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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
シトトナリアワセ
12/69

Case10.血涙よさよなら(後)

 和紙がリノのもとで滝を相手にした鍛練をはじめるすこしだけ前。

 街のどこかにある暗い家では、イドルレがエイロゥによって正座させられていた。


「ごめんってば、リノのやつが邪魔で」


「……この意気地無しが。ストレセント一匹くらい、使い潰してもかまわないでしょうに」


「わたしみたいなのは、ファンを大切にするんだもん」


 イドルレにはイドルレのやり方があり、エイロゥにはエイロゥの考え方がある。

 それにストレセントはたいてい自分勝手だ。噛み合う方がおかしい。


 あのクラゲのストレセントはたしか、イドルレがそこらへんの男性を魅了してから突き放すことで、自分で決断するというストレスによって作り出した。


 イドルレはアイドル気取りだ。

 ファンを心酔させてしもべにしてしまう、という方法でストレセントを作り出す。


 対するエイロゥは攻撃的で、たとえば毒をぶちまけて交通機関をストップさせて勤労の義務を放棄しようとする蛇のストレセントなんかはエイロゥの作だ。

 探すときはイライラしている人を狙うから、指示を聞かせる作戦行動には向かない。


 イドルレを使ってやっているのはそんな理由があるからであって、何も仲がいいわけではない。

 エイロゥは自分に従えという不満を溜めている。

 これもストレセントに加工できないだろうかといつも思う。


 原因は明らかだ。

 イドルレの頭の中身が、ほぼ全部お花畑で埋め尽くされているからに決まっている。


 エイロゥは舌打ちをして、この際仕方がないとした。

 イドルレがここで役に立たないのなら、せめて囮にでもなってもらい、エイロゥは別の手を取ろう。

 イドルレには再出撃を命じ、渋々出発していく彼女を見送った。


 ◇


 同刻、資料室。

 ふたりがかりで調べものにやってきた不二とうろこは、データベースを閲覧中であった。


 リノに教えられた『2009』を開くと、下位グループが四つもあり、『A』『E』『I』『U』のうちの『I』だけが解放されている。

 あとは中身が入っていない。


 唯一中身のあった場所にはひとつだけ、被害者名簿へ飛ぶように組まれたリンクが載せてあった。


 導かれるがままに飛んでいくと、表示されたのはひとりの少女の情報だった。

 顔写真は黒髪でみつあみのおさげとありがちで地味なスタイルだが、顔立ちはどこか見覚えがある気がする。


 しかし、この少女は何年も前の人物であり、きっと当時の不二は顔立ちなんて覚えていられないほどの年齢だっただろう。


「……この人があんなふうにはっちゃけるのか?驚きだな」


 その既視感がイドルレのことであると気づくには、うろこの指摘があるまでの時間がかかった。


 人間を中核としてストレセントが形成されている、とはこの前の調べもので把握はしていたけれど、顔立ちも人型の身体も残っているのは驚きだ。


 彼女の名前は「(いのり) 可恋(かれん)」というらしい。

 情報を読んでいくと、元々はアイドルの追っかけだったということが読み取れる。


 身体を奪われたのか、それとも内側に秘めていた自分もああなりたいという願望が爆発してああなったのかはわからないが。


 可恋がイドルレになってからのことは、やや劣化している画像とともに下の方に記されていた。

 なんとイドルレはあの姿のまま八年間も活動しているという。

 あの片方の胸がきわどい衣装にも変化はない。もう慣れてしまっているのだろうか。


 同様に、イドルレとともに出現したストレセントのことも書かれており、カニやクラゲをはじめとした海の幸をモチーフとした者たちのことが載っていた。


 クラゲは以前にも何度か現れたことがあるのか、物理攻撃では効果がないという特徴が記されていた。

 また撃破の方法として、前に現れた個体は中核になっている生体隕石の周辺のゲルをすべて吹き飛ばし、隕石本体を回収してしまうことで倒されたのだという。


 思わぬところで難敵の攻略情報を得て、うろこと不二で互いに親指を立てた。


 それからイドルレ再出現の連絡が入るまではほとんど時間がかからなかった。


 ◇


 今度の襲撃ではクラゲの傘にステージは乗せておらず、イドルレの持ち物はスタンドマイクと乗り物のクラゲだけだった。


 再び試みてくるのは当然見えない壁の突破であり、拠点の施設へ向けて直進しようとするクラゲを前に、不二たちは四人で並び立った。

 不二は怪我人の城華を止めたのだが、もうほとんど脚もつながっているらしく、折れた不二が肩を貸してここまで連れてきたのだ。


 ここで倒さなければ拠点が落とされてしまう可能性がある。それは最も避けたい未来だ。

 今日はイドルレを逃がさないため、後ろにリノはいない。

 彼女に頼らず、戦ってみせる。


 四人が一斉に自らの死因を用いて変身をはじめた。


 和紙が手首を何度も裂き、うろこが自分の頭を撃ち抜き、不二は付近の建物へ叩きつけられ、城華は激しく痙攣と嘔吐で苦しむ。


