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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
アキラメナイコト
33/69

Case30.通り路

 お姉ちゃんを守るため、城華は知らない奴と戦った。飛び込んできた不二ごと毒の矢で貫いてやった。


 ああしなければお姉ちゃんに嫌われてしまうかもしれない。お姉ちゃんを守れないなら、愛してもらえなくなるかもしれない。


 城華が過ごしてきた数年間はずっとひとりぼっちで、そのうち化学兵器の合成に集中するようになると誰とも会わなくなった。

 もともと事故から声が出なくなっていた城華は人に会うのを避けていたから、ひとりには慣れているはずだった。


 それなのに。お姉ちゃんの優しさを、あのとろけるような時間を知ってしまったから、城華は彼女を求めるしかなかった。


 汐漓は城華が戻っても褒めてはくれなかった。

 髪の毛が燃えたことが大きなショックだったみたいで、話しかけるのも控えたほうがよさそうだった。

 ずっと人とまともに接してこなかった城華にだって、こうなったらひとりにしてほしいことは自分の例でわかっている。


 そのため、突如訪ねてきた学者帽の人物にはひとりで応対しなければならなかった。


「こんにちは、お嬢さん」


「……誰よ、あなた」


「お客様に向かってそれですか? っくく、お姉ちゃん想いなのはいいことですが、身の程はわきまえるといいですよ」


 神経を逆撫でする言い方だが、城華は言い返せる言葉がない。黙って、その謎の客人の姿を眺めた。


 白黒左右ではっきりと分かれた髪。腰から提げた手錠。深い緑色をした革でできたジャケット。まるでタチバナの変身後だ。

 そこで疑われるのはストレセントだという可能性である。こいつを通すとまずいのかもしれない。


「汐漓さんはどこですか?」


「教えられないわ」


「……困りましたね。頑固なお嬢さんだ」


「さっきからお嬢さんお嬢さんって、あなただってまだ……!」


 突っかかっていこうとした城華は何者かの手で止められ、振り向くと疲れたようすのお姉ちゃんが立っていた。

 もう片手には先程の放火魔が持っていた生体隕石らしきものが握られている。


「汐漓さん。困ったことに、この子は話が通じなくて」


「あなたの目的はこれでしょう、ミナミ先生。これで契約は続行です」


「えぇ、ありがとうございます。本当にこれだけで手に入るとは。今後の協力もお約束しましょう」


 ミナミ先生、と呼ばれた彼女は生体隕石を受けとると満足そうに帰っていった。

 ストレセントにあんなものを渡していいのかと聞くとお姉ちゃんはそっと城華の頭を撫で、話してくれた。


「この地区の平和を守るためです。私たちの平穏な生活を、侵されないためなのです。城華なら、わかってくれますよね」


「えぇ、もちろんよ、お姉ちゃん」


 なんだか頭が働かなくて、むずかしいことを考えるのがおっくうになっている。

 だったら、そういうのはお姉ちゃんに任せてしまえばいい。お姉ちゃんはそれでもきっと城華を撫でてくれる。


「あれ、そういえば、金髪赤目の小さな女の子、見ませんでしたか?」


 ミナミ先生がすこし戻ってきた。そんなの、覚えがない。

 和紙が金髪に赤まじりだけれど、眼は翠色だったはず。


 汐漓も城華も見ていないと答えるとすぐ去っていったが、いったいなんだったんだろう。


 ◇


 不二は痺れて動けなくなってから、夢を見た気がした。


 城華が汐漓に見せた態度が由来だろうか、不二が自分の姉に抱きついて、お姉ちゃん大好き、と感謝の気持ちを示す夢だった。

 夢の中の姉はそっと不二のことを抱き上げて、歩き出した。


 見上げるその顔はやさしく笑っていて、両親がいなくなってからの日に日にやつれていったあの姿とは違う。みずみずしくて、恋人だってすぐできそうな美人さんだ。


 夢の中で美化されているのかもしれないし、不二の勝手なイメージかもしれないけれど、とにかく、自分たちを守ってくれるお姉ちゃんの姿はかっこよくて、綺麗だった。


 目が覚めると、不二は姉ではなく病院のベッドに抱かれていた。


「こ、ここは?」


「お帰りなさい、不二。なにがあった?」


