2番目の
「ーース!プロメテウス!」
声が聞こえる。
必死に呼ぶ名は、誰のものだったろう。
「……ミツ…」
目を開けると、泣きそうな顔をしたミツがいた。
「ごめん、トチった」
「いや、フタツも損傷が激しい」
ゆっくりと首を巡らすと、ゆっくりと落ちていく機体が見えた。
フタツだ。
飛行ができないほどに損傷が激しいのだろう。
けれど、自分は。
「ごめん」
「……ためらったな」
「えぇ」
殺せたのだ。
フタツを行動不能にして、自身に弾丸が当たらないようにすることだってできた。
けれど、自分はそれをしなかった。
できなかった。
たった二文字が、プロメテウスの行動を鈍らせた。
「『英雄』が、笑わせるわね」
そう苦笑すると、激しく咳き込む。
「無理に喋るな。胸を撃たれている」
「臓器に問題はないわ」
心臓も、肺も、損傷はない。
そうなるように撃たれた。
「細胞は」
「ダメね」
活動を抑制されている。
「そうか」
ミツはそれだけ言った。
デウカリオンたちの集まる場所に着地する。
抱えられていたプロメテウスが、ゆっくりと地面に降ろされる。
ほぼ同時に、鈍い音がして、近くにフタツが着地した。
落下、と言った方が近いかもしれない。
プロメテウスに撃たれた肩は腕が取れかけ、着地に使われた足は両方とも外装が剥がれ、ところどころ内部がむき出しになっている。
胴体の損傷も激しい。
けれど、フタツはまだ立っていた。
「っ、フタツ……」
デウカリオンが周囲を囲む。
銃を向ける。
「ここにいないのは……ナナとリクか」
他のデウカリオンは揃っている。
「プロメテウスにやられた奴らはどうした」
4機のうち、最初にやられた2機のことだろう。
「拘束して身柄は預かっている」
「ふうん」
聞いたくせに、フタツは興味なさげに空をあおいだ。
瞬間、遠くで爆発音がする。
「奴らは、戦いの中では死ねなかったな。まぁ、納得の上だろう」
その言葉に、通信より先に事の次第を理解する。
「自爆コード……」
遅れて護送中の2人が自爆したと連絡が入った。
「何をさせた!何を、彼らに吹き込んだ!」
ミツが声を荒げる。
はらわたが、煮えくり返っているのだ。
怒りで。
どうしようもないほどの怒りで。
「戦って死にたい。奴らの願いを叶えたまでだ」
プロメテウスへ向けた言葉と同じ事を言う。
けれどそれだけじゃない。それだけじゃないことを、プロメテウスは知っている。
けれど、声は出せなかった。
急速に細胞が侵食されていく中で、言葉を発することも億劫になってきていたのだ。
「平和を謳う新政権では生きられない。俺たちは、戦うために作られたのだから」
機械化兵とはそういう物だろう?とフタツは投げかける。
誰も、頷きはしない。
だがたしかに、そう言う不安を抱えたことは、あった。
「だが、これで1人になった」
一人で戦争は続けられない。
そう、フタツは言った。
わずかに口角を上げて笑う。
寂しい笑いだった。
無事な方の手を首元にやる。
「やめろ!」
機械化兵なら誰でも知っている。
首の後ろにある自爆コード。
金属細胞を破壊するための、手段の一つ。
ミツが発砲する。
胴に撃ち込まれても、手足に撃ち込まれてもフタツは動きを止めなかった。
自爆コードに手が触れる、その瞬間。
「させるかっ」
そこにいないはずの人物の声がした。
硬い金属の音が響く。
「エピメ…ウス…」
フタツの首に刃を突き立てていたのは、エピメテウスだった。
折れた刀身が地面に落ちた。
血が、ぼたぼたと地面に落ちる。
それは、エピメテウスの血。
エピメテウスの剣は、フタツの自爆コードのある箇所を傷つけていた。
自爆は、これでできない。
「このっ」
フタツが振り向きざま、エピメテウスを蹴りつける。
遠くに蹴り飛ばされたエピメテウスは、しばらく動かなかった。
「とりおさえろ」
ミツの声に、デウカリオンが動く。
厳重に拘束し、護送車が来るのを待つ。
彼は、話さなければならない。
パンドラを殺した理由を。
国を裏切った理由。
そしてそれらの方法を。
だから、生かしておかなければならない。
「フタツ」
プロメテウスがフタツの名を呼んだ。
「フタツ」
しばらくさまよったプロメテウスの瞳に、拘束されたフタツが映る。
護送車だろう。エンジンの音が近づいていた。
「なんだ、プロメテウス」
静かな目で、フタツが答えた。
「……知って、いるの」
プロメテウスが言った。
「知っていたの」
「何をだ」
弱々しい声に、その場の全員が耳をすます。
「寺院で、私、会ったことがある」
ゆっくりと紡がれる言葉に、フタツは目を見開いた。
「祈りの時間だった。物音がして、目を向けたら、そこに」
いたのだと、プロメテウスは言った。
「あなた、寺院で、女の祈りを覗いてた」
一つ、息を吐く。
「私が機械化兵になって、二期の試作機と引き合わされた時、すぐにわかった」
「……へぇ」
「でも、言い出せなくて。あなたは知らないと思っていたから」
知らないならば、知らない方がいいと、思ったのだ。
寺院の仲間は機械化に失敗して多くがスクラップだ。
その責任の一端は、プロメテウスにあった。そう、プロメテウスは考えていた。
だから。
「怖くて」
お前のせいで、と。
彼に言われるのが怖かった。
「知って、いたのね」
お互い、同じ寺院の出などと言うことは、口にしなかった。
だから知らないものと思ってたのに。
「フタツ。お願いがある」
「なんだ」
「こちらへ」
その会話の終わりは唐突だった。
護送車は着くなりフタツを立ち上がらせる。
そのまま護送車に乗り込ませようとする。
「名前を、名前を教えて、フタツ!」
動かない身体のまま、できる限りの声でプロメテウスは叫ぶ。
「知らないの、私。あなたのこと。あなたの名前」
動かない身体を、必死に動かそうとする。
ただの金属の足の、なんと重いことか。
ただの金属の手の、なんと邪魔なことか。
思う通りにならない身体で地面を這う。
少しでも、フタツのそばに行きたかった。
「あなたは、名前を呼んでくれたのにーー」
視界がぼやける。
水の膜が張っている。
それが、涙というものだと、理解する。
「プロメテウス、英雄がそんな情けない顔でどうする」
フタツが笑う。
「私は……、プロメテウスじゃない!英雄じゃない!」
その笑顔に、もっと涙が溢れた。
「私は……私は……ーー」
もう、言葉など出てこなかった。
思いだけが溢れてくる。
言葉の代わりに、涙ばかりが流れていく。
「ーーイオ」
静かに、フタツが呼びかける。
「ごめんな、イオ」
護送車に乗り込んで、彼は言う。
彼女の名を呼んで。
「俺が、1番になりたかったな」
そうすれば。
そうすればーー彼女がこんなにも、苦しむことなどなかったのに。
護送車の扉が閉まる。
もう声は、聞こえない。
「フタツ……ばか」
地面に濃いシミができた。
「予報では、雨、だったな」
誰かが呟いた。
だから、存分に泣いていい。
そう、言われているような気がした。
流石に都合のいい妄想だろうか。
「名前、呼べないじゃない。……ばか」
彼は2番目だった。
いつだって、1番になりたかった。
1番になればきっと、彼女は悲しんだりしなかったから。




