ダイタロス機関
類稀なるその才能は、人を幸福にし、人を不幸にもするものだ。
あぁ、なぜ彼女は怒っているのだろう。
なぜ彼女が怒り、涙を見せているのかが理解できなかった。
「なぜ、あんなことを!」
彼女の言うあんなことを、とはイカロス計画の適応年齢引き下げのことだろう。
バカなことを考えついたものだと、上層部の考えに自分も確かに呆れはしたが……。
「なぜ、怒る」
彼女にはあまり関係のないことだろう、と思うのだ。
上層部が考え、実行した。
そこに彼女は関わっていなかった。
その頃彼女は最前線で戦っていたのだから。
だから、理解ができなかった。
「あなたなら……止められた」
「そうだろうか」
確かにそれなりの発言権をーーイカロス計画については特にーー持つ立場ではあるが。
最近はイカロス計画も自分の手を離れた。
国は少し暴走気味だとは思うが、それだけだ。
それに、正直無謀だろうとは思った適応年齢引き下げも、結果に興味があったのは確かなのだ。
だから、止める必要も感じなかった。
「成功には失敗がつきものだ」
そう言えば、彼女はこちらを睨みつける。
「年端もいかないような子たちを巻き込んでまですることなの」
「国も焦っているのだろう。正直、数年待って彼らを機械化兵にした方が断然効率的ではあっただろうが」
その点では、大変惜しいことをした。
貴重なサンプルとなりえただろうに。
「お前を作り出して数年。お前以上の傑作が未だできない」
人類に火という希望を与えた神プロメテウス。その名をつけられた彼女は、その名に恥じぬ働きをした。
けれど問題は、その次が出てこなかったことだ。
改良を加えた機械の四肢も細胞も、けれど彼女以上にはならなかった。
「お前は異常に細胞との相性がいい個体でな。特異体質というやつだろう。探しているが、他にお目にかかったことはない」
「聞いたわよ」
そう、何度も言った。
「だから、焦るんだよ。私は科学者だ。研究者だ」
「だから、何」
「私が作り出した最高傑作、プロメテウス」
科学者なら、誰もが思うことだろう。
「私は私を超えたいんだ。君を超える個体を作り出したい。それは、他の研究者も同じだ。お前を超えたい」
その願いを、私は否定できない。
だから、今回の適応年齢引き下げも、反対はしなかった。
「……だから、許せないのよ」
彼女の葛藤は、私には理解できないものだ。
放っておけばいい。篝火に群がる虫の類など。
そんな虫にまで責任を感じて、背負おうとするから、そんな表情をするようになるのだ。
「私、行くわ」
「そうか。お茶でも、と思ったんだがな、プロメテウス」
「お茶を入れるそぶり、一瞬もなかったじゃない」
ひとしきり泣いて、叫んで感情をぶつけて満足したのだろうか。
それとも無駄と思ったのか。
彼女は苦笑を浮かべると踵を返す。
「あとね私、その呼び名嫌いなの」
「いい名だと思うが」
プロメテウス。
人類を作り、火を与えた神。不死のもの。
人類はその火によって発展した。
寒さに凍えることも、恐怖で闇夜をこすこともなくなった。
彼女はこの国に火をもたらした存在。
だから、この名を付けたのだが。
「火で武器を作り、人は争いを始めた」
彼女は呟いた。
「それに怒ったゼウスは、プロメテウスを鎖でつなぎ、その内臓を獣に食べさせた……だっけ?」
あんまり神話とかわからないけど、と彼女はいう。
不死のプロメテウスは、ヘラクレスに助けられるまで獣に食われ続ける罰を受けた。
「……お似合いだろう」
人の罪を背負い罰を受けるその姿は、彼女には重なるものがある。
「だから嫌いよ」
類稀なるその才能は、人を幸福にし、人を不幸にもするものだ。
才能を持った本人が、幸福だとは限らない。