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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
アキラメナイコト
34/69

Case31.翳る朝の陽

 実のところ。汐漓は、菜艶が殺人を繰り返していることくらい気がついていた。


 タチバナとして採用され、ミナミ先生のもとで手術を受けたのが五年前だから、四年前のことだ。

 汐漓と菜艶は、小灰を連れて天界社から逃げ出した。原因はミナミ先生だ。

 彼女の手引きがなければ、きっと逃げ出せなかっただろう。


 ただ、そのミナミ先生こそが、汐漓と菜艶を実験台にしていた張本人で、E型のストレセント「エイロゥ」であるとは脱出の時まで気づいていなかったけれど。


 汐漓と菜艶と小灰、三人の出会いは五年前だ。

 小灰はリノに、汐漓と菜艶はミナミ先生によって選ばれた。


 小灰も汐漓もはじめは馴染めるか不安でいたが、菜艶が明るくてフレンドリーだったからしだいに打ち解け、いつの間にか三人ともお互いのことが大好きになっていた。


 だから、汐漓は誰にも渡さないためにこのミナミ先生にもらったこの屋敷を使って小灰を閉じ込めたし。

 菜艶は汐漓たちを守るために人を殺すようになったし。

 小灰は汐漓と菜艶に殺意を向けていた。


 私たちはおかしかった。だからタチバナに選ばれた。

 狂っていなければ、たびかさなる自殺に耐えられるわけもなく、それどころか自分が作り替えられる生体隕石の力を受け入れられるわけがない。


 汐漓にはひとつ、諦めがあった。


 汐漓がなにをしても、いちばんに大切なものをそっとしまっておく習慣は変えられない。

 だから、菜艶の殺人も、小灰の殺意も、きっと変えられない。


 人間は簡単には変わらない。汐漓は無力で、なにもできない。

 簡単に変えることができるものがあるとしたら、それは楽園を見せるものだけだ。

 菜艶からくすねて、すこしだけ使ってみたことがある。後戻りできなくなる前に一度溺れて死んでリセットしたものの、あのままだったら汐漓は狂っていただろう。


 菜艶は自分を変えた。強い子だと思う。

 汐漓は強くない。彼女が小灰のように自分の届かないところに行ってしまうと思うと、それはとってもかなしくて。


 ◇


 天世リノと円不二は屋敷へ到着し、内部の様子を探った。


 城華と汐漓はいっしょにいる。菜艶はきっとあの休憩室だろう。

 どう案内されたかを思い出してリノに伝え、ほこりのない道を通っていけばいいのね、との了解を得た。だいたい間違ってはないだろう。


 不二は城華と接触するため、彼女の端末に連絡を入れる。

 屋敷の中に見える彼女が端末を見て顔を上げ、ひとりで玄関へ行くのが見えた。汐漓は動かない。好機が来たのだ。


 まず、不二が玄関へそっと近づき、城華に開けてもらう。

 リノの突入はまだだ。城華と顔をあわせ、こっそりと屋敷の中へ迎え入れられ、適当な部屋にふたりで入った。

 城華は引き付けている。リノはこのあと、休憩室へ向かう。

 まずは何よりも重い殺人の罪を負った菜艶が優先となるのだろう。


「不二、あなた、何をしたの?」


 城華に問われ、なんのことか最初はわからなかった。

 しだいに菜艶が不二を追い出すべきだと主張して、城華も強く言えずにそのまま門を閉じてしまったのだとか。

 まだ彼女は不二を忘れていないことに安堵し、彼女の問いに答えた。


「昨夜、菜艶さんの不自然な外出に着いていった。そしたら、彼女は人を殺そうとしてた」


 城華はなにも言わない。説明を続け、不二は城華に訴える。


「起こるかもわからないことのために人を殺すなんて、狂ってる。わたしはそう思う。城華、戻ってきてくれないか」


「……それは駄目。できないわ。もう、戻りたくなんてない」


 彼女の口からは、確かに裏切りの言葉が語られる。もう不二のところには帰れない。汐漓から離れることはできないのだと。


 不二の心が揺らいだわけではない。これできっぱり忘れてほかの女に行くような奴は時間の重みがわかっていない。

 首を吊ったあとはじめてできた友達で、好きな人。

 そんな特別な存在をやすやすと捨てられるはずがない。不二はあきらめようとはしない。


 ただ、衝撃は大きかった。

 いままでふたりでいたのに拒絶されて、吐きそうになったってしかたがないと思う。

 実際、吐こうと思えばこの場で胃の中身をすべてぶちまけられそうだ。


