Case28.Flying Sparks
城華の要望を受けて、リノは調査の続行を、不二の承諾と泊まる許可がもらえたらいいよ、と言っておいた。
城華には何かしたいという情熱があるのは、不二が教えてくれたことだ。その気持ちをないがしろにするような指揮をとるべきではないし、なによりリノ自身がしたくないことだった。
城華がやりたいというなら、リノはかまわないことだ。
それに、小灰の言っていたことも、湊河汐漓のことも気になる。そのため、城華の要望はリノにとっても好都合で、うろこや和紙には悪いのだが少ない戦力のままになる。
ウートレアが繰り出してくる虫型のストレセントとも戦っていかなければならないのが辛いところだった。
騒音のストレセントである彼女のことは、イドルレやオヴィラトのようによく調査されているわけではない。
U型のストレセント、ということは把握しているのだが、あまり出撃してはこない。閑静な住宅街を狙ったりするのはその閑静なのが嫌いだからだろうが。
ウートレアの正体についても、どんな略歴でどんな人物なのか調べられていなかった。
唯一わかるのは、とにかくやかましいところだ。
そんな得体の知れない相手と、うろこと和紙のふたりに、出会ったばかりの小灰で戦わせるのは不安が残っている。
ほぼ初対面で信用しきっていない相手であればチームワークがあるわけがないのだ。
そこでリノは、いい方法を思いついた。自分と和紙がいつもやっていること。
つまり特訓だ。三人で汗を流せば、きっと絆が生まれるはずだ。
リノは明日のためにスケジュールを調整する。
この日のリノは練習メニューを練る途中で意識が落ち、目が覚めるとすでに一夜が明けているのだった。
◇
目を覚まして最初に気がついたのは、日が変わっていることですらなく、端末に着信があることだった。
寝ぼけ眼で端末を操作して、ふだんよりずっと緩慢な動きで耳元に持っていく。そんなリノののんきなのとは対照に、端末の向こうでは切羽詰まった状況なのか和紙が深刻そうに告げる。
「リノ社長。たいへん」
「なんだい? 朝から忙しいねぇ」
「のんきにしてる場合じゃない。小灰さんが訓練場でもない場所で変身、重要そうなアタッシュケース奪って逃亡中」
「はい?」
「私はいま追いかけてるけど、うろこが燃やされて撃沈した。私と小灰の反応を送るから、リノ社長も」
「あぁまったく! 久しぶりに会った仲間を疑いたくなかったんだけどなぁ!」
端末に送られてきたデータはもうすぐ地上に出ようとしている生体隕石反応ふたつだった。これでは、顔を洗っている暇やエレベーターを使っている暇もない。
幸いリノの自室は地上数十階に置いてある。窓から飛び降りれば先回りができる。
掛けてあった日本刀をひっつかみ、窓を数枚開けて自分が通れるだけの大きさを確保、そして飛び出した。
もちろん高い。下を見ると気絶しそうで、遠ざかっていく自室を見ることにし、やがて地面に叩きつけられた。
血を吐いたがその程度は一瞬でなんとかなる。
すぐに起き上がろうとすると、玄関から出てくる人影がふたつあった。ひとつは赤く、ひとつはどす黒い。小灰と和紙だった。
「あら、リノ。早かったわね」
「なに持ってこうとしてるのさ、小灰くん」
「決まってるじゃない。私が欲しかったのは情報と手段」
小灰はアタッシュケースを持っている。あれに入っているのは札束ではない。
大金だとしたら、リノは別にそこまで気にしない。あれはいくら金を積んでも買えない代物だ。
ストレセントたちが求め、拠点を襲ってくる理由。それは生体隕石である。
だが、ただの生体隕石ではない。特別な役割を持っている型だ。
「X型生体隕石なんて、何に使うんだい?」
「なににって。ふだんのあなたと同じよ。使っているんだもの、わかっているでしょう」
リノの体にもX型が埋め込まれており、その力によって傷つけたりえぐり出すことなく生体隕石を抜き出している。
それを使いたいというなら、倒したいストレセントがいるか、あるいは消したいタチバナがいるかだ。
小灰の目的がどっちでも、危険すぎるため小灰を放ってはおけない。
リノは彼女を止めるため、腹部を切ることで変身を行おうとした。しかし、それでは遅い。
小灰によって火球が放たれ、リノの切腹の邪魔をする。迎撃に刀を振るったが、どちらにせよこの隙で小灰には逃亡するだけの時間が生まれる。
彼女自身の狙い通りにか小灰が飛び出して、追って和紙が行こうとし、再び放たれた炎によってその行動は遮られてしまった。
「また会いましょう、リノ。すこしでも信頼してくれてありがとう。でも私には、やるべきことがあったのよ」
小灰がやろうとしていることがどちらであるかはわからないが、リノの方針に沿っているものがなかにはない。ゆえに彼女を止めたかった。
