第2話 潜窟内調査
薔薇の団の爆弾製造の事実の有無を調査すべく、朝、是結は情報局へは寄らず、直接ロージアへ、自転車で向かった。
舘から昨日聞いた話に拠れば、薔薇の団の団員の皆は、昼間は仕事をしているか、または学生のため、この時間、ロージア地下は無人と思われるが、念のため、昨日と同じく軽い変装をして……。
(位置的に裏だな……。隣家との隙間から裏へ回れるか……? )
考えながら、是結は、ロージアの入口が見えるところまで来、自転車を漕ぐ足を止めた。
店主・曽根が入口の掃除をしていたためだ。
是結は自転車を降りてその場に停め、そこに留まっていても不自然でないよう黒鞄から地図を取り出し、見ているふりをする。
そうして曽根が店内に入っていなくなるのを待ってから、再び自転車に跨り、ロージアへ。
入口の2メートルほど手前で自転車を降り、押して、ロージアと隣家の間のやっと通れる程度の幅の隙間を入って行く。
建物の裏へ回ってみると、やはり思ったとおり、地面に半分埋もれた地下1階の窓があった。
昨日ロージア内では舘とずっと行動を共にしていた是結だが、帰り際、この窓の戸締りをするよう頼まれるという機に恵まれたため、今日侵入する入口として使えるよう、窓だけ閉めて鍵は掛けずにおいたのだ。
(…鍵、誰かが気づいて掛けたりしてなきゃいいけど……)
自転車を置き、祈るような気持ちで窓に手を掛けて、そっと横に動かしてみる是結。
窓は、ごく細く開いた。
よしよしと頷きつつ、是結は辺りを確認。
周囲に人影は無い。
それを受け、窓を顔の幅ほど開け、今度は建物内を注意深く覗く。
誰もいない。
そこまでしてようやく、是結は音をさせないよう気を遣いながら窓を大きく開き、静かに静かに窓枠をくぐって床に下り立った。
地下1階。昨日はそこそこの人数がいた半地下の議場は、今は冷たく静まりかえっている。
(明らかに大勢の人が出入りする場所だが、爆弾製造が組織ぐるみであれば、この議場でも爆弾についての話し合いはされただろう)
そうであれば、大勢の人が出入りとは言っても身内だけなのだから、それに関する資料などが特に不注意というわけでなく置き忘れられていたり、また、普通にいつでも閲覧できるよう、わざわざ置かれていたりするかも知れない。
そう思い、探す。
先ずは壁の掲示物等を見て回った。
大して数は多くないのだが、昨日は舘がそれらの前をほとんど通らなかったため、昨日仲間に加わったばかりの是結が、そうでなくても中川には疑われているのに、1人でウロウロキョロキョロなど出来るはずもなく、全くと言っていいほど読めなかったのだ。
順に読んでいった結果、特にこれといったものは無かった。
物騒な内容のものも何枚かはあったが、お目当ての爆弾についてではなかった。
続いて、長机の天板の下の棚、演壇に上って演台の上なども見てみるが、特に何も無かった。
地下1階にはただ議場があるだけで他に部屋も何も無いため、是結はそこから更に階段を下り、地下2階へ。
地下1階と同じく静かな、地下2階。地下2階には部屋は3部屋。舘の部屋である団長室と、資料室と納戸。
確率の高い順に見ていこうと、是結は階段から見て一番奥にあたる団長室へと向かう。
団長室の前、これだけ静かならば誰もいないだろうとは思われるが、やはり中の様子に注意を払いつつ、静かに静かに扉を開けた是結。
瞬間、
(っ! )
丁度扉の真正面にあたる床板が、約80センチメートル四方の正方形の形で、扉方向へ、突然、パカッと、手前の床面に対して垂直に持ち上がった。
その上部を、誰かの手が支えている。
この後、十中八九、持ち上がった床板を支えている手の主が、床板の陰から出て来るだろう。
是結は咄嗟に考えた。
開けてしまった扉を手の主に気づかれないよう静かに閉めている時間の余裕は無さそうだ。不自然に閉まる瞬間を見られるよりは、開けたままにしておいたほうが、自分の閉め忘れくらいに思ってくれるかも知れない、と。
是結は急いでその場を離れ、もともと扉の無い資料室の中を入口からザッと目を走らせるだけの確認をし、入口のすぐ内側、仮に手の主が階段へ向かって歩くと考えた時に死角となる位置へ、身を隠した。
是結が資料室入口付近で息を潜めること数分、団長室方向から資料室のほうへ向かって歩く足音。
かなりの確率で手の主のものだろう。
是結は、もしも手の主が資料室に入って来た時のために、次の隠れ場所を、入口のほうを向き入口に対して平行に置かれた書棚の陰等、数ヵ所決めた。
しかし、足音は入口を素通りした。
足音が少し遠くへ行ったことを耳だけで確認してから、そちらを覗くと、
(…中川か……)
副団長・中川の後ろ姿。
階段を上っていく中川の姿が見えなくなるまで見送り、更に、またすぐ戻って来ないか暫く待ってから、是結は資料室を出、団長室へ。
床に片膝をつき、つい先程、中川が出て来た辺りの床面を観察する。
すると、約80センチメートル四方の正方形の形の筋が入っていた。
間違いない。
先程はここが開き、中川が出て来たのだ。
この下はどうなっているのだろう?
