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プロメテウスの罪


ただ、救いを待つだけだ。

人も、神も。


「酷い有様だな」


その惨劇に、思わず目を背けた。

背けた先にいたプロメテウスは、血の海をじっと見つめていた。


「ここには死体だけしかない。敵も味方もね」


覇気のない声でプロメテウスが言った。

半分はプロメテウスが行なった事だ。

これから合流する隊で、無茶な作戦が行われると知ったのが、2時間ほど前のことだった。

プロメテウスと自分が急行したものの、すでに味方に生者はいなかった。


「お前のせいじゃない」


そう言って見るものの、きっかけは間違いなく彼女だった。

プロメテウスが来る前にと、功を焦る者。

そんな輩は五万といる。

今回もそんな輩がいて、不幸にも人を動かす権力があった。

それが惨劇となった。ただそれだけのことだ。


「敵も殲滅した。戻るぞ」


着くなり彼女は、敵に単身向かっていった。

生身の人間など、何人集まろうと彼女の敵ではない。

そう。彼女の敵ではなかった。

だから。

屍となった味方が、死ぬ必要など一片たりともなかった。

敵の兵の真ん中で、銃弾と血と、土と煙が舞う中で見えた透明な雫は、誰の流したものだったのだろう。


「大損害だな」


黙ったままのプロメテウスに、話しかける。

沈黙が嫌いだ。

相手が、自分が、生きているのか不安になる。


「今回の件は上にすでに伝わっている。奴も処分されるだろう」

「……そうね」


プロメテウスがようやく言葉を返す。

そっけないものだ。

ふわり、と飛び立つ彼女に続く。

常に前を飛ぶ彼女の表情は見えない。


「私は!私は悪くない!」


隊の駐屯地に着くと、そんな声が聞こえてきた。

隊長の声だ。

今回の大量の犠牲者をだした、無能な隊長殿の声。

降り立った自分たちを見て、周りの兵は安堵と、諦観の表情を見せた。

行きと帰りで増えない数は、つまり、生き残った味方がいないと知らしめることになる。

近くにいた兵に、遺体から回収したタグを預ける。

これが、兵達の墓標となり、家族への形見となるのだ。

受け取った兵が駆けていくのを見届けて、先ほどの声の方へと足を進める。


テントの布をあげる。

そこには、無能な隊長が、画面を前に叫んでいた。


「いたずらに兵を失うことの、どこが『悪くない』行為というのかね」


画面からの声は、ひどく冷たい。


「無能はいらないんだ」


声は続ける。


「第四連隊15小隊隊長、柳。君は二階級の降格並びに東イガン区への転属を命ずる」

「それは……まさか」


隊長、だった男はその場にへたり込んだ。

東イガン区は、すでに放棄された地だ。

プロメテウスや機械兵を投入すらしない、ただ一秒でも長く敵をそこへ留めるための。

そういう場所だ。

そこへ赴けと言うのだ。二階級降格の上でいくとなれば、真っ先に使い潰される歩兵となるだろう。

先ほどの失った兵達のように。


「まぁ、そうだな」


顔も見せずにい、画面の男は言う。


「帝国に帰ってくるときには二階級特進だ」


つまり、プラスマイナスゼロ。

それで罪を帳消しにする、と言うのだ。

死をもって。

相応の報いだとは思わない。

軽いくらいだ。

通達を終えると、回線は切れた。

男の嗚咽がテントに響く。


「泣くな」


地を這うような声が聞こえた。

隣を見る。

プロメテウスの発した声だった。


「お前が、泣くな」


男に詰め寄り、へたり込んだままの男を蹴り上げる。


「プロメテウス!やめろ!」


静止の言葉など、意味を持たない。

頭髪を掴み、引きずる。

地面に叩きつけ、踏みつける。


「な……にを」


男が呻いた。

生きている。手加減はされている。

黙って、プロメテウスは拳を振るう。

返り血が彼女の頬を伝う。


「やめろ、プロメテウス。らしくない」

「らしいさ」


プロメテウスが笑う。


「聖人君子だとでも思ったか?英雄だと?」


目に涙を溜めながら、金属の手を、血で染めながら。


「たった一人の命さえ救えやしない!この私が!」


あぁ、そうだ。英雄だとも。

仲間のために、怒り、悲しむ。

誰よりも英雄だとも。

だからーー


「やめてくれ、プロメテウスーー」


そんな姿は見たくないんだ。

プロメテウスの肩に、力なく手を置いた。

プロメテウスが力なく項垂れる。


「たすけ、られなかった」


そう言ってプロメテウスは拳を握った。

ただ、その手を見ていることしかできなかった。


だた、救いを待つだけだ。

人も、神も。英雄もーー

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