幸いと災い
「あなたは帝国の皇女。皇女が立つ以上、この国は以前と変わらない帝国ではないか」
「世間はこの戦争の終結を茶番だという。帝国の一人芝居だと」
「帝国を存続させるために、皇族が権力を持ち続けるために打った芝居だと」
「私は、この地位に立ち続ける気はありません。然るべき手段によって、この国の王は選出されるべきと考えています」
「ならばいまここでの調停は無意味では」
「現時点では、私に全ての権限があることに違いはありません。たとえ王が変わっても、この調停は意味あるものとなるでしょう」
「国が違う、などと言って、敗戦を認めない国の言葉を、誰が信じるというのかね」
「では、なぜこの場に出席されたのですか」
準備期間はほとんどないまま、調停の時はきた。
1対多数。
そんな、戦時を思い出させる構図に変化はなく、話に進展もなかった。
「戦争が終わっても、僕らは負けっぱなしか」
「負けてはない」
そう、負けてはいない。
それを確認するための調停でもあった。
「そうはいってもねぇ」
多勢に無勢じゃないか。
ソファでくつろぎながらシチが言った。
プロメテウスとデウカリオン達は各国の首脳の護衛として付き、この場にいた。
現在は別室で待機である。
「任務中だぞ、シチ」
だらけすぎだ、とミツが軽く頭を叩く。
目線は会議場を映すモニターから外さない。
異変があればすぐに対応しなければならない。
守るものが、同胞達を奪った連合国の人間だとしても、だ。
「この調子で私たちの処遇も話されるのは、嫌ですね」
「予定ではその議題は午後だな」
「しばらく先か」
会議は始まったばかりだ。
「こうしてまた一堂に会す日が来るとは、正直思ってなかった」
イツキが笑う。
イツキも戦場でこの戦争の終わりを知った。
ほとんど状況把握できないまま拘束され、自由になったと思えば今回の任務だった。
「ナナは、知っていたの?パンドラ様達のこと」
「……えぇ、まぁ」
「そう」
ナナの返事に、責める声は上がらなかった。
誰もが終わらせたいと願った戦争だ。
その過程がどうであれ、願いは叶った。
流した血は、皆無とは言わないが少ないと言えただろう。
ナナはナナの思う最善の選択をした。
それだけだ。
軍人としては、それは失格の行為だろうが。
それを責めることはできなかった。
「だいたい機械化兵などという……」
「その議題は午後からです」
「いや、この件にも関わりがある」
モニターの中では、未だ激しい議論が続いていた。
「ならば、あなた方連合の開発した無人機とステルス兵器はなんですか。あれも、国際法違反の技術を使っているではないですか」
パンドラはほとんど一人で他国の首脳と話をしている。
その舌鋒は鋭く、不利な状況の中を見事に立ち回っていた。
「あのステルスとか、無人機とか」
「開発の過程がある段階でごっそり抜け落ちてるんだって。あ、僕に打ち込まれた弾丸についてもね」
そう、口を開いたのはムツとリクだった。
彼らはその人格を損なうことなく、軍に戻ってきていた。
リクは、素早い金属細胞の展開はできないままだが、空を飛ぶ程度であれば可能なまでに細胞も安定化している。
今回はサポートとして護衛に参加するということだった。
「どういうことだ」
ミツが尋ねる。
「うーん……噂だけどね、それまでの研究では到底たどり着けない段階に、急に行き着いた、とか」
「まるで、答えを教えてもらったみたいに」
「答えを、教えてもらう?」
「人類がたどり着くには後50年は必要だった技術、らしいよ」
その技術が、数ヶ月の間にものになった。
「ただ、技術の再現は困難を極めているって噂ね」
ナナも噂の一端を耳にしていたらしい。
「神からのギフトってか」
「私たちにとっては、悪魔ね」
「いや、どうだろう」
シチが口を挟んだ。ソファに横になっていた身体を起こす。
「たしかにそのせいで追い込まれた。でもそのおかげで反論の余地を得ることができている」
今行われている会議でもそうだ。
彼らにも非があると、そう言い切れる確実な証拠になる。
つまり、新国家にとっても、ギフトとなり得るのだ。
「どちらにとってのギフトだろうと」
ずっと黙っていたプロメテウスが口を開いた。
「神は平等に。救いもしなければ、見捨てもしない」
ただ気まぐれに起こした奇跡を、幸いとするか、災いとするか。
火を授かった人は、暖をとり、明るい夜を過ごした。
それは幸いだったろう。
けれどその火は時に住処を奪う業火となる。武器を生み、争いも生まれた。
それは、災いだったろう。
それは、神が選ばせた運命だったろうか。
人が選んだ業だったろうか。