人が1人入れる広さがあることは確かだが……。
(もしかして、この下で爆弾を? )
そう思い始めると、そうとしか思えなくなってくる。
その存在する位置が、外部の目を極力避けようという感じで怪しすぎるのだ。
そっと細く開いて覗いてみたい。
だが、開け方が分からない。
正方形の、扉側から見て奥側にあたる辺を手前側に向かって持ち上げればよいことは分かるが、取っ手のようなものは見当たらず、正方形部分と周りの床面との隙間は手の指の爪も入らないほどしか無い。
これでは、どうやって開けてよいのか分からない。
是結は諦め、また中川が戻って来たり、正方形の下から新たに誰かが出て来ることも考えられるため、充分に注意を払いつつ、棚や机など、団長室内を普通に調べ始めた。
* * *
団長室を調べ、続いて資料室。
団長室、資料室ともに、地下1階の議場とは比べものにならないほど、爆弾について書かれている可能性のある紙類が多く、地下2階最後の納戸まで一通り調べ終えた時には、既に日が傾き始めていた。
(…そろそろ、来る人もいるかもな……)
そう思い、昨日入団したばかりの自分が当たり前の顔をして1人でさっさと中に入っているのは不自然だと考え、また、喫茶店内を通って来ていないことか万が一知れれば怪しまれるため、是結は地下1階の窓から、一旦外へ出る。
自転車を後ろ向きに引っぱり隣家との間を通って表に出ようとしたところへ、
「是結君! 」
背後から声が掛かった。
ギクッとし、振り返ると舘がニッコリ笑顔で立っていた。
「自転車か。随分高価な物を使っているんだな」
「あ、はい。記者は機動力が命ということで、会社が貸してくれているんです」
「そうか」
是結の嘘に、舘は人を疑うことを知らない笑顔で応える。
「もう少し奥に停めたほうがいいな。盗まれるぞ」
停めようとしていたところだと思い込んだらしい。
* * *
「じゃあ、是結君。また明日」
「はい、お疲れ様です。また明日」
夜8時過ぎ、今日も公園前で舘と別れ、その後ろ姿を見送ってから、是結は、昨日と同じく公園内に入り、外灯下の長椅子の上で黒鞄を開き、
「零零七号です」
通信を始めた。
もともと是結は、任務中にまめに連絡を取るほうではない。
下手をすると、任務開始以降、完了まで連絡をしないことがある。
しかし、通信機など寄越すということは連絡を密にしろと言われていると判断し、ともすれば忘れそうであると思えたため、毎日この時間に連絡することに決めたのだ。
「ご苦労」
加賀の声を待ってから、是結は続ける。
「昼間の人のいない間に潜窟内を調べました。爆弾製造の有無に繋がるものは何も見つかりませんでした。ただ……」
「ただ? 」
「はい。普通に行き来できる場所以外で、人の出入り可能な大きさの場所を発見しました。開けることも出来ず、詳細は全くの不明ですが」
「そうか、気になるな。引き続き調査を頼む」