初めての帰り道
「実はね、山内くん。突然で悪いけど、私の彼氏になってくれませんか?」
今、なんて?
彼氏になってくれって言わなかったか?それって、告白、ってことだよな…?
俺は混乱した。ほぼ諦めていたのに、あっちから告白してくるというのは本当に予想外だった。
「あ、あの、山内くん…?何も返事がないとさすがに恥ずかしいんだけど…?」
俺が状況をすぐに理解することができず、何も言わずにいたので深沢が声をかけてきた。
「あっ、す、すまん。えーと…こちらこそよろしくお願いします。」
こうして、俺と深沢はめでたく付き合うことになった。
その後、俺たちはとりあえず部室に戻った。
「実は私たち、付き合うことになりました。」
部室に戻るとすぐに深沢が報告をした。そういうことを知られるのは恥ずかしいので適当にごまかそうと俺は思っていたのだが、深沢は隠す気はないみたいだ。
「望くん、本当なの?」
浅井がいつになく真剣な顔で尋ねてくる。同じ部員が自分が嫌いな人と付き合うからそんな真剣な顔なのだろか。俺には浅井の気持ちがわからなかった。
「あ、ああ、本当だ。」
「…そっか。」
浅井はそう答えると、椅子を回転させて俺たちとは反対側の方向に向いてしまった。一瞬浅井が俺のことを哀れむような目で見た気がしたけど…気のせいか?
「深沢さんはこんなクズのどこが好きなの?」
今度は大竹が俺ではなく深沢に質問をする。というか、大竹はいつになったら俺のことをクズと呼ぶのをやめてくれるのだろうか…。
「優しいところとか好きだよ。」
「深沢…!」
ありがちな答えなのはわかっているが、それでもやはり彼女からそう言われると嬉しいものだ。俺は感動で心が震えた。
「…喜美がなんで深沢さんのことが嫌いなのかわかった気がする。」
「ん?大竹、何か言ったか?」
「何も言ってない。」
「そうか…。」
俺の空耳か?まあ、本人が何も言ってないって言ってるわけだから、そうなのだろう。
「山内くん、せっかくだから今から一緒に帰りましょう。」
「あっ、でも部活が…」
「望くんのが終わった時点で今日の部活は終わりだよ。さっさとその女と帰りな。」
「お、おう、わかった…。」
俺は部室に置いてあった荷物をまとめて、深沢と一緒に部室から出た。
浅井が見せたあの真剣な顔とさっきの声がいつもの声と違う調子であることに一抹の不安を感じながら。
お互いに自転車で通学をしているが、今はどちらも自転車を押しながら帰り道を歩いていた。俺がゆっくり帰りながら色々話をしないかと提案したら、深沢も賛同してくれた結果だ。他愛もない話をしばらくした後、今度は深沢がある提案をしてきた。
「ねえ、今日だけでなく、明日からできるだけ毎日一緒に帰らない?」
「悪いけど、それはきついかも…」
「えっ、なんで?…あっ、もしかして、もう私には飽きちゃった?」
「いやいや!?そんな理由なわけないだろ!?というか、俺が女遊びしてるみたいな言い方なのはなんで!?」
「ふふっ、冗談に決まってるじゃない。それで、本当の理由は?」
「えーと、実は週3、4回は放課後に今日みたいな勉強会をしてるんだ。」
その3、4回のうちの1回は文芸部全員でする勉強会で毎週火曜日にやっている。それ以外は俺と浅井と大竹の3人で自主的に勉強会を開いているだけだ。しかし、もう3人でやっているのが恒例なのでこちらの都合で出ないわけにもいかない。…あの2人から、別にいらない、と言われる気がしたがきっと気のせいだろう。実際に言われたら泣いちゃうよ!?
「そう。私は何か部活に入ってるわけではないし、確かに合わせるのは難しいわね。今のままでは。」
「今のままではってどういう…?」
「ふふっ、簡単なことじゃない。私も文芸部に入れば万事解決です。」
「えっ!?でも、文芸部って物語書いたり、俳句詠んだりするんだよ…?」
「あら、私が本をたくさん読むことは山内くんも知ってるでしょ?」
「そ、そうだけど…」
「それに、前々から物語を自分で書いてみたいと思ってたの。ちょうど良い機会だわ。」
「浅井もいるんだぞ…?」
むしろ一番心配なのはそこだ。
「軽くつぶ…あしらえばいいだけよ。」
「今潰すって言おうとしなかった!?」
やはり一番心配なのはそこだった。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。それとも、私と帰るのはそんなに嫌?」
「それは絶対ないけど…!」
「それでは、早速明日から文芸部に入るわ。」
その時の俺は、彼女とこれから毎日一緒に帰れる嬉しさよりも、明日から始まる深沢と浅井の戦争に対しての憂鬱な気持ちの方が上回っていた。