ルヴィストスルート 契約者
―――そういえば、ルヴィストスは私に忠告してくれたわね。
なぜ、人間の彼が敵である魔族に塩水[直接的な忠告ではないため本人には届かなかった。水で薄めた。の意]
を送るような真似をしたのかしら。
「……ねえ」
「なんですか……」
「どうしてあの晩、作戦の事を話したの?」
ルヴィストスだって人間、魔族を根絶やしにしたい筈なのに。
私が意味に気がついていれば、作戦が中止になる可能性もあったのだ。
彼がそれを話をしても、損害はあれどなんの利益もない。
「……嫌ですから」
「なにが」
「貴女との婚約が」
彼ははっきり“私との結婚が嫌”と言った。
「……そう、婚約ならお父様を助けたらスッパリ無かったことにしてあげるから」
私だってこういう理由がなければ、人間と婚約なんてお断り。
ある意味、お互い様だ。
「……ルヴィストスとヴサ大臣、全然似てないわね」
彼があの脂肪の固まりの息子とは思えない。
「血縁者ではありませんから」
「……そう」
知らなかったっはいえ、まずいことに触れてしまった。
こいつが人間であることはさておき、自分も養い父がいる境遇としてだ。
「大臣の姿が見えないけれど……」
奴の姿を見たのはあの晩いきなり現れて“息子と婚約”の話を持ちかけられて以来だ。
ブヨブヨマスコットでも大臣、仕事が忙しいのだろう。
ルヴィストスと会話が持たない。
いや、逆になぜ彼と会話する必要があるのだ。
昨日までの私なら、自分から人間に話しかけることなどなかった。
だが、人王は素直に私を容認している筈はない。
となれば、監視もいるだろう。
それを潜り抜けるには、人間であるルヴィストスに好意的に振る舞った方が良いのかもしれない。
「……手でもつなぐ?」
「は?」
瞬きを除いて、ほぼ無表情だったルヴィストスが、少し目と眉を動かした。
そんなに驚くことだろうか。
「冗談よ」
よく考えてみると、これまで魔城でルヴィストスに声をかけられても完全に無視していた。
それがいきなり歩み寄ってきたら、驚くにきまってるわ。
……種族以前に、好かれているわけがなかった。
―――別に、ルヴィストスに好かれるつもりもない。
ただ、人間を魔族のため利用するには、嫌われるよりも良いだけだ。
彼は魔族と人間の領域を行き来する外交官。
今更なにを取り繕っても、魔族のことはすでに知っているだろう。
まず交渉では勝てる気はしない。
力も暗殺者グラッチには到底勝てない。
ルヴィストスを利用するのは諦めることにした。
ただでさえ城を落とされピンチなのに、更なる難攻不落の城に挑むなど得策ではない。
一旦城内の様子を調べてみよう。
ベルマ・リエスは人望と野心があるのだろうから。
一夜で魔城を落とすほどの武力と知略を持っただけのカリスマがあるに違いない。
「はぁ…王様こええなあ……」
軽い装備の一般兵士がたむろしている。聞き耳を立てよう。
「こえーのは陛下じゃなくてバックボーンだがな~」
バックボーンとはなんだろう。
声色を変えて聞いてみよう。
「バックボーンッテナンダー?」
「お前しらねーの? 王様には大天使サマの加護がついてるんだぜ」
「お前誰と話してんの?」
「え?」
――――――――――
大天使……なるほど、魔族が逃げた理由がわかった。
おそらく昨晩のパーティーで、魔族達が逃げ出したのは人間兵のせいでなく、大天使が現れたからなのだろう。
―――――
――――私は今
「美男美女でとってもお似合いですわ~」
―――――盛大なパーティーを開かれている。
正確には婚約を祝してらしい。
だが、私の心情は複雑だ。
これから滅ぼす予定の人間たちに、こんなにも、たとえ取り繕いであっても、祝福されているのだから。
それに婚約も、あくまでカムフラージュ。
婚礼の類いをするのは好きな相手がよかった。
とは思ったものの、難儀なことに私は人族も魔族もいやなので、実質誰も好きになれないのだ。
ルヴィストスは人間、やはり好きではない。
これもクラリオン達が見つかるまでの辛抱。
クラリオンのためなんらかの布石を作らないと、ここにいる意味がない。
「……もう少し近づいてください。でないと不仲を勘繰られます」
ルヴィストスが小声で話しかけてきた。
私は嫌々ながらギリギリの距離を保ちながら近づく。
ルヴィストスが距離をさらに縮めて腕を組んだ。
「ホホホ仲がよろしいのね」
―――心が折れそう。人間と密着していることに、モヤモヤしてきた。
ルヴィストスの心臓の音がきこえる。
いつも無表情だから魔城で見かけたときは人間によく似せた人形のように思っていた。
だが彼は私とは違う。本物の人間なのだ。
しばらくしてパーティーが終わり、私は部屋の寝台に倒れ込んだ。
これといって中身がないパーティーだったので、ほとんど何も記憶にない。
意思ある二足歩行の者は、なぜパーティーが好きなのだろう。
そんなことをただひたすら考えてしまった。
私だけで人王城〈じんおうじょう〉を落とす、またはベルマを討ち取る。
それはやはり不可能だ。
皆を探さないといけない。
悩んでいてもしかたがないし、人間を倒すことを考えよう。
王だけ倒すのか、それとも城の皆を全て倒すか。
悪いのは命令したベルマ王。
部下はそれにしたがっただけだ。
人間がその彼の邪魔をするなら許してはいけない。
