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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
アキラメナイコト
35/69

Case32.水底にて

 端末への連絡があり、不二は急いで応答した。


 たったいま、菜艶が倒されたという。こっちの成果は芳しくはない。

 城華は複雑な面持ちで壁の一点を見つめているだけだし、汐漓は黙ってたたずんでいる。


 汐漓の居所をリノに問われてちらりと彼女に視線を向けると、すでに動き出していたらしく端末を不二の手から奪った。

 リノと話がしたかったのか。何を言うのかと思うと、汐漓はこんなことを言い出した。


「菜艶は変わらなかったでしょう?」


 リノの困惑が脳裏に浮かぶ。

 きっと彼女は突然聞こえてくる声が汐漓のものになったことで驚き、さらによくわからない汐漓の言葉に困るしかないだろう。


 浮かべている笑顔が不気味で、汐漓のことが恐怖として視界に映る。

 瞳孔が開ききっていて、痙攣しながら変身する菜艶とは方向性が違うけれど、佇むだけで異質であった。


 不二は端末を返されてもあの汐漓に向かっていける気がせず、壁に寄りかかっているしかなかった。

 時がやけにゆっくりに感じられ、永いあいだを汐漓に見つめられて過ごした。

 見透かされているようで、嘲っているようで、不二には居心地が悪かった。


 緒が切れるきっかけになったのは、ふと汐漓が囁いた言葉であった。


「あなたには、ひとりぼっちのあの子を変えられる?」


 不二は歯を食い縛り、ワイヤーを射出してその眼を抉ってやるとまで思い立った。

 その瞬間に、代わりに扉から刃が生え、不二はその嫌な感触を知らずにすんだ。


 銀色の刃は扉などは簡単に斬り捨て、外の世界の空気がなだれ込む。その中央には天世リノが立っていた。

 彼女はまず、不二へむかってなにかを投げ渡してくる。


「それ、紫波菜艶!持ってて!」


 菜艶の中に入っていた、という代物だったらしい。

 呆気にとられる城華と黙っている汐漓のふたりを眺め、リノは続けて汐漓とも戦おうとしているらしい。


「……いくつか聞いていいかい?」


「どうぞ」


 汐漓が両手を挙げ、それを合図として城華が毒を吸い込んだ。汐漓の敵なら、リノも敵だと判断したのか。

 不二には止める勇気がなくて、彼女が苦しむのを見ているしかない。リノは構わず、自らの問いを続けた。


「紫波菜艶は君のために狂っていた。そのことは、知っていたんだよね」


「はい。でも、止めはしなかった。自分のことすら変えられないのに、なっつんのことならなおさらでしょう。無力が罪というのなら、私は罪人です」


「なるほどね、君は潔すぎるかな。母親にも……姉にも向いていない。私としては生体隕石没収くらいでいこうと思ってるんだけど」


「妥当ですね、処刑人さん」


「そうだろう、罪人さん」


 リノが刃を振るおうとして、その直前に矢が放たれて向かっていった。吸入器の先からの、城華の毒だ。

 リノは反応が遅れ、脇腹にくらうと片ひざをついた。あのしびれ毒なんだろう。

 しかも、今回は複数人に向けたものではなく、リノでも倒せる濃度を目指しての発射だったろう。


 だが天世リノはそれだけで倒れてくれる女ではなかった。

 動かない四肢に刃で継ぎ足し、腕からも展開してハンデを背負うどころか隙が消えた。

 城華のほうへと飛んでいき、刃を振りかぶる。


「悪いが、ちょっと眠ってくれ!」


 本当の峰打ちが行われ、側頭部から衝撃が走った城華はよろめいた。

 不二が受け止めようとするが、間には汐漓が入り、さらに不二はリノに手をひかれる。

 撤退するとの判断だろう。不二は城華に拒絶されたこともあり、残る気にはならなかった。


「城華くんが向こうにいるとまともに戦えなくてね。本当はもーっと強いんだけど」


 リノは悔しそうに言うけれど、きっと彼女がその気であれば城華も汐漓も片付けることができただろう。

 そうしなかったのには、不二への気遣いもある。申し訳のなさと、自分の意見が弱い不二自身への反省が、棺桶型の後部車両で揺られながら思うことであった。


 リノが活躍し、菜艶の撃破および生体隕石の回収は達成できた。

 あまりいい形ではないが、歪んでしまった彼女に安息を与えられると思うしかない。

 そうでなければ、未来を見ては歩けない。けれど、不二にはもうひとつ枷があった。


『あなたには、ひとりぼっちのあの子を変えられる?』


 汐漓のあの一言が刺さって、前に進もうにも進めなかったのだ。


 天界社に戻って、居住区で休憩してみてもそうだった。少し前のことを思い出す。

 あのときも、城華のことで悩んでいた。それは城華がはじめて変身した日。あの日から、不二と城華は互いを意識しはじめていたはずだ。


「あ、いたわ。不二、だったわよね。ちょっと、隣いいかしら」


