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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
アキラメナイコト
36/69

Case33.告白

 城華は眠りについていた。


 お姉ちゃんの優しさに包まれて、溶けてしまってもいいように城華は水の中で眠っていた。

 ふしぎと息ができる。だから安らかに眠ることができた。


 城華は夢を見る。深くて遠い夢を。意識が底に沈み、そこから水面を眺めるように、過去の自分を見ていた。


 両親がいなくなり、喉も声を出せなくなり、学校も家庭もなにもかも面倒になった。

 やがて、部屋にとじこもって化学と向き合った。

 親戚が優しい人で、同情からか城華の生活費なんかを送ってくれていたから、家から出ずとも宅配や通販で必要なものはすべて揃えられた。


 はじめのうちは心配してくれる声もあったが、城華が頑なに無視し続けた結果忘れられていった。

 ずっと机に向かって、独学で親の仇を作り、自分も後を追おうとしか考えていなかった。

 よけいに頭の中身があったおかげで、無事毒は完成するし、その完成品を自分に使えば死ねた。


 ただ、結果は。

 生き返らされてしまって後を追うことはできなかったし、タチバナとして戦うことにまでなってしまったけれど。


 でも、タチバナの城華が戦う必要はもうない。ここでやさしく包まれていればいいんだ。


 夢の映像が止まった。誰かのことを見たがっていないみたいだった。

 いったい誰のことだろう。


 城華の声が一度喪われてから、はじめて話したのは誰だったろう?


