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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
アキラメナイコト
26/69

Case23.はじめまして

 少女に連れられ知らない街並みを歩く。見慣れない風景ばかりなのは不安を招くけれど、城華がいるから不二はそのまま進んでいける。

 城華の方も不安と警戒が少しはあるようだが、いざというときに対応できるくらいには必要だ。


 不二も自分の肝に命じ、突然の裏切りで無力化されてしまわないようちょっとさっきまでよりしゃきっと立った。


「あ、あの、ここです」


 少女は意外にもお嬢様なのか、大きめの屋敷に着いた。

 こんな場所で暮らしているのだから、もしかすると使用人とかがいたりするのかもしれない。

 毎日メイドさんにお迎えされるとか、幻想ではあるだろうが憧れる。


 不二には両親がいなくて、姉がずっとがんばっていた覚えがわずかにあった。

 メイドさんのひとりでもいれば姉は過労で倒れたりしなかったのだろうか。


「不二?どうかしたの?」


「ん、いや、なんでもないよ」


 過去のことを考えるのはやめ、少女に導かれるままに屋敷に足を踏み入れていく。

 よく見ると道はまともに整備されていないのか雑草が出ていて、庭にあたる部分も同じく草たちが生え放題になっているらしい。

 手入れがされていないということは、家事を生業とする人物は雇われていないということでもある。残念ながらメイドさんはここにはいないだろう。


「ごめんなさい、広いだけで、なんにもないんです」


 少女の言う通り、よくありそうな像や絵画のたぐいはいっさい無くて、それどころかじゅうたんも敷かれておらず、うっすら積もったほこりが辛うじて道とそのほかを分けている。