それを決めるのは魔王である彼次第―――そうなったらルヴィストスも時が来れば、殺す必要があるのだろうか。
―――私は何を戸惑っているんだろう。
魔王に恩があり、そのために生きているようなものなのに。
私はどうしてこんなにルヴィストスのことを考えているの。
もう寝てしまおう。これはパーティーで彼に近づいたせい、ただの気の迷い。
明日には忘れているはず。
私は一人、自室で朝食を食べていた。
「……」
「誰?」
ドアがノックされたので確認する。
「俺です」
いや、俺と言われても、扉越しでは誰なのかわからない。
声からしてルヴィストスだろうが、似ている別人だったら困る。
それにしても、彼は自分を俺と言うなんて、少し意外だった。
「ルヴィストス?」
確認しながらそっと開けようとする。
「はい……わからなかったんですか?」
ルヴィストスは私がわかっていてしらばっくれて戸を閉めたままにすると思ったようだ。
「そんな陰湿な嫌がらせしないわ」
失礼しちゃう。
「不死と名高い魔族でも食事をするんですね」
ベッドの近くのテーブルの上においてある食事を見て言った。
「基本的に魔族には食事は必要ないらしいわ……食べるのは私が混血だからよ」
肉の最後の一口を食べて、メイドに下げさせた。
「一応ここは人間、敵の城です。毒を盛られていないか、疑ったりはしないんですか?」
「そんなことを気にしていたら餓死するわ」
それに毒が盛られていたら、なんとなくその場の雰囲気でわかるものだ。
「……それもそうですね」
「貴方は結局なにしに来たの?」
「いえ特になにも、用はありません。外交の仕事もなくなりましたし」
「ああ……」
そういえば、ルヴィストスは魔城と人城の外交官だった。
皮肉な話、魔城が人間に占拠されたからやることが無くなったらしい。
「だからといって暇潰しに来られてもね」
不快……の筈だが、暇よりはマシだと思ってしまう自分がいる。
朝方、といっても普通に人間が起きる時間、私は部屋を出た。
なんでもヴサが、私に話があるらしい。
久方ぶりに部屋の外の通路に出たが、この凝視される感覚は慣れない。
紅い髪をめずらしがる好機の視線は、魔城で経験したことがない。
私は魔王の娘になった日から、周りの魔族に普通として扱われたことはないけれど、それでもまだそちらがマシであったと痛感した。
緩くウェーブがかった髪金髪の気の強そうなソバカス令嬢と、ふくよかな茶髪の令嬢がこちらへずかずかと歩いてきた。
「貴女がルヴィストス様の婚約者ですの?」
鋭いと、本人は思っているであろう目つきで私を威嚇する。
「ええ、そうよ。それがどうかなさって?」
「おまちなさいませ、わたくし達の話はまだ終わっておりませんことよ」
「わたくしは伯爵家の次女ですわ」
「わたくしは子爵家の三女ですの」
「そう、自己紹介どうもありがとう。私は大臣に呼ばれているから、失礼」
「……!」
――――
まだあかるいが窓から月のような白いかげが見える。
そういえば今夜は満月の日だ。
満月の晩は魔物が暴れやすいらしい。
まあ人里に魔物がおりたなど聞いたことはないが。
色々と考えながらヴサのいる執務室に行くと、知らないパープルピンク髪の青年がいた。
「あの……ここは大臣の執務をする部屋じゃあ……」
「おやっ…おややっ?
すみません。自分は新人りなもので、入る部屋を間違えました!」
青年が忙しなく部屋を去った。
「失礼します」
「あら、ルヴィストス」
「貴女はここでなにを?」
「ヴサに呼ばれて来てみれば知らない新入りがいて、丁度今去ったところよ」
「は?」
「とにかく、ヴサが私を呼んだの」
「ああ……。父はいつもああなんですよ。たぶん今日は来ませんね」
ルヴィストスはしかたないといった顔だ。
「……なら部屋に戻るわ」
私は部屋を出ようと、ドアノブに手をかける。
「待ってください」
「なに?」
ルヴィストスが何かを話したがっているようだ。
私はルヴィストスと話すことはないが、どうしよう。
私はルヴィストスと話を聞くことにした。聞いていれば何か有益な情報を聞けると思ったからだ。
「貴女には話しておきます。この国<ベルベティオ>が魔国<クラウンリオン>に攻撃を仕掛けた理由を……」
大臣の息子という立場なら知っているのもおかしくないが、それを敵の私に話すなんて期待以上だ。
「この国の王には大天使ネフィリビウムの加護があると、聞いたことはありませんか?」
「天使の加護がある……どこかで聞いた気がするわね」
―――たしか城の兵士が言っていた。
「あれはおそらく本当です。陛下の生誕祭で大天使とおぼしき神秘的な何かの姿を見ましたから」
「……もしかして、ベルマ王が攻撃を始めたのは」
「お察しの通り、大天使の指示です」
天使でさえ手を焼くというのに――――大天使が相手とは、到底敵う相手ではない。
倒ことがきないまでも、なにか現状を打破する方法はないものだろうか。
それと大天使はなぜ、今になって魔族を狙ったのだ。
大天使なら滅ぼすことはいつでもできたはず。
――――おそらく主神<しゅしん>にでも命じられたのだろう。と納得できる理由を考えた。
「貴女は魔族を救いたいようですね」
「……ええ」
「それは、魔王のためですか?」
「―――わからない」
ルヴィストスの問いにはっきりとは答えられない。魔王のためというよりこれは私の役目だと思う。
「いい案があります」
ルヴィストスが真剣な表情で言った。