「くぅーッ!その叫び、気持ちいいのですよ!すばらしいのですッ!」
「こっちはすばらしくなんかねぇんだよ! この騒音メガホン女!」
小学校の前で叫びながら、片方は銃火器を乱射、片方はカブトムシに乗ってそれを操縦している異様な光景。
それがうろことウートレアのこの日の対決であった。
うろこが怒っているのは単純な問題だった。
ウートレアの出現によって、小学校で行われるはずだった授業が潰れてしまったのだ。
即ち、運動だけは得意な水戸倉の人間の見せ場を潰すところである。
真っ先にうろこが駆けつけ、人々の避難は和紙に任せ、戦闘に入っていた。
しかしカブトムシのストレセントは堅く、火力を一点に集中させても装甲はその当たった場所しか貫けず、また一点狙いは集中力を必要とするためそう何度も撃てなかった。
カブトムシがウートレアの指示で飛び立ち、羽を広げて突進してこようとする。
短い頭頂部の角につかまっているため指示を出した当人は振り落とされそうで絶叫していたが、こんなところでジェットコースター気分の相手には構っていられない。
カブトムシの突撃はバックステップで回避し、自分の背に砲をいくつか展開、反動をブースター代わりにする。
残念ながら本来のうろこには飛行能力はない。しかしこうすれば、地面は荒れるが上を取れるのだ。
周囲には大量のガトリングを出して、いつもなら羽に守られているカブトムシの腹部を狙った。
さすがに察されていたようで、ウートレアが動いた。
なんと、自分が身代わりになって受けたのだ。ウートレアは脳天をぶち抜かれて血をだらだら流していても気にせずに叫ぶ。
「いっ、てーッ!」
「じゃあ自分で受けるなよ!」
「でも気持ちいいのです……」
「は!? お前、そんなマゾだったのかよ!」
「冗談なのですよ。うちはストレセントの中でも随一の一般人にして常識人なのですよ」
「どの口が言うかッ!」
ウートレアがこちらを指差すと、カブトムシが再び動き出す。
あんな要塞に突っ込まれれば、無理矢理浮いているうろこくらいなら簡単に潰されて落とされて戦闘不能だ。それはいけない。
うろこは上空に向かって大規模ながら空砲の一本を用意し、その反動を使って地面に落ちることでカブトムシの突撃は回避した。
代わりに地面に叩きつけられて血は吐いたが、意識がある。
それよりもウートレア対策の方が問題だ。
うろこの弾では蜂の巣になるまで撃たなければならないし、それだけの銃を一度に用意すれば威力が落ち、カブトムシの方を止められない。
いちいち邪魔をしてくる相手だな、と思ってうろこは舌打ちをした。羽音が耳障りで、こんなやつに妹の学校生活が邪魔されていると思うとやるせなくなる。
「っち。やっぱソロはきついかよ」
「もうソロじゃないわ。協力プレイよ」
声がした。見上げると、見覚えのある姿がある。
いや、コスチュームは記憶にある最後のものとは異なっていて、羽の形状が違ったり胸当てに花があしらわれていたり、特にスカートが消えて履き忘れたような衣装になっている。だがちゃんと中身は同じらしい。
「帰ってきたのかよ。城華、お帰り」
「ただいま戻ったわ。うろこ、地面にめりこんでるわよ」
「知ってる。後、任せていいか」
「元よりそのつもりなんだから」
視線を戻したところカブトムシの角にはワイヤーが巻き付いており、振り払いたいカブトムシが抵抗していた。
頭部を振り回しているのだからウートレアも酔いかけている。
しかし、高速の巻き取りが始まると回転のため動けなくなり、最後には飛来する少女の蹴りによって角は粉砕されてしまった。
「な、なにやつ!」
「……えーっと。城華の彼氏、なんちゃって」
なにも名乗りなど考えていないらしい。
不二はとっさに出た自分の言葉を自分で恥ずかしがり、うろこの隣で城華も真っ赤になる。