 ◇


 不二と小灰で屋敷に入るのは二度目であったが、今度はどちらも顔つきと心構えが違っていた。

 すぐにでも再出発したいとリノにかけあい、ユリカゴハカバーを出してもらった。

 ふたりだけでの突入は、城華と汐漓に想いをぶつけるためである。リノもそれでいいと承知し、ふたりは並んで歩いた。


 小灰は汐漓と菜艶のことに決着をつけるつもりだ。

 汐漓を倒し、第二期被験者たちが重ねてきた罪と向き合うつもりでいる。


 不二は城華に伝えなければいけないことがある。


 門を開けるのに迷いはなく、扉も蹴破ってしまいたいほどだった。

 奥へと続くほこりの道に何かが通った跡がある。小灰曰く、この先はプールであるらしい。


 汐漓はそこにいる。きっと城華もだ。

 突き進み、扉をいくつかくぐり、脱ぎ捨てられた汐漓のお召し物を横目にプールへたどり着いた。


 向こう側に立ち、濡れた髪を振ってこちらを向いた少女がいる。

 ただの水着ではない。白い腕がいくつも絡みつき、身体のありえないところに繋がっている。

 不気味な容姿で、間違いなく汐漓だった。


 胸に生体隕石が露出しているらしく、そこだけ不自然に、布が硬質に押し上げられていた。


 背後には、汐漓に絡みついているのと同じ腕の檻で囲われ、さらに内側は水が容器に満たされているように固まったキューブがあった。

 左右にひとつづつ、なかにはどちらも少女の影。城華と、菜艶の遺骸だった。

 どちらも力なく浮游していて、小灰が冷や汗をみせる。きっと、小灰もあんなふうに監禁されていたんだろう。


「……ああしてね。からめとってから手元に置くのよ。相手の意思をなくしておくの。タチが悪いわ」


 自分もやられていたから言えることなのか、小灰はあのキューブの性質について話してくれる。

 水でできてはいるのだが、外からの衝撃には強く、あれを割れるのはよほど強力な攻撃か、X型隕石のように生体隕石に対して相性がいいものを用いなければならない。

 だが、内からの力には弱いという。崩れかければ外からも通れるようになる、とも。


 自らの意思を溶かされている城華を目覚めさせる必要があって、そんなことを試みるための時間も必要だった。

 小灰の目的は汐漓そのものだから、役割は合っているかもしれない。


 ふたりで並び、ワイヤーを天井に刺し、オイルを浴びた。

 不二が吊り上げられた瞬間に小灰は小さなライターから爆発的に炎上し、炎色のセーラー服を纏った隣に空色のドレスがひらりと舞い戻った。


 目を合わせて頷きあい、それだけで飛び出す。

 小灰は炎を侍らせながら跳び、強く握った拳で捕らえようとしてくる腕を散らしていく。

 汐漓が差し向けてくる波だって、飲み込まれても大量の熱を放てばよかった。


 波の攻撃が蒸発で対処されたことで生まれる蒸気で視界が悪くなり、不二はその煙に紛れて汐漓の狙いから外れ、キューブの場所へ抜けていった。


 汐漓の注意は小灰が引き付けてくれる。焦らないように深く息を吐き、たくさん空気を取り入れる。

 城華のほうへ一歩踏み出す。触れてみると、城華が漬けられている水は人肌ほどにあたたかくできていて、見た目以上の弾力がある。

 小灰の言うとおり、不二のことは通してくれなさそうだ。


 ただ、城華の寝息はしっかり聞こえるし、彼女の姿も透けて見える。光は通すし、音も伝わるんだろう。

 不二はキューブに向かって語りかけた。


「ねぇ。城華はさ、汐漓さんから離れたらまたひとりぼっちになるって、思ってるのかな」


 浮かぶだけの彼女に向けて、目を覚ましてくれるように言葉を届けようとする。

 と、城華がゆっくりと眠たそうに瞼をあげた。


「不二、おこさないで、私、これでいいの」


「よく、ないよ。わたしがよくない。城華が誰かのためになにか役に立ちたいって思ってたこと、知ってるから」


「ここでとろけているほうが、ずっと楽なのに」


「確かに、楽だと思う。何もしなくていいもん。でも、城華の願いはそうじゃないでしょう?」


「私は、ただ、置いていかれたくなくて」


「……わたしが隣にいるよ。城華を置いていったりなんてしない」


 城華の瞳に光が戻る。

 キューブがやわらかくなった気がし、白い腕たちがあわてて崩れるのを抑えようと押しはじめた。


 それらをワイヤーで蹴散らし、不二は城華に手を差し伸べようとする。そこで汐漓に感づかれたのか腕がさらに動員され、城華とのあいだに割り込み壁となって行く先を塞いでくる。

 そんなもの、割ってしまうしかない。


「わたしの城華を、返せッ!」


 肉の壁を自らの身体で突き破り、城華の浮かぶ水の中へ身を差し入れた。

 いつもの光を取り戻した城華と手をつなぎ、不二は笑みと一緒に涙をすこし水の中へ混ぜた。


「……べ、べつに。不二のこと、待ってたんじゃないんだからね」


「それでもわたしは迎えに来たよ。城華と一緒にいたいから」


「……ふんっ! 私だってそうよ、ばーか!」


 ふたりの心で檻を破り、外の空気に触れた。濡れたふたりには汐漓と小灰の視線が注がれる。

 汐漓はさみしそうで、小灰は不二に向かって親指を立ててみせた。


「お姉ちゃんのこと、抑えてたのね……そうだ、不二。これ使って」


 城華に吸入器を渡される。装填されているのはカプセルではあるが、なにも入っていない。

 かわりに不二のワイヤーの先がぴったりとはまるような窪みが用意されていた。


「戦えないときだって、あなたのために動いていたかった。それを思い出したの」


「あぁ、ありがとう」


 城華へは笑って返す。そして、すぐにでも小灰に加勢する。そのつもりだったけれど、引き留められた。


「それから」


「っと、なに?」


「……大好きよ、不二」


 唇と唇が重なった。はじめての城華の味は、可憐な花のようで。


「さぁ、行って。お姉ちゃんが悪い人なら、私たちでなんとかしなきゃ」


「あ、ありがとう」


 言葉に詰まって出た一音と、感謝のひとことしか出てこなかった。


 とにかくここから先は小灰と一緒に戦う番だ。

 すでに時間稼ぎのあいだの攻防で汐漓の身体はところどころ焦げついていて、水着の焼き切れたひもを火傷まみれの腕で止めている。


 不二は吸入器の口を汐漓へ向け、放ち浴びせるものとした。

 ワイヤーをつなぎ、どくどくとエネルギーを送る。小灰もまたグローブに炎を溜め、不二に向かって頷いた。

 小灰も、攻撃の、そして心の準備が出来たのだ。


「お姉ちゃん、またね」


 城華がつぶやくと同時に、不二はエネルギーを解放した。

 炎もまた勢いを得て、灰から甦った不死鳥のように翔び、不二と城華の想いと混じりあってさらなる光となっていく。

 汐漓は逃げようとも防ごうともせず、光を受け入れた。


 直撃した下半身は焼けて無くなり、腸も等しく消し炭に過ぎず、白い腕も、可愛らしい水着も蒸発してしまい、余波を耐えられた汐漓の身体だけが残った。


 プールサイドに上半身だけで落ち、傷も焼かれて塞がっているため血が流れることはなかった。


「汐漓、気は済んだかしら」


 光が晴れ、歩み寄った小灰は屈んで汐漓に話しかけた。

 汐漓は小灰を見て、それから菜艶を閉じ込めていた檻が崩れていくのを見て、最後に微笑んだ。


 不気味さは抜けていて、慈愛に満ちた『お姉ちゃん』の表情だった。


「えぇ、とっても」


 汐漓は自らの身体に露出する生体隕石に触れ、その間に何か反応を起こした。

 ゆっくりと、生体隕石は引き剥がされて、汐漓の生が失われていく。


「……なによ、それ」

「X型を持ち込んだのは、しじー、でしょう?」

「あぁ。そう、だったわね、しおりん」


 汐漓の手には小さな欠片が握られていたらしい。

 彼女もまた、ただの亡骸に戻っていく。


「なによ。こんなのずるいじゃない。私があなたたちのこと好きなの知ってるくせに、なんで託したりなんてするのよ」


 彼女から離れた生体隕石を手に、小灰は泣いた。

 不二にも城華にも見せたくない涙をたくさん流して、声を押し殺して泣いていた。

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