シャルドネ ルート 契約の全
「私は婚約なんてしないわ」
羽を広げ、窓から城を出た。
たとえ城をあけ渡しても、ここを切り抜けて後から取り返せばいい。
それからクラリオン、ダフォトス、ディオを探す。
きっと彼等は生きているはず。
私一人でそれをすべてできるか、きっと無理だ。
やはり私は無力だ。こんなときはクラリオンに頼るか、逃げることしか出来ない。
「いた!」
何も考えず飛んでいたら、何かにぶつかった。
危うく落下するところを踏みとどまる。
「……フロライナ嬢!」
「シャルドネ!?」
なぜここにいるんだろう。
「城でなにがあったの?」
私が見ていないとき、なにが起きていたか、彼ならわかるはずだ。
「……突然剥き出しの武器をもった男達が城に乗り込み、魔王様が男に捕らえられました
僕を含め他の魔族達は脅され逃げました」
「……人間?」
「ええ、恐らくはそうかと」
なにか変だ。人間相手に魔族が怯えるなど、普通はあり得ない。
「側近のディオは知らない?」
「もうしわけありません。その方については存じ上げないです……」
「……そう。情報を提供してくれて助かったわ」
「大臣の息子との婚約を拒否して、貴女はこれからどうなさるんですか?」
「そうね……私はこれから、たとえ一人でもお父様を助けるわ」
「……でしたら僕にも手伝わせてください」
「なんで?」
客とはいえ堕天使は人間と魔族の争いには無関係の筈だ。
ありがたいことだがこんな不利な状況で協力を申し出るなんて、どうしてだろう。
「僕は魔王様には恩があります
協力をさせてもらえませんか?」
「……そうなの、ならわかったわ。こちらこそ協力を頼みたいくらいよ」
仲間がいないよりいるほうがいい。
こうして私はシャルドネと共にクラリオンを探すことになった。
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「どこを探せば良いかしら」
大臣ヴサの話によると、クラリオンはヴサと協力して人王を貶めたい。
それが本当なら、人王を欺くためクラリオンは死んだテイで、身を隠した。
ということになる。
「人王ベルマ・リエスの城では?」
「大臣の話が本当ならそんなわけがないわ」
クラリオンが生きていることはベルマには秘密。
ヴサが王を欺くというなら人国の城にクラリオンがいるわけがないのだ。
まあ、奴の話を信用したわけではないが、生きているという点だけは信じないわけにはいかない。
そして味方かはともかく、ヴサが王を陥落させたいのは、本心だと思う。
ヴサがベルマの配下なら、私をルヴィストスと結婚させ、救う必要はない。
魔王クラリオンと共に捨て置き、城を攻めるだけだ。
つまりはヴサが私に嘘をつく必要はない。
ここまで考えてようやく腑に落ちた。
「大臣の話では……」
私はヴサとクラリオンが共謀し、人王ベルマを陥落するつもり。ということシャルドネにはなした。
「そんなことを……」
「もしそうなら逆に良いことよ。気にすることないわシャルドネ」
ルヴィストスとの婚約の件はともかく、敵国の大臣であるヴサが魔王クラリオンの味方だと考えれば、損はまったくないではないか。
「……そういえば、シャルドネはどうして堕天使になったの?」
シャルドネはいかにも天使らしい雰囲気と、振舞いをしている。
そんな彼がどんな行いから身を堕としたか、とても知りたくなった。
「……自ら神の怒りを買ったわけではないのですが、恐らくは何かが気に触ったのでしょう」
当者にも答えられないらしい。
「そう」
―――クラリオンの居場所をどうやって探そう。
「そこらの魔族がお父様の場所を知っていたら、人間にも知られてしまうわよね」
死んだはずの魔王が隠れているなんてことがバレたらベルマを貶める計画とやらも上手くはいかないだろう。
かといって、王がベルマからヴサに変わっても、あまり意味がなさそうだ。
クラリオンの協力で、ヴサが王になり、そうして同盟を続行なんて上手くいくわけない。
互いにその場かぎりの契約だろう。
もしそうなれば、大臣は保身に走る。
クラリオンとの計画など無かったように。
そうすると振り出しに戻るだけだが、城を攻める過激派のベルマを退き、一時的な安息を得るには、ヴサを王にするしかないか。
いや、ヴサは王になるとは言っていない。
王の陥落とは言っていたが、自分が王になるなんて、発言はなかった。
まあ言わなかっただけかもしれない。
「……考えれば余計にわからなくなったわ」
「では人国の城は最終手段ということで」
「シャルドネはそんなに人国に行きたいの?」
「いいえ、可能性を考えただけです」
「可能性ね……」
「僕は……大臣は王座を狙っている。いかにも野心があり、信憑性のある言葉で貴女を騙し、息子と婚約させようとしたと考えたのです」
「なぜ?」
たしかにルヴィストスとの婚約に意味はないはず。
ヴサが自分の子に魔族の女と婚約させる利益もない。