さらにはなぜかウートレアまでそうなった。さっきまで酔っていたのはなんだったのか、忙しいやつだ。
うろこはため息をついた。ウートレアがああなっている今はチャンスだが、うろこはまともに動けそうにもなく、別の手段に出た。
城華の足首を小突き、彼女には向かっていくよう促す。
赤くなっていた城華も、これが敵の前だとウートレアの緊張感のなさで忘れていたらしく、やっとカブトムシに向かって飛んでいった。
羽ばたくたびに毒のリンプンを撒き、ウートレアが気づく頃にはもうカブトムシは動けなくなっていた。
的は固定されている。あとは射抜く矢だけだ。
城華は不二の飛び上がったのを見て、さらに上空へと彼女を連れていく。
急降下の前には城華が作った毒の鞭が脚に巻きつき、あわてて避難しようとするウートレアをかすめ、カブトムシはうろこの銃撃によって脆くなった部分を狙われた。
見事に爆破し、ウートレアはやや遠くに飛ばされた。
かすめただけの彼女にも毒の効力であるのかまともに受身をとれず、地面にめりこみかけていた。
さらに、着地の後でも地に膝をついたままで立ち上がろうとしない。
「ぐぬぬ。くっ、殺せなのですッ!」
行動不能になったってウートレアはやかましかった。
冷静に彼女をみつめると、それ以上なにもできないからかもしれない。
「うろこ、手」
「ん、あぁ。あんがとよ」
避難誘導が一段落ついたのか、ストレセントの爆発を聞き付けてやってきたのか。どちらかで戻ってきた和紙に引き上げてもらって、なんとかしっかり地面に立った。
節々はすこし痛むが、すぐに治る程度だ。
それよりもウートレアのことだった。
不二が最初に、動けない彼女のもとへ行こうとして、しかしウートレアではない何かに邪魔をされた。
夜明け色の渦が現れて、やがて人の形となったそれは、不二を阻んでウートレアを抱き上げる。
不二は呆気にとられ、他の皆も未知に対しては動けず。誰も彼女の邪魔をできなかった。
彼女の瞳には、冷ややかながらも不二と同じ心情である自己犠牲の色が見える。
「ねぇ。もしかして」
不二の言葉を遮るように、夜明け色の彼女はつぎはぎだらけのコウモリの翼を広げた。
それをずうっと目で追っていた不二には、あのストレセントがどうにか違う風に見えていたのだろうか。
◇
天界社の拠点においては、X型隕石を盗みだし、さらに他のものに奪われてしまった者、つまり小灰についての話をしていた。
第二期被験者は、当時の責任者の決定で一方的に終了とされた。
だから可哀想だの、大罪人には変わりないだのと言う者はそれぞれ存在し、それらの意見が囁かれるなかに当事者である小灰が帰ってきたのだ。
リノが彼女を迎え、ねぎらいの言葉の後に今後の動向についての話をはじめた。
「ひとまずはお疲れ様、それは汐漓くんの生体隕石?」
「そうよ……ごめんなさい、X型じゃ、なくて」
「あぁ、そっちはもういいよ。こうしてここを帰ってくる場所と思ってくれてるんなら、安いものかな」
リノの笑みが痛かった。
確かに、私怨のために重要アイテムを盗みだし、そして敵側へ横流しさせた。
どんな処分を受けたっておかしくないのだ。戦時中なら死刑だったかもしれない。
「そうだ。いいことを思い付いた。十二車小灰くん、君に罰を与えよう」
いったいどんなことを言い渡されるのだろう。リノが組んだトレーニングメニューを毎日倍こなすだとか、はたまた自室は与えられないのか。
どきどきしながら待って、リノはこう言った。
「後輩と同じ仕事をすること。つまり、ストレセント退治だ。不二くんたちの班に加わってくれ」
そんなことを言われるとは思っていなかった小灰は、嬉しさ半分驚き半分でリノにありがとうと答えた。
こうして、第三期被験者たちのチームには先輩がひとり加わり、誰かが帰ってこないなんて不安な夜はなくなった。
汐漓も菜艶も、きっと小灰の新たな出発点を祝っていてくれることだろう。




