ヘラクレス 2
ーープロメテウスを知っている。
その言葉こそ、この帝国で凡庸な言葉はないだろう。
誰もが、知っている。
プロメテウスという英雄の名。
「……あぁ、そうか」
当然フタツが言わんとするところは別のところにある。
「そう。お前は知っているかもしれないな」
初期の機械化兵計画の中で苦慮したのは、被験体集めだった。
そこで目をつけたのが、国で持て余していた孤児達だ。
長引く戦争の結果不幸な孤児は未だかつてないほどに増えた。
収容する場所も溢れかけていた。
孤児を被験体に。
その意見は驚くほど簡単に承認された。
そして。
「俺とプロメテウスは、寺院の出なんだ」
一つの寺院が試験的に、被験体輩出の実施試験を行うことになった。
孤児を拾い育てていた寺院。
帝国正教とは違う宗教のその寺院では、国の補助もほとんど受けられなかった。
孤児達を育てるのが困難になっていたのだ。
孤児達を育てるために別の孤児を差し出す。
そんな矛盾を、その寺院は承諾した。
「まぁ、あそこは男女別棟。プロメテウスの方は俺を知らないだろうな」
「お前は、なぜ?」
祈りの時間さえも別だと記録にはあった。
年に数度しか、男女が集まることは無い。そういう戒律のある宗教だった。
「俺が戒律を守る真面目に見えるなら、お前は阿呆だな」
「なるほど」
フタツは、ルールを積極的に破るようには見えないが、遵守するようにも見えなかった。
「女の祈りの時間に忍び込んだことがある」
そう言って、フタツはわずかに笑った。
「最後尾にいてな、よく見えたんだ」
それが、一方的な邂逅。
「目を閉じて、祈ってた」
それだけだ。
フタツはそう言うと、少し黙った。
「後に彼女が機械化兵計画に志願したと知った」
「一度、プロメテウスから聞いたな。志願の理由」
「なんて?」
「飯が食える、と」
その時は、見た目と違って食い意地でも張っているのかと思ったが。
「自分がいなくなる分、寺院の連中の口に入る食事が増える」
「自ら口減らしとは、たまげた奉仕精神だな」
呆れるほど。
今と変わらない。
「だからな、ペルディクス。俺は」
その後紡がれた言葉は、ひどく平和的で、平凡な願いだった。
「国家転覆」なんて大それたことを言う人物が吐いた言葉とは思えなかった。
けれどその願いは確かに、国家が崩壊でもしない限りは叶わない願いだろう。
「……フタツ」
しばらくの沈黙を破る。
「気が変わった」
人格が本物か偽物かなど関係はない。
ただ今持つ忠誠心と、この先の興味を天秤にかけてみただけだ。
結果的に興味が上回っただけだ。
「国家転覆、手伝ってやらんでもない」