クラリオンとの契約とも考えられるが、私が断る可能性が高いことを、クラリオンが推察しないわけがない。
行方知れずの魔王を探すだけなのだ。
なにも人王を倒すわけじゃない。
だが、そう簡単にはいかないようだ。
「こうなったら手当たり次第探すわ」
考えて悩んで探せないなら
なにも考えずに行動するしかない。
まずは探さないと始まらないのだ。
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私は空腹だ。人間が行動する朝は休むため、宿をとることにした。
食事をすませている間から、シャルドネの姿が見えないが、たぶん部屋にいるはずだ。
とりあえず私は夜が明けるまで、町を徘徊していよう。
魔族が夜に出歩くのは普通だし、何も問題は起きないはずだ。
「魔族とはいえ、夜道の一人歩きは関心しませんね」
シャルドネは眉を下げた。
……なんというか、元は普通の天使だったから、それが抜けないのだろう。
「ここは魔族側というより、人間の領域に近くなっていますから……」
「そう」
彼の口ぶりでは人間は魔族よりも危険、とでもいっているように思う。
普通に考えて人間は魔族より弱いのだから、そんなわけがない。
「今は魔王という後ろ楯がないんですから」
「そうね」
守られていたことに、いなくなってから気がつくなんて。
「安心してください。僕が守りますから」
「……ええ」
まずはディオやダフォトスを探して、捜索者を増やしたほうがいい。
シャルドネと共に、上空から森の中を観る。
二人によく似た形がある。近づいてみよう。
「フロライナ様……」
「無事だったか」
ディオ、ダフォトスだった。見つかってよかったと、私は安堵した。
「なぜ堕天使といるんだ?」
私がシャルドネと共にいることを、ダフォトスは訝しむ。
「昨夜偶然居合わせたの。協力してくれるそうよ」
「そうですか、まあ居ないよりはいいと思われますが」
ディオは反対も賛成もしていない。
問題はダフォトスが人見知りからシャルドネを突っぱねないかだ。
「まあ、眠りの邪魔をしないならいいよ。」
「ええ、どうぞお眠りください」
―――シャルドネに悪気はないのだろうが。
ダフォトスは好きなだけ眠れようになったからか、案外満更でもないらしい。
「お兄様は宿屋において、三人で探しましょ」
「そうですね」
――――――
「洞窟?」
「以前魔王様が、何かあればどこかの洞窟へ隠れると、仰られていました」
ディオがカンティラボタルを灯しながら歩く。
「足元に気を付けてください」
シャルドネが私の手をとり、足場の悪い洞窟を進む。
狭くて飛ぶのも微妙な高さなので、歩きにくいのはしかたない。
「あら?」
暫く歩き、カタリとした音で気がつくと、ディオの姿がなく、灯りだけが地にころがっていた。
「彼の姿が見えませんね……どうしたんでしょう?」
「……お逃げください」
「ディオ!?」
彼が変な触手に絡めとられていた。
「……はっ」
シャルドネが腰からブレィドを抜き、それをズタズタに切り裂く。ディオは着地した。
〔イタイイタイ~〕
触手が暴れる。声がした。
「え?」
〔女の子にナンってことすんのよ~!〕
「すみません。お嬢さんとは知らず」
「そもそもあなたがディオを捕まえたりしなければこうならなかったわ」
〔洞窟には滅多にオムコ候補こないし~〕
「はあ……」
〔あ、二人もはべらせてんなら1人頂戴。さっきの彼がダメだったならそっちの白いヤツでもいいよ〕
自分を殺しかけた男でいいの?
「今は人探し中だからどっちもだめよ。
……こんどお兄様連れてくるからそれで我慢して?」
〔えーわかったあ〕
物わかりの良い触手で助かったわ。
「あ、魔王クラウリオン=クラウンについてしらない?」
彼が生きていることが知られていたら大変だ。
念のため確認してみる。
〔え魔王?死んだんでしょ?〕
やはり公には死んだということになっているようだ。
「それならいいの」
ここに彼はいないようなので、洞窟を後にする。
「……ダフォトス様を連れてくる約束、どうなさいますか?」
「約束は守るわ。かわいそうだし」
―――――私達は捜索をしてから、宿に戻った。
シャルドネやディオは嗜好外で食事をする必要がない。
しかし、私は空腹を感じる。
不便だが割り切るしかない。
わかっているが、時間を無駄にしてしまうのが辛い。
なるべく食事に時間をかけないようパンなど持ち運べるものを買っておこう。
「お花はいりませんか~」
通りがかりに花屋の店主に呼び止められた。
悠長に花を見たり買っている暇はない。
先を急ごうとしていると――――シャルドネがじっと花を観察している。
「買いたいものでもあるの?」
「はい。天界には色の付いた花はなかったので、珍しいと思いました」
その言い方だと、一応は花はあるようだ。
白い花ばかりが辺りをしめている風景が想像できる。
「じゃあ少しだけ見ていきましょう」
「おや、珍しい」
ディオが驚いている。そんなに驚く必要があるだろうか?