 かつては裕福であったはずなのに、没落してしまった貴族の屋敷みたいだった。


「ふだん使ってるのはこっちです。なっつんってば、いっつも休憩室にいるんですよ」


 ほこりをかぶっていないところを歩き、少女は不二と城華をとある部屋へ連れていった。

 すこし大きめだが、この屋敷では珍しくなさそうな部屋だ。本来は使用人が詰める場所だったりするんだろう。

 そこに一般家庭のようにテーブルとテレビが置かれていて、もうひとり同居人らしい人物がくつろいでいた。


 応接間は存在しているんだろうが、人を通せる状態ではないとみえる。たったふたりで暮らしていれば必要がないともいえる。


「おんや?お帰りなさいしおりん、今日はなんだか三人に増えて見えるぜ」


「お客さんふたりだよ、なっつん。あ、どうぞ座ってください」


 ソファはすこし使い込まれているがまだまだ現役のようで座り心地も良い。

 城華と並んでこの屋敷の住人ふたりと向かい合い、あらためて互いのことを知る時間となった。


「円不二です、この子は宿場城華」


「……よろしく」


 まだ警戒心は残している城華は愛想がよくないけれど、少女たちは笑顔で聞いてくれている。

 せっかくのお客様なんだからとお茶が運ばれてきて、遠慮するのも失礼なのでありがたくいただいた。


「えっと、申し遅れました、私は『湊河汐漓(みなとがわしおり)』といいます。どうかお見知りおきを」


 汐漓と名乗った少女はぺこりと頭を下げて、つられて不二と城華も頭を下げた。


 あらためて見ると、この屋敷の本来の持ち主は汐漓かもしれない。

 彼女が着ているのは上品なお召し物であるし、育ちがいいのか立ち振舞いもしっかりしている。

 同年代とは思えない淑やかさというものがあって、お嬢様であると納得できる気もする。


 きれいな髪も後ろで一本にまとめてあって、長くて大変そうな手入れもしっかりやっているらしかった。

 家は没落しても、身だしなみは整えておきたい。年頃の女の子なら当然の感情だ。


「私は汐漓ちゃんのことしおり~んって呼んでるんだぜ」


「……えぇ、できれば汐漓でお願いいたしますね。ほら、なっつんも」


 初対面の人をあだ名で呼ぶには超人的な図太さが必要だろう。

 あいにくと不二も城華もそこまで遠慮なく振る舞わない。彼女がいう『しおりん』は使わないだろう。


 次はなっつんと呼ばれている彼女が背中を押され、自己紹介をはじめる。


「うん! 私の名は『紫波菜艶(しばなつや)』だよ、好きに呼んでね。あ、でもなっつん呼びはしおりん限定だからね」


 菜艶の容貌はあまりお嬢様らしくはない。

 顔立ちは整っているし髪だってきれいに緑みがかっていて、ウェーブのかかった長い髪は汐漓と同じく手入れされているようだ。

 その一方で格好はラフなもので、きっと趣味はリノに似ていることだろう。


 ホットパンツが大きめのブラウスで隠れており、一見なにも履いてないようにも見える。

 何よりもお嬢様らしさを損なっていたのは、瞳孔が開いており、目を合わせたくないところだろうか。個性といえば個性だけれど、ぎらぎらしていて得意ではなかった。


「では、自己紹介も済んだことですし。おふたりにお部屋を作ってさしあげないと! 私、行ってきますね!」


 積極的に客人を招いているようには思えないこの屋敷の状態だ、きっと客室も掃除をしないとひとさまには提供できないんだろう。

 汐漓が走っていったのを見送り、不二と城華はにこにこしてこっちを見ている菜艶とふたりきりにされた。


「えっと、菜艶さん」


「うん、なぁに?」


「ここって、汐漓さんと二人きりで住んでるんですか?」


 他の親族はいないのだろうか、というのは当然の疑問だった。

 不二だって親はいなかったけれど、それでも姉妹がいた。姉は成人している。

 どうみても同年代にしか見えない容姿の汐漓と菜艶は、どうやって暮らしているのだろう。


「そうだぜ。私たち二人三脚、運命共同体で切っても切れない表裏一体だ」


 保護者はいないらしい。これだけ大きな屋敷で、親が遺した家具を売り払って生活していたのかもしれない。

 彼女らには彼女らの苦労があったんだろう。


「じゃあこっちも質問していいよな」


「なんでしょう?」


「不二ちゃんと城華ちゃんって、つきあってるの?」


 城華がすすっていたお茶を吹き出し、あわててティッシュをもらった。

 不二と城華は付き合っているように見えるのだろうか。

 同棲は当然しているし、同じベッドで眠ることも当然になってはいる。

 いや、そう考えてみると、もう友達以上恋人未満という関係になっているのだろうか。


「そう見えます?」


「見えるよ。私にはあらゆる女の子カップルが見える」


 指で窓を作ってみせる菜艶。なんだか独特の雰囲気がある。

 リノとはまた違った、暴走はしていないはずなのにいまいちついていけていないような雰囲気だ。


 城華は付き合っているように見えると言われたことにまんざらでもなさそうだったが、菜艶のことはどう思っているのだろう。

 不二は、ちょっぴり苦手だと思う。


「そうだ!私としおりんは付き合ってるんだぜ!」


 ここは、意外に思っていなくても意外と言うべきだろうか。

 ふたりっきりの共同生活なのだから、付き合っているどころの話ではないとも思う。

 それを言ったら不二たちだって女学寮みたいな生活ではある。人数は少ないけれど。


「しおりんはな。ああ見えて夜中は凶暴なんだぜー? 先に言ってくるのもたいてい汐漓でさ」


 汐漓はいったいなぜそんな情報を暴露されているのだろう。

 菜艶は口が軽いのか、とにかく話したがりであることは確実みたいだ。

 すぐに話題を切り換え、笑ってくれるのを待っている。それでいて話題を続けることは意識していない。


 初対面であまり積極的にはなれない不二と城華に対しておかまいなく喋ってくる菜艶には、頷くほかに対処できる方法がなくて。

 出来ることならいち早く汐漓に帰ってきてもらいたかった。


 結局汐漓の「お部屋がご用意できました」という報告は意外に早くやってきて、このままあと数十分は菜艶と一緒にいなければならないのかと思っていた不二と城華には嬉しい報せだった。


 それに、城華とふたりっきりなら汐漓と菜艶のことも相談できる。

 さっそく案内してもらって、お屋敷らしくきれいな部屋に迎えられた。


 一部屋だけでがまんしてくれと言われたけれど、逆に都合がいい。と思う。

 汐漓が去ってからすぐ、いままでずっと黙っていた城華は不二の耳元にささやくようにして気になった点を教えてくれる。


「なんか変よね、あのふたり。怪しいっていうか、得体の知れないっていうか」


「……城華はどう思った?菜艶の眼」


「あぁ、あれね……確かにあれは普通じゃあないと思うわ。人体のことは多少調べたもの。私、毒を合成して死のうとした人間ですもの」


 城華の言い出したことには驚いた。

 不二が思っていたのはどう感じたかであるのだが、瞳孔が開きっぱなしというのは確かに何かしらの身体機能の異常とみていいだろう。


 汐漓と菜艶に関しては警戒を続ける。

 ふたりでそう決めると、スマートフォンでリノへ連絡しようと端末を取り出した。

 電波は良好で、問題なく繋がってくれて、そこは安心できるところだった。

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