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プロメテウスの英雄

その映像が、個人に、ひいては世界に及ぼした影響は、けして小さくはなかった。

リアルタイムで世界に流れた映像は、人々に機械化兵の性能の高さを知らしめた。

そして人としての脆さを印象付けることとなる。

音声のない映像で、機械化兵同士が戦っていた。

無表情に。苦笑して。苦しそうに。悲しそうに。

地面に堕ちた彼らは、何を話していたのだろう。

ただ彼女の叫びは、泣き声は、聞こえないはずの人々に届き、胸を打った。

彼女たちは、機械化兵はーー


「彼らは兵器か、人か」


午後の議会はパンドラがいない事を除いて、予定通りに行われていた。


「……短命、か」


誰かが呟いた。


「はい。先ほども話した通り、彼らは…数年から十数年で寿命を迎えます。すでに、寿命を迎えている個体が数機存在しています」


性能、構造、そうしたこともすでに情報として出していた。


「個体差はあります。試作機の場合は金属細胞との親和性が高いので、数十年生きる可能性も」

「元には、戻せないのかね」

「戻せません。細胞はすでに彼らの身体の一部です」


むしろ金属細胞をどうにかする過程での副作用の方が大きい。


「悪夢のような話だな」


けれど、彼らの国をそこまで追い詰めた連合軍に、一切の非がないとはいえない。

その非を認めることなどできはしないが。


「寿命は、伸ばせないのか」

「今後一切、金属細胞を使わないとしても、過度に細胞分裂を繰り返した彼らの細胞は、すでに……」


目を伏せる。

機械化兵の話をしているのは、ダイタロス機関の研究員だ。

ダイタロスがいれば、あるいは。

彼ら機械化兵の運命も変わっただろうか。


「では、判断を」


集まった首脳たちはリアルタイムで動く自国の世論を確認する。

進行者が時間を告げる。




調停は終わった。

あっさりと。

あの昼に起きた事件のことなどなかったかのように滞りなく。

予定通りの日程をこなし、各々の首脳達は国へと帰っていった。

新政権のトップであったパンドラは、襲撃の数日後に亡くなった。

誰もがその死を悼み、彼女の遺志を継ぐために前を向いた。

エピメテウスは重傷を負いながらもパンドラの敵に一矢報いようとしたと、また国民の支持を受けた。

パンドラの墓の前で一筋涙を流した彼は、その後新政権の軍に所属した。

軍という枠の中で、パンドラの願った国の平和を実現しようとしたのだ。


「これから、君たちは自由だ。まぁ、制限はあるが」


エピメテウスが目の前に立つ数十人の機械化兵に言う。

調停で、彼ら機械化兵は人だと判断された。

映像を見た世論に、首脳達が動かされた結果だ。

軍法違反者以外、全員が自由の身となった。

その代わりに、彼らは金属細胞の抑制ワクチンを打つ事を義務付けられた。

その処置は、彼らの持つ武力を恐れた連合軍の意向という面もあったが、主には機械化兵の寿命を伸ばすための処置だった。

彼らは戦う力を失った。

飛べもする、細胞も時間をかければ変化させることも可能だろう。

けれど、普通に銃を撃った方が強い。

その程度の力になった。

ただの金属の棒に過ぎない四肢は、生活に不自由のない義手義足に。

国からは慰労金という形での支給があった。

彼らは軍に所属する事を禁止され、移動にも制限をつけられた。

就ける職業が少ないことへの配慮でもあった。


「本当に、すまない」


エピメテウスはそれだけ言って、頭を下げた。

長い戦争の中で、彼らは寿命を失った。

機械化兵の彼らは、その事をすでに告知されていた。

方々で笑い声が聞こえた。

エピメテウスが驚いたように顔をあげる。


「軍に所属して、機械化兵となると決めた時から、命は捨てたようなもんだったし」

「戦争が終わるまで生きていられる方が奇跡だったっていうか」

「後悔はない」

「謝られる必要はねーよ、俺たちは」


そう、彼らは犠牲者だ。

けれど、生きたくても生きられなかった者はたくさんいた。

そういう兵士たちを、彼らはたくさん見てきた。


「戦争だった、だから、仕方ない」


いつか、誰かが言った言葉を、プロメテウスーーイオはいう。

エピメテウスと目が合うと、少し笑う。

「英雄」と呼ばれていた頃と、少し雰囲気が変わった。

エピメテウスが、遠くで見ていた頃とは、少し、違った。


「2度と、同じ不幸を起こさないように」


共通の、願いだった。


「誓います」


エピメテウスは、そう、力強く言った。

2度と、悲劇は起こさない。

思い思いの方へと去っていく彼ら機械化兵の後ろ姿に、エピメテウスはその決意を硬くする。


「プロメ……イオ、さん」


彼女の名を呼ぶ。

彼女は英雄プロメテウスではない。もう、違うのだ。


「フタツーー02004が昨日亡くなりました」

「……そう」


フタツは新政権に不満があった。それだけを主張して、それ以外を語らなかった。

薬物を使用して金属細胞を活性化させた代償は、すぐに彼を襲った。

数日も経たないうちに彼は、昏睡状態となった。

そして、昨日、1人病院で亡くなった。


「彼は大罪人。本来その死すら教えることはできませんが」

「英雄様が、自ら法律を犯すなんて」

「あなたは、既知のようだったので」


どこに埋葬されるのかまでは言えなかった。

これが、エピメテウスの最大の譲歩だった。

共に英雄と呼ばれた彼女と、彼女のために世界を敵に回した男への。


「ありがとう、エピメテウス」


静かに、イオが笑った。

遠くで名を呼ばれている。

イオ、と。


「行くわ」

「えぇ、また。機会があれば」


他の試作機たちの元へ、イオが向かう。

エピメテウスも踵を返す。

互いに、別々の道を歩く。



男は願った。

彼女の平凡な幸せを。

そのために、男は世界を敵に回した。

彼女を独りにしないために。

自分が隣に立てなくても。

共に生きていけなくても。

彼女が孤独にならないように。

孤独に死んで行かないように。

それだけのために、男は。

裏切り者となろうと、どんな汚名を着せられようとも。

それが、自己満足であろうと。


ーーだからな、ペルディクス。俺はーー


男は言った。


ーーイオに笑って欲しいんだ。

誰かと一緒に、馬鹿みたいに。

くだらない事でーー


たった、それだけの願いのために。

それだけのために、彼は、プロメテウスと呼ばれた英雄を救おうとしたのだ。

誰もが彼女と一緒に死を望む世界で。

彼だけが彼女の生を願った。

「英雄」という鎖に動けない彼女を。

終わりのない戦いから、罰から、彼は救い出そうとした。

救い、出した。


ーー彼こそは。


プロメテウスの英雄

別名ヘラクレス7

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