Case11.ツメアト
イドルレとの交戦のあと、適合者たちには休憩の命令が出た。
今日一日変身禁止、例外としてリノの承認を得た場合のみしてもいいというのだが。
不二たちは治療を優先されるため安静にしろと言いつけられ、またストレセントの出現もなく、好き好んで変身する必要性がない一日であった。
そのかわり。翌日に不二は芥子に呼び出され、ストレセント退治ではない仕事を受けることになったのだが。
「来てくれてありがとう。呼び出した理由は察しているでしょうが、あらためて言いましょう。イドルレによって、ストレセントにされかけた女の子のことです」
だいたい予想はついていた。
意外ではない。ひとつ言うとすれば、彼女になにかなければわざわざ呼び出さないだろう。
治療して帰せばいいだけの話だ。
過程でなにか、不二に伝えた方がいいことが見つかった、ということだ。
「無事なんですか?」
「それは大丈夫です。命に別状はありません」
ひとまず安心だ。悲しいお知らせではなくて、本当によかった。
「ただ。彼女のことを調べた結果、彼女は『適合者』であることがわかりました」
「え……?」
「本来こんな簡単に見つかっていいものではないのですが、イドルレは運がよかったようですね」
被害者からしてみれば、あんなことをされて運が悪いにも程がある。
生きていられたのはよかったのかもしれない。
事実、ストレセントにされてしまった人たちや、不二たちが助けられなかった人たちは大勢いる。
笑えない話題はあとにして、芥子はあの少女についての話を続けた。
「貴重な適合者ですから、出来ればこのまま手元に置いておきたいものです。ので、保護という名目で数日こちらで生活させたいと思っているのです」
「わたしがそのお世話役?」
「えぇ、彼女の身辺のほうは心配要りません。彼女の叔父さまにご理解いただいています」
どうして保護者の代表が叔父なのだろうか、とすこしふしぎに思ったが、不二のところも代表は姉だった。
このご時世、両親がいないのはわりとありふれているのかもしれない。
ありふれていたら困ることではあるけれど、実のところ第三期の四人はみんな実の両親に会える状況ではない。
だから、適合者としては普通かもしれない。
「彼女の命の恩人はあなたですし、あなたにも妹がいたと聞いております。彼女と一緒に暮らしていただけないでしょうか?」
不二に断る理由はない。
すぐに頷き、それからほかのみんなにも紹介しなければいけないことを思い出した。
まずは彼女に全員で会って、それからもっと詳しい話をしよう、ということにする。
芥子には女の子をつれてきてもらって、不二はほか三人を呼びだしに走った。
◇
なんのために呼び出されたのかきょとんとする城華たちと、ひとりだけ事情を知っている不二のもとへ、車椅子に乗せられたあの女の子がやってくる。
不二以外は見たこともないからかそれぞれ首をかしげたりしているが、つれてきてくれた芥子の話ですぐに納得することになる。
「彼女は……そうですね、新たな仲間、としておきましょうか。これから数日間一緒に過ごす予定の子です。ほら、自己紹介を」
芥子に促されて、うつむいていた顔をあげた。幼い故の愛らしさがまだまだ残っている、小学校中学年くらいだろうか。ツインテールがよく似合っている。
服は検査のため取り替えられたらしく、入院患者がよく着ているものだ。
薄ピンクでみじかめの裾からは包帯のはしが見えていて、少女が車椅子に乗せられている理由が鮮明に思い出せた。
椅子部分にひいてあるクッションもそこそこ厚い。
「あ、えっと、自分、『三品結礼』っていいます。結うにお礼の礼なんで、クラスのみんなからはユーレイって呼ばれてました。よろしくっす」
結礼が明るく笑ってくれたのは、不二にとっては救いだった。
彼女の姿は怯える姿と苦しむ姿しか見たことがなかったからだ。
ひとり安堵の息をついた不二の横で、真っ先にうろこが一歩先に出て手を差し出した。
うろこは三姉妹の長女で、両親がいない状況で下ふたりをひっぱっていこうとした経験がある。この中ではいちばん結礼と仲良くなれそうだ。
「あたしは水戸倉うろこだ。よろしくな、結礼ちゃん」
「はい! うろこお姉ちゃんっすね! 覚えました!」
このうろこお姉ちゃん、という発言。
言われた本人は慣れているのか相槌くらいの返事だけだったが、お姉ちゃんなどと呼ばれたことがない者、つまり城華が目を輝かせる。
「ね、ねぇねぇ結礼ちゃん! 私、宿場城華っていうんだけど、その、城華お姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」
「……? もちろんっすよ、城華お姉ちゃん!」