 けれど、そんなことをする前に吐き出したいものがある。


「城華。わたしは、わたしは……」


「あら、不二さん。来ていらしたんですね」


 いつの間にか、汐漓に嗅ぎ付けられていたらしい。

 リノの方ではなくこっちに来られてしまっては困る。城華が嬉しそうになったのが不快で、思わず汐漓に向ける眼は鋭くなる。


「そう怖い顔はなさらず。菜艶のあれを見たんでしょう、どう思いましたか?」


「どう、って……」


 そんなことを言われたって。気が狂っている、としか。


「あの子は、そういう子なんです。仕方のないことなんです」


 仕方のないこと。目的をもっていれば、人殺しだって仕方ないのか。

 菜艶はそういう人間だと、すべてを受け入れろというのか。


「私はすべてを受け入れます。人は、変われません。あの子だって同じなんです。私のために狂って、私のために殺して、私のために死んで、きっとあのままに消えるんでしょう」


 彼女は変わろうとしていない。

 彼女の時間は自然に流れる悠久のようで、ただ営みを繰り返そうとしている。

 でも、タチバナには産み出せるものはない。愛を産み出しても、消費した人々の命でどれだけの愛ができたことだろう。

 量でも質でも量れなくったって、他人のものを食らい尽くせばそれは血に濡れる。


 血を吸った翼は、その重みで地に墜ちる。


「……それじゃあ。悲しすぎる」


「えぇ、とても悲しい。けれど、それでいい。今この瞬間だって。菜艶が何をしたって、私は受け入れるしかないんですから」


 汐漓はさみしそうに笑った。


 ◇


 はらわたがソファーを汚し、刃がフローリングをキズモノにする。

 一方で注射器は空になり、なにもない空間は狂気を孕んだ植物たちがあらわれる。


 リノと菜艶は対峙したままで場所を移し、部屋を出たところの広い場所で改めて刃が構えられる。

 菜艶の能力は薬剤が植物由来であることによる有害な植物の生成、及び幻覚作用をもつ煙の流布であった。

 あたりにはその煙が撒かれ、リノはロングスカートの端を破って顔に巻いて無効化を試みる。完全なシャットアウトはできないようだが、目立った変化はない。


 まず、一気に距離を詰めて斬撃を浴びせた。

 残念ながら草を身代わりにかわされていたが、その程度では天世リノからは逃げられない。

 確かな手応えが菜艶の指をいくらか落としたことを伝え、実際に床には何本か転がった。

 菜艶は薬物による中毒死だ。外傷ではない。つまり、毒の耐性があるかわりに治癒が遅いことは推測できる。


 いったん菜艶はリノから距離をとり、植物たちが代わりにその道を阻みに来る。

 体内に入らなければただの草に過ぎないが、斬れば払えるものではリノを止められない。


 煙と草の欠片たちが舞って視界はまったくよろしくないが、その程度は視覚に頼らなければいい。

 何度か手応えのない斬撃があったことから、おそらく幻覚の煙は視覚だけに作用するものではないらしい。


 リノがさらに追い打ちをかけようとすると、背後に気配を感じた。

 菜艶がふたりになっているし、背後の菜艶は突然現れたくせに攻撃態勢に入っている。幻覚との判別はつかない、ならどっちも斬ればいい。


 ちょっと力んで、刀を持たないほうの手から刃を出してみる。

 同時に前後の菜艶を斬り、背後の彼女は特に抵抗するでもなくかき消え、眼前の菜艶はあわてて防御姿勢をとった。

 突き入れられる刃は肉を切りつつ骨を断ち、菜艶を壁に縫い付ける。こうなれば幻覚は関係がない。


「菜艶くん、遺言は?」


 壁に突き刺さって、動けなくなりながらも菜艶は笑った。幻覚は関係がない。逃げるための時間稼ぎではないとみえた。


 それも、リノの問いがおかしかったのではなくて、注射の影響でもなくて、自分のことがきゅうに滑稽になったからだった。

 気のすむまで笑い続けると、大きなため息をつく。


「……しおりんとしじーのこと、守ってあげたいと思ってたんだぜ、これでもさ」


「君はどこかで道を間違えた。もうやり直せないけれど」


「あぁ。変わりたく……なかったのに。あの時間がずうっと続けば……」


 菜艶の大きな瞳から、ひとつぶの涙がこぼれる。

 リノは菜艶の首に触れた。光が生まれ、生体隕石が引き剥がされる。


 菜艶の身体からは、穢れのない輝きをもったものが取り出された。


 同時に、紫波菜艶はすべての生命活動を停止したのだった。

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