 となりには、和紙がいた。ここは天界社の病院エリアのうち一室らしい。

 麻痺毒を解毒してくれたのだろうか。しかし、どうしてここにいるのだろう。

 汐漓のところで倒れていたのだから、誰かが助けてくれたんだろうが。


 ひとまずその疑問は置いといて、不二は和紙にいきさつを話した。

 菜艶の殺人未遂と変身、汐漓と小灰の因縁らしきもの、そして帰ってこなかった城華。

 X型生体隕石があったことも話した。


「……どうやら、小灰さんの言い分は本当みたい。不二、立てる? 立てないなら、私が抱っこする」


 和紙に言われ、四肢に力を入れてみた。

 まだ毒が抜けきってはいないらしく、しかたなく和紙にお願いして抱えてもらった。

 和紙は体格差をものともせずひょいと不二のことを持ち上げ、ちょっと誇らしげにしている。


「そうだ、その小灰さんは」


「リノ社長が話を聞いてる。仮にも、X型を奪って逃亡した張本人だし」


 あの隕石は奪ったものであったらしい。

 それはまず予想通りともいえる、リノに任せるべき案件だ。


 ほかの問題のほうが、不二にとっては重要だった。特に城華のこと。あんな女に取られていることが悔しくてならない。


「とりあえず、リノ社長のところへ行こう。情報の共有が必要」


 リノたちからしてみれば、小灰は裏切った相手。発言は不二のほうが信頼できる、ということか。

 和紙に抱っこされたままで不二は取調室のような部屋にたどり着き、ゆっくりと椅子におろされた。

 机を挟んでリノと小灰が向かい合っていて、どちらも気まずそうだった。


「お疲れ様、不二くん。えっと、状況はこんな感じで合ってる?」


 リノが手元の紙を見せる。

 要点をかいつまんできっちりまとめていてわかりやすく、当事者の不二にもなぜか納得が生まれる。

 その通りだと告げるとリノは安堵し、小灰に笑ってみせた。


「ほら、私はもう疑ってないし、素直に話せば和解もできる。小灰くん、どうしてこんなことを?」


「……紫波菜艶と湊河汐漓を死体に戻したかった。あの女がいるから全部おかしくなったの」


「菜艶と汐漓ね、第二期被験者だったよね。私は関われていないんだけれど、どんな人物なんだい?」


「あいつらに監禁されていたわ。私はあんな形の愛なんて認めない。認めてやるもんですか」


 リノは困っていた。もしかして、これかなり面倒くさいんじゃ、と思っているのが顔に出ている。

 確かに、小灰があんなことをした理由はもつれていそうだ。

 だが、必要な判断は少ないはずだ。


 城華をどう取り戻すか。菜艶と汐漓をそれぞれ消すか消すまいか。

 それらは彼女らのもとへ赴ける人物がすべき、数少ない必要な判断であった。


「よし、じゃあ私が動こう。X型隕石は奪われた、なら私が動いたってここは狙われない。念のため小灰くん不二くん和紙くんうろこくんでここ待機。芥子くんの指示があれば動いてくれ」


「待ってよ、どこ、行く気」


「彼女たちの屋敷だよ。殺人も監禁も許される行為じゃない。直々に私が確かめる。いいだろう?」


 小灰はリノが介入することをよく思っていないようで、あくまでも自分の手でふたりを殺したかったんだと思わせる。

 だが小灰が奪ったX型生体隕石はさらに奪われ、もう手元にはない。


 リノにしかタチバナは殺せないし、リノにならタチバナが殺せる。

 しかもそんな状況になった原因は小灰自身で、強くは出れないんだろう。

 ただひとつ、不二には不満なところがある。


「わたしも同行させてください」


 城華のことだ。彼女がいるのに、不二が出撃しないわけにはいかない。

 麻痺毒はもう抜けた。戦える。


「城華くんのことかい?」


「はい。もう一回、話すチャンスを下さい」


「勿論いいよ。小灰くんはどうする?」


 小灰は答えない。黙ったままだった。

 心の中でさまざまな感情が渦巻いているのだろう。机の下ではスカートの生地を強く握っているし、歯をぎりと鳴るほどに噛み締めている。

 けれど、口には出なかった。


 リノと不二は出発のため地下エリアへと向かう。

 このふたりだけでの組み合わせははじめてかもしれない。


 ユリカゴハカバーに乗って、久しぶりのリノの暴走運転に酔いかけるのはすこしだけ生きた心地がした。

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