首をいったんかしげてから、結礼は城華にとどめをさした。
そう言われた瞬間の城華は耳の先から蒸気が出ているようで、小声で「お姉ちゃん。私が。えへへ……お姉ちゃん……」なんてぶつぶつ言うようになっていた。
続いて、前に出たのは和紙だ。
確か彼女も兄弟だとかを知らないはずなのだが、彼女もお姉ちゃんと呼ばれるとうれしいのだろうか。黙って聞く。
「私、上噛和紙。こんなだけど、いちおう年上。よろしく」
「またまた、わかりますよそのくらい!えっと、和紙お姉ちゃ……」
「私のことは和紙センパイと呼んでほしい。お姉ちゃんは落ち着かない」
「あ、まじっすか。じゃあ和紙センパイ!」
いう通りにしてくれた結礼の反応を見て、和紙はわかりにくいが身震いをしていた。なるほど、彼女は趣味が違うらしい。
最後は不二になった。
全員が不二を見ている。不二はとりあえず近くに寄り、目線を合わせるために屈み、片手をとって自己紹介をすることにした。
「わたしは円不二。助かってよかった。本当に」
「あ、不二お姉さんっすね。知ってるっす。自分を助けてくれたんすよね!」
不二が頷くと、結礼はずっとお礼を言いたかったとのことで、頭を下げられた。不二自身はそんなことは求めてはいなかったが、気分がいいので止めはしなかった。
「今日から一緒に過ごすん、ですよね。迷惑かもしれないっすけど、よろしくお願いします!」
結礼は明るくて話しかけやすい印象だった。四人にはないタイプだ。
彼女の自室はまだ補助機械などの関係で準備中らしく、きょうはみんなの部屋で暇をつぶしてほしい、とのことだった。
快く受け入れ、まずは不二の部屋に来ることになった。
◇
「わぁ!ホテルみたいっすね!」
不二がとくに部屋をいじっていないせいだ。
車椅子だと最初の段差を越えられないので、不二がお姫様抱っこの形で彼女を運んでやる。
妹というより、飼い猫を捕まえたみたいな感覚だ。
まずは不二のベッドに彼女を寝かせ、ベッドから見えるように動かした数少ない模様替えポイントだったテレビを点けてみる。
点けた局ではよくニュースをやっており、ストレセントによる事故がどう処理されたのか、被害はどれだけあったのか、をよく知ることができる。
ただ今やっているのは朝だからか知らないドラマのようで、女子小学生と中学年が並んで見るようなものではない。
何かないかと思い、別の局のニュース番組にした。
「お、パンダのちびだ!かわいいっすよね!」
ちょうど、先日産まれたばかりのパンダの赤ちゃんについての特集がやっている。不二もかわいいとおもう。
不二が動物は好きなのか、と聞くと、結礼はこう答えた。
「だってかわいいじゃないっすか」
確かに、その通りだと思った。
かわいいと思えるものは好きになれるだろう。
さらに聞いてみると、結礼はけっこう幅広く好きなようで、いっそのこと脊椎動物じゃなくても、と言い出した。
具体的に言うと、ふだん虫と呼ばれるグループのあたりがいいという。
どこがいいかを聞くとキリがなさそうなので、このへんで切り上げる。
「でも、不二お姉さんもかわいいっすよね。名は体を表すって感じです」
ふにっぽい容姿とはどういうことだろう。
不二は柔らかい見た目をしているだろうか。包容力のあるお姉さんではないと思っているのだが。
そのとき、突然扉が開け放たれる音がした。何が起きたかと思って入り口のほうを見ると、音の正体は城華である。
「不二警察よ!出会って初日でべたべたしすぎよ!私にも……じゃなくて、不純だわ!」
動機は単純に嫉妬みたいだった。
いや、城華だってふだんからわざわざ不二のベッドに現れて添い寝してたり居座っていたりするだろうに、何を今さらうらやましくなっているのだろう。
「あぁ、まじすか。ごめんっす、不二お姉さんってば話しやすくてつい」
そして結礼は意外にも聞き分けがよかった。
めんどくさい城華のことを直感によって回避しているのかもしれない。だとしたら才能だと思う。
「わかればいいわ。別に、不二と一緒にいたいわけじゃないけど!」
やっぱり素直ではない。
城華が入ったことによって、結礼は年上ふたりに挟まれることになって申し訳なかったが、彼女は平気そうだ。
三人で並んで、テレビの中でじゃれている子パンダの映像を見ていた。
「なんか、三人家族みたいっすね。自分が娘で、お姉さんふたりが結婚してるんすよ」
ふと結礼が発した意外な言葉に、城華がまたもやフリーズした。今度はみるみるうちに真っ赤になっていく。
娘を持つ親。
その気持ちになってみたこともないし、身近な例は存在しなかったけれど、結礼が娘だったら毎日楽しくなるかもしれない。
テレビ画面には、パンダの親子が仲良く笹を食べているシーンが映し出されていた。