けれど、手が届かずに行ってしまう。
憤怒や後悔よりもなによりも、小灰の言ったまた会いましょうの言葉が敵対関係での実現にならないよう祈る気持ちが強かった。
◇
小灰の姿を見失った後に、リノは職員と連絡をとり、小灰が奪っていったのはX型ひとつのみであったとわかった。
それで、彼女がしたいことがタチバナかストレセントの機能停止だともわかる。
消したい人がいるのは悲しいことだが、彼女がそう思うのなら無理にねじ曲げる必要はない。問題はそれが誰に向けてか、だ。
アメリィか、ウートレアか、エイロゥかはわからない。
第三期の面々とは考えにくく、リノだったらすでに寝込みを襲っているはずだ。
四年間もの空白は推測の天敵だった。
最悪、小灰はすでにストレセント側についていて、X型を渡そうとしているのかもしれない。そうなると、小灰の言っていたことが気にかかる。
小灰は不二と城華のことを「汐漓に取られた」と表現していた。その意味がひっかかっている。
確かに彼女は重要なものを盗み出してしまった。しかし、本当に裏切ったのだろうか。リノにはそうは思えなかった。
再生をなんとか終えていたうろこを拾い、まだ焦げている部分が残っている和紙とともにリノは自室へ戻った。
窓をきっちり閉めて、ふたりには適当に座ってもらう。
ポテトチップスを皿にあけてすすめつつ、リノは自分の考えをそのまま話した。
少なからず彼女のことを疑っていたふたりには賛同できないところもあっただろうが、ふたりは頷いてくれた。
まだ未確定である、とは付け加えたものの、そこまで強く危険視をするつもりもないという。
和紙が端末を開き、現状を確認してくれている。小灰の行く先は不二たちのいる方向らしい。
「X型って、生体隕石を切り離しちまうんだろ?だったら、そっちにいる奴に使いたいか、届けたいんだろうな」
「……反応があるのは不二と城華だけだよ。でも、そこにはたぶん湊川汐漓……彼女も第二期の被験者なんだけど、その汐漓くんがいる可能性も高い。きっと反応を遮断する術があるんだろう。
残念だが、第二期のプロジェクトには私はぜんぜん関与できてないんだ。社長なのに、さ」
リノにそのあたりの後悔がないと言えば嘘になる。
ずっと一緒にやってきていた仲間のひとりに委任した結果、小灰に「リノは第二期被験者を捨てた」と思われるほどになってしまった。
否定はできない。第二期の権限を放り投げてしまったのはリノ自身だった。
X型を盗み、リノを襲ってくることはじゅうぶんに考えられることだった。
ストレセントにたぶらかされていたのなら、そうだったと思う。
リノが小灰のことを疑えないのは、やり直したい気持ちがあるせいかもしれなかった。
「ま、こりゃ不二には連絡しとくべきだろうな。オヴィラトんときの城華みたいな目に遭わされるかもしれないんだろ」
危険を知らせていなければ対処もできない。
リノは端末ですぐさま不二と繋ぎ、彼女がすぐに応答してくれたことに安心した。
「はい、もしもし」
「よし。ちゃんと不二くんだね。今、城華くんは?」
「屋敷の中です。わたしは追い出されました」
「追い出されたって?」
「正しくは家出、みたいな。菜艶と交戦したため、戻るにも戻れないんです」
菜艶。覚えのある名前だった。第二期被験者のひとり、紫波菜艶である。
「詳しく話せば長くなってしまうんですが……」
ざざ、と雑音がかぶり、不二の声が遠のいていく。
こんな重要なときに電波が悪くなるのか、と不満を持ちながらも不二へ向けて呼び掛けを続けた。
しかし、やがて雑音が晴れて聞こえてきた声は不二とは違う、やけに明るい声だった。
「ふにふに? なにそれ、うちウートレアなのですッ!」
突然の大音量に思わず端末を耳から遠ざけた。
このやかましさは本人の言っている通りウートレアのもので間違いない。
「どうやっていきなり通話に割り込んできたんだい、元の通話相手は?」
「こっちに繋げただけなのですよ。むこうでは電話がいきなり切れたかんじなのです。それより、エイロゥに言われたしストレセントを出すのですよッ!」
「こんなときにストレセント!? 勘弁してくれよ!」
うろこと和紙のほうを見ると、リノの言葉を聞いてすでに立ち上がっていた。
それぞれの端末にもウートレアやストレセントの情報が届いたらしく、真っ先に飛んでいった。
戦力が分散されている。危険を察知し、リノはそれら反応を管理している場所へと急いだ。
反応によれば、現状うろこと和紙がストレセント一体およびウートレアと対峙している。ほかに取り囲まれるなどはない。
ウートレアは囮で、本命はX型だろうか。リノは非常時のために気を張り、ふと、部屋にポテトチップスが出しっぱなしになっているのを思い出した。