 誰かと思って振り向けば、小灰が隣に来ようとしていた。否定する理由はない。

 不二が詰めて隣を開け、ふと悩みを打ち明けてみる気持ちになった。小灰だって、敵は愛する人なのだから、何かわかってくれるかもしれない。


「小灰さん。ひとつ、相談していいですか」


「……私でいいなら」


「ありがとうございます」


 小灰にも話したいことがあるみたいだけど、先に口を出した不二に譲ってくれるみたいだった。不二は小灰に、ひとつ質問をする。


「小灰さんは、大切な人がひとりぼっちでいたら、どうしますか」


「そう、ね。私なら、私がひとりぼっちじゃなくすわ」


 隣に自分がいてあげたらひとりじゃないでしょう、だなんて言って、小灰は笑ってみせる。

 そうだ、忘れていたんだ。怖がっていた城華に向かって、自分はこう言ったじゃないか。


『あなたの隣に立つことを許してほしい』って。


 不二の足にひっかかっていた枷を打ち壊し、一歩進めたような気がした。

 自分の中で整理がついて、気分がよくなった。


 変えられるか考えるだけじゃいられない。

 わたしは、あの子のことを変えて見せるんだって。そう思うと、汐漓にも向き合えるような。


「私からも、いいかしら」


 もちろんかまわなかった。先に来てくれたのは小灰なんだから、なにかしたいことがあっての来訪だったんだろう。

 そしてそれは、きっと汐漓のことだ。


「菜艶はいなくなったのよね。そして、これから汐漓とも戦うの。ねぇ、汐漓は私を怨むのかしら」


「……きっと、受け入れると思う」


 例え自分が消えようとしていたって、彼女は諦めるんだろう。

 それは小灰に殺されたって一緒で、そこに不条理は感じても受け流してしまう。

 汐漓の最も狂った部分であり、それが彼女なのだ。


「そうよね。あの女はそうだわ。汐漓を消しても、もういない菜艶はこっちを向いてくれないでしょう」


 小灰は悲しそうに笑った。

 彼女の想いは、きっと振り向いてほしいから、爪を立てて火を向けたんだ。

 三人のことはあまりに拗れている。だから、決着をつけたい気持ちもあるんだろう。


 汐漓のために狂う菜艶が消えた。残された汐漓と小灰は誰のために狂えばいいんだろう。


 歪な三角形は、崩れ落ちる時を迎えていた。


「……やっぱり。私が倒さなきゃ、ね。汐漓は大切な人だもの」


 それぞれのたからもののために、不二と小灰はこの時はじめてほんとうに手と手を通して互いの気持ちに触れた。

 どっちも熱くてとても触れなかったけれど、本物であることは火傷するほどにわかった。


 ◇


 屋敷の奥には、水を張ったプールがあった。


 汐漓は菜艶と小灰とよくここで遊んでいたし、泳いで競争したりもした。

 こんなふうにたくさんの水は、汐漓にとっては特別なものだ。


 二度と閉じ込められたくなくて、それでも楽しい水遊びはほんとうに特別な時間で。


 きっと、水は汐漓の心を作っている。波風を受け入れ、ただたゆたう汐漓の心を。


 菜艶の亡骸を抱いて飛び込み台に立つ。行くのなら、ふたりいっしょがいい。


 城華は傍らで待機させている。彼女はもうすこしあとだ。いまは、汐漓は菜艶といっしょにいたい。


 足を離す、水面に映った自分に近づき、激しい接吻とともに体内へ水たちが入ってこようとする。


 埋め尽くされて、埋め尽くされて、菜艶も遠ざかって。意識が消えて、水が渦を巻いて。


 途切れた映像から一拍をおき、渦が激しく作られ、中心で汐漓は衣装を再構成されていた。

 目に光はなく、顔は蒼白い。体温だって失われはじめている。

 それでも、衣装は華やかに変わっていくのだ。


 かわいらしいフリルのついた淡い水色の水着だけの姿になって、その上には眩しい砂浜に似合うようなみずたまで背伸びしきれていない女の子を思わせるパレオが纏われる。

 それだけでは終われない。


 渦巻く水からは腕が無数に伸びて、汐漓の身体にからみつき、植え付けられていく。

 何本もの蒼白い腕が汐漓に触れ、彼女にコスチュームの一部として付いた。


 最後に髪飾りとして腕がひとつ潰れて肉になって、赤と緑と青の三色の宝石としてきらめいて。

 汐漓の小灰にいちど燃やされかけた髪をまとめ、衣装の変化が終わった。


 ここからは、最後の抵抗になる。どうしたって汐漓は終わるだろう。

 だったら、朽ち果てるまで大切なものたちを自分のところへ置こう。


 そうして、菜艶も、城華も渦に呑み込ませてしまいこんで、汐漓は次の来客を待つことにした。

 リノでも不二でも小灰でも、ぜひ来てほしいとまで思っていた。


 客人は大切なものだ。タチバナならさらに。だったら、ずうっと閉じ込めておかないと。


 どうしたってそうしたくなるのが湊河汐漓で、それは変えようがなかった。

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