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イカロス

蝋で作られたイカロスの翼は、太陽に近付こうとすれば壊れてしまう。

翼を失えば人はただ落ちていくだけ。


「私も、なれるかなあ」


知らず、呟いた言葉は、同室のアカネに拾われた。


「まーた言ってるよ、この子は」


呆れを含んだ笑いがアカネの顔に浮かぶ。

仕方がないだろう。

自分でも自覚するほど、気づけば憧れを口にしているのだから。


「まぁ、かっこいいけどさ」


うんうん、とアカネが頷く。

そうでしょう、と話に乗ろうとすれば、ストップ、と口を摘まれた。


「あんたは異常」


一緒にしないで、なんて、連れないことを言われる。


「この間、お一人で相手の一個師団を壊滅させたのですって」

「7日前のことなのに10回くらい聞いた話ね」

「強くて、お綺麗で……あの方の役に立てるなら、私、この命を捧げるわ」

「私たちは国に命を捧げる身でしょ。教官にどやされるわよ」


それは何度も聞いた。教官だけじゃない。

親も、近所の人も、誰も彼もがそういうのだ。

国のために死ね、と。

私たちは国のために生を受け、国のために死んでいく。

それだけの存在だ。

けれど、それだけだった世界に、一つだけ輝くものを見つけてしまったのだ。


「だいたいあんた、会ったことすらないんでしょ」

「お見かけはしたわよ!」


そう、一度だけ見に行った。

束の間のご帰還の時。

軍の先頭に立って歩く姿は、とても凛々しくて、美しかった。

けれど、どこか寂しそうで。

その姿に、不敬ながら、お支えしたいと思ってしまったのだ。

あの兵列に加わりたいと思ってしまったのだ。


「そういえばさ」


急にトーンを変えて、アカネが言った。


「私、志願するの」

「え?」

「機械化兵」

「え……」

「あの方に憧れてるのは、あんただけじゃないんだから」


アカネの口から出た言葉に、目を見開く。

機械化兵。

いわゆるサイボーグ、と呼ばれるものを兵として運用する。

まだ名もつかない国の計画の一つ。

求められるのは、健康な肉体と国への忠誠。


「え、でも……まだ私たち志願できる年齢じゃ…」


機械化兵への志願は、ある程度身体が作られた18歳以降とされていたはずである。

まだ14、5の私たちは、望んだってなれはしないはずなのだ。


「掲示、見てないのね」


アカネがため息をつく。


「年齢が引き下げられたのよ。技術の向上で、私たちの身体にも、機械化の手術ができるようになったの」


募集されてたわよ。

呆れたように笑う彼女に、私は喜色を浮かべて抱きついた。


「やった、やった!」

「あんたは一番に飛びつくと思ってたんだけどな」


気づいていなかったのだ、仕方がない。

気づけなかった己の迂闊さに思うところはあれど、それよりも喜びがはるかに勝る。

これで。

これで私も、あの方に近づける。

機械化兵の先駆け。

この国の英雄。

プロメテウス。


「私も、私もなる!志願する」


興奮で言葉が出てこない。

背中をあやすように叩かれる。


「うん。一緒になろう」


機械化兵になって活躍できるのはほんの一握りだという。

厳しい訓練に耐えて、試験を通過しなければならない。

不安はある。

けれどアカネと一緒なら耐えられる気がした。

これで、私はあの方に一歩近づけるのだ。



街頭に流れるテレビの映像に、人々は足を止めた。


「国は、通称機械化兵計画の名称について、イカロス計画とすることを決定いたしました。この命名は、ギリシャ神話のイカロスを由来とし、翼を作り空へと飛び立った勇気あるイカロスのように、勝利を掴み取るために勇気を持って機械化兵へとなる若者への激励を込めたもの、とされていますーー」



『機密

通達

機械化兵の適応年齢引き下げについて。

適応年齢を引き下げることでより多くの被験体を集め、成功体の増加を図る試みは、18歳以下の成功体0という結果を受け廃止。

従来通り、18歳以上からの募集を行う。

なお、今回の試みで大量に出た廃棄物に関しては、敵国への情報漏洩の危険性も鑑み、速やかに無力化、焼却処分とする。

国民の士気の低下を防ぐため、公式発表は行わないこととする。

親族等には、戦死として報告を行う。』



ーー太陽に焦がれたイカロスは、最期に太陽を恨んだろうか。

それとも偽物の翼を恨んだろうかーー

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