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デウカリオンの洪水 前

デウカリオンの洪水


怒りをもって進め。

我らはプロメテウスの子、デウカリオン。

大きな怒りの洪水に、救済の船など必要ない。

我らは甘んじて

怒りをうけ、そして怒りをもってて共に進むのだ。


「招集とは珍しい」


機械化兵は、要所の守護の他はほとんど前線に駆り出されている。

あまりに強大すぎる力は、権力者たちを脅かす存在となりえる。

人々の希望となり、率いていくことのできる力を持つ者。

プロメテウスなど、その最たる存在だ。

英雄と持ち上げておきながら、権力者達は彼女の死を望んでいる。

彼女が死に、物言わぬシンボルとなったなら。

その時こそ、権力者達は彼女を真に歓迎するだろう。


「余程のことだろう」


エレベーターに乗り合わせた7期の試作機が答える。

軍の中ではナナ、と呼ばれている。単純だ。

彼女も遠方の戦線へ駆り出されていたはずだ。


「それより、部下に離反されたらしいな。ミツ」

「離反…だろうか」

「芽吹いた瞬間にお前に殺されたと聞いたが」

「離反とは違う……だろう。個人的に俺に恨みがあったようだ」

「恨み、ねぇ」


少し愉快そうにナナが言う。


「機械化兵は死ねばすべてのデータが解析されてしまう。それを最近の機械化兵は知らないようだよ」


すべてのデータ。

今までの戦闘データにとどまらない。

心拍などの生態データ、会話や周囲の記録。

そして、その個人が抱いた感情の類まで。

そう、だから。

離反、ではないのだ。なかったのだ。


「上に立つのは向いてない」


ため息が出る。


「よしてくれ。隊ごとの戦果は私よりずっといいじゃないか」


嫌味か、とナナに言われる。

けれど部下のメンタルケアができない自分は、やはり上に立つべきではないのだろうと思う。


「そういえばな」


また、話が変わる。

ナナは情報通だ。

戦闘に重きを置いた機械化兵が多い中、情報収集に長けた偵察型の機械化兵……の試作機である。

とはいえ、彼女以降、脳の負担が大きすぎるとの理由で作られていない。

成功機は、後にも先にも彼女だけである。


「この作戦、プロメテウスも参加する」

「……」


無言でナナを見る。

プロメテウスは最も苛烈な戦地にいたはずだ。

彼女が抜けると言うのは、一時にしろ、その戦線を捨てることになる。

そして、その場の兵達も。


「プロメテウスは渋っていたが、まぁ、上には逆らえん」


プロメテウスの階級は、自分たちよりずっと低い。

軍にいる以上、命令違反などできるはずもなかった。


「そして、私にもまだ、情報収集の詳細が伝わってこない」


一つ、息を吸う。


「余程のこと、だろうな?」


エレベーターが止まった。最下層についたようだ。

ナナは先に出て行った。

後に続く。


「久しぶりだな」

「あぁ、変わらずか?」

「6期の試作機が死んで以来、メンバーにも代わりはなさそうだ」

「パーツはだいぶ変わったが、それは皆同じだろう?」

「元のパーツが残っているかどうか」


はは、と少し笑いが漏れる。

冗句にしては、まぁ上等だ。

用意された席に着く。

プロメテウスもすでに来ていた。

程なくして、会議の始まりが告げられた。


「諸君、わざわざ来てもらって申し訳ない」


前置きは短かった。


「ことは急を要するのでな、本題に入る」


空間に映し出された地図は、敵の只中。


「機械化兵第24期、2408号機が敵の手に落ちた」


空気が変わる。


「2408が敵に撃ち落とされたことまでは確認できている。そこから通信に反応はなし。ただ、自壊もしていない」


機械化兵の情報収集は、トップクラスの機密事項である。

よって、機械化兵には自壊プログラムが組まれている。

脳の機能が停止した瞬間から、もしくは血液循環がなされなくなった場合、チップは急速に腐敗していく。変異した細胞ーー金属細胞と呼ばれるそれらは人の細胞へ戻り、残るのはただのサイボーグ兵である。

いくら調べたところで、どの国にでもある既存のサイボーグの身体でしかない。

自爆の道もあるが、真っ先にチップと金属細胞が破壊される。

そうして、この国の戦争の要である機械化兵の機密は守られて来た。

それが、今回は。


「発信信号は生きている。生きたまま、そして、自爆もできない状態で敵の手に落ちているのだろう」


それが、どういう状態か、想像したくもなかった。


「残念ながら視覚の情報も絶たれている。こちらで得られる情報は、音声情報と、2408の感情信号だけだ」


そうして、開示された音と感情に、しばらく言葉が出なかった。

生身の人間であれば、この感情信号を理解したなら、吐いていただろう。

壮絶な感情だった。

痛み、苦しみ、絶望。

それらが最大限まで引き出されたような、言葉にはできない感情の波。


「君たちプロメテウスとデウカリオンの諸君には、2408の奪還、破棄。そして、研究施設と思われるこの施設とデータの破壊を命じる」


怒りを持って進め。

我らはデウカリオンの洪水。

すべてを呑み込むもの。

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