 すぐに和紙とうろこが戦闘態勢に入り、不二もまた着地する頃には変身を終えていた。


 イドルレの反応は求めていないが、よろしくないのは表情に浮き出ている。

 そんな彼女とそのしもべへの対策のため、四人が当初の予定通りに跳んだ。


 不二と城華はイドルレ側を担当し、うろこと和紙がクラゲを倒す。

 今度はうろこが弾幕を放つよりも前に和紙が動きだし、クラゲへと飛びかかっていく。


 もちろん、イドルレは邪魔しに来るだろう。

 それを食い止めるのが不二の役目だ。


 傘の上から目下で駆け回る和紙を狙おうとしているイドルレの足首にワイヤーをひっかけて、転びかけたところへ巻き取りの勢いを利用した急接近キックを浴びせようとする。


 その攻撃はクラゲが触手のうち数本を伸ばして乱入してきたことによって止められてしまう。

 クラゲの毒針を打ち込まれて不二の身体には鋭い痛みが走る。


 そこへやっと変身を終えたらしい城華が白衣をマントめいて風になびかせながら不二をさらい、口の中へ指をつっこんで指先から分泌される何かを飲ませることで毒を消した。


「……ありがとう、城華」


「ふ、ふんっ!このくらい当然よ!不二がピンチになったら、作戦が危ないんだからね!」


 城華の素直じゃない言葉の直後、転ばされていたイドルレはこっちを狙って飛んできた。

 しかも、城華の羽を用いての飛行よりも速い。

 予測していたことだったから冷静にイドルレを誘導できたものの、ふだんの城華だったらパニックになっていたかも。


 まずは、クラゲのほうをうろこと和紙で撃破するのが目標だった。

 そのために、不二と城華はイドルレを引き付けて遠ざけるという囮の役なのだ。

 住宅街の中心地へと退いていき、順調に事を運んでいく。


 イドルレよりも向こう、うろこと和紙の側では和紙が激しくアクションしており、うろこが構えているのは狙撃銃一挺だけだ。


 和紙の動きを追っていると確実にナイフでクラゲにダメージを与えているらしく、すでに触手が何本もあたりに落ちている。


 みているとそして傘部分へと攻撃が行き、なるべく速くと切り刻まれ、生体隕石が露出し、狙撃銃で狙い撃たれることで砕け散った、という一連の流れを見ることができた。


 あとは、イドルレ本人だけだ。


「わたしみたいなやつ相手によそ見はいけないよ」


 そう思うや否や、声が聞こえ、城華ごと不二は撃墜されてしまった。

 地面に叩きつけられたことで大きくダメージを受けたけれど、不二は立ち上がれる。


 城華が気絶しているのかは確認しようがないが、こうして起き上がってこないのなら期待しない方がいい。


 不二は構える。


 周囲には走って逃げていく人が多い。

 できればもっと早く避難していてほしかったのだが、背に腹は代えられない。


「……ふふっ、わたしほどの脅威がいては勝ち目がないって、こっちに連れてきたんでしょ! だったら大失敗だよ! だって、わたしにもなればこんなことができるもん……ね☆」


 イドルレが何をするつもりであるか。

 それをすぐに察し、行動をはじめなかったことを不二は後悔した。


 イドルレの歩み寄っていく先は周囲で逃げ惑っていた民衆のうち幼い少女であり、いきなりのことで動けない彼女の身体にはイドルレの手が這っていく。

 そして、尾てい骨のあたりで爪をたててみせた。


「ね、いっしょに歌おう?」


 囁くイドルレ。尾てい骨を守る皮膚が引き裂かれる痛みに、少女は苦痛と快感が入り交じった表情をし、やがてその身体はびくびくと震えはじめた。

 生体隕石が無理やりねじこまれたのだ。


「ふふふ、この子を助けられるかな? なーんつって! ね☆」


「あ、待てッ!」


 イドルレを追おうとするが、とても間に合わない。

 ここには不二しか動ける者はおらず、あの少女を助けるには不二がどうにかするしかない。


 どうすればいい。

 彼女は苦しみ、四つん這いの姿勢になって痙攣している。


 尾てい骨を狙うなら狙えるだろう。

 不二がやらなくて誰ができる。これがいま、わたしにしかできないことではないのか。


 不二は覚悟を決めて歩み寄った。

 フックショットの先部分で彼女に無理やり付けられた生体隕石を挟み、少女の身体を押さえてワイヤーの巻き取りをはじめた。


 少女の悲鳴があがり、血が散った。

 骨との癒着がはじまりかけていた生体隕石をひっぺがそうとしているのだから当然痛いし、皮膚の下で行われているのだから血は流れる。


 何よりも、彼女を目の前でストレセントにさせたくないと思った。


「大丈夫……大丈夫!」


 少女に言い聞かせるように、そして自分に言い聞かせるように唱える。

 ワイヤーが繋がっている先である不二自身の首に力をこめて、ついに生体隕石は剥がれ、少女は痛みに叫ぶ声を止めて荒い呼吸のみを発するようになった。


 あとは、不二ではどうにもならない。城華もあの有り様で、助けが必要だ。


 今朝配られたスマートフォンで芥子に連絡を入れ、施設の地上部分である病院に搬送してもらえるよう頼み、不二はやっとひといきをついた。

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