「ありがとうございます」
シャルドネは嬉しそうにはにかむと、店内へ入る。私とディオも一応入ってみた。
花だけでなく、奥では紅茶や軽食の店があった。
私はそこでパンを薄く切って、砂糖やバターを塗り炙って固くなったものを見つける。
香ばしく食欲を誘うガーリックや、甘いホワイトシュガー、チョコレイトなど、どれも美味しそう。
袋に入っているし、乾燥していて保存に向いている。
元が主食のパンで少ない量でも空腹をまぎらわせそう。購入することにした。
シャルドネは花を買ったようで、真っ赤な一輪手に持って出てきた。
「白い花じゃないのね」
てっきり、スターリリィを買うと想像していた。
「ルージュレットフラワーというそうです」
シャルドネは花を私に差し出した。
「どうぞ、元々あげるつもりでいたので……僕が持っていても似合いませんから」
「ありがとう……もらっておくわ。たしかに貴方に赤は似合わないもの」
「―――――!」
シャルドネの様子がおかしい。
そして、私もディオも、何かの気配に気がつき、警戒。辺りを見渡し、対象を探る。
“それ”は隠れることなどなく、己の存在を主張する。
「――――まだ存在していたか……」
白き翼を六つ持つ者が空間から弾き出されるかのように光を纏い、姿を表した。
あれはただの天使ではない―――――
「……大天使様!?」
シャルドネがとても驚いている。
「――――大天使?」
ただの天使ならともかく、高位の存在がなぜここにいるのだろう。
「……そう、我が名は大天使ネフィリビウムだ」
偉い立場にいるだけに、ただ名乗るだけで威圧感がある。
「――大天使様が何のご用?」
魔族として天使は好かないため悪態をついてやりたいが、精一杯の抑制だ。
「ふ……用も何も、自由で気楽・気儘で悠々自適の魔族とは違い、天使はとても退屈である故、退屈凌ぎに過ぎぬが。」
「それ、具体的にはどういう意味よ」
「我はもっとこの茶番劇の質を向上させにきたまで……」
ネフィリビウムは嘲るように鼻を鳴らす。
茶番劇ですって――――――?
「私たちが行動していることが、大天使サマから観て、茶番に等しいとでもいいたいのかしら?」
―――――――さすがに頭に来た。
「深い意味などない。たんにそのままだ。
汝等はただ筋書〈シナリオ〉通りにワルツを踊っているだけにすぎない」
一体誰のシナリオだと言うの。私たちの行動が既に誰かの掌の上だなんて―――――
ネフィリビウムが手紙の半切れのようなものを見せる。
「……それは?」
「人とも魔とも結び付く半魔の娘、これが気になるか?」
「興味ないわ。あなたに教えて貰わなくても、自分で確かめる」
私が拒否すると、ネフィリビウムがつまらなそうに持っていた紙切れを己から発した炎で燃やした。
天使は炎や光から生まれるときくが、あながち間違ってはいないようだ。
「シャルネドエル……」
「なんですか?」
シャルドネは堕天使。バツが悪そうに返答する。
「天使に戻りたいか?」
ネフィリビウムは慈悲深い微笑みを浮かべる。
「……」
シャルドネは答えない。おそらく迷っているのだろう。
なぜ堕天使となったかはさだかではないが、きっと自発的に悪行をしたわけではないと思う。
けれど、堕天使となった彼は魔族と関わって来た。
それらを切り捨てて、はじめに戻るのはつらいだろう。
「お前も好きで堕天使となったわけじゃないだろう?」
先ほどとはうってかわって、天使らしい柔らかな声で語るネフィリビウム。
「……そうです」
「なら、天使に戻れるように、私から神に進言しよう」
―――シャルドネが揺れている。
「本当ですか?」
「この大天使を疑うか?」
「いえ」
「ただし、条件がある」
「……条件ですか?」
「その娘を消すのだ」
ネフィリビウムは私を指差す。
「そんなこと、できません」
「優しいお前ならそういうと、予想していた。だが、お前が天使に戻るには、なんらかの手土産が必要なのだ」
大天使の笑顔は、悪魔よりもなんて残酷。
「さあ、選択のときだ。お前は天使に戻りたいだろう?」
「僕は……」
―――シャルドネを天使に戻す条件が私の命のようだ。
ならば命を差し出すか、シャルドネと戦うか――――――
相手は強い力を持つ大天使。私が拒否しようと、きっと敵わない相手だろう。
「……シャルドネ。天使に戻りたいなら、私を殺してもいいわ」
あいつに屈するのはくやしいがここで大天使に逆らって全滅するのだけは避けたい。
私が犠牲になれば、助かる可能性がなきにしもあらずだ。
だったらそれに掛けるしかない。
クラウリオンのことは、ディオやダフォトスに託そう。
私がいてもいなくても捜索状況は大して変わらない。
――けれど、シャルドネのことは私にしかできないことだ。
「すみません」
シャルドネは、ブレードを鞘におさめた。
「……なぜだ?」
大天使は面白くなさそうに、顔を歪める。
「……天界に戻るには彼女を殺さなければならないんでしたよね。
それなら僕は帰れなくてもかまわない。僕は罪のない人を殺めるほど、穢<おちぶ>れてはいない―――」
「堕天使となったせいか……以前のつまらなかったお前とは違うようだな」
大天使は含みのある微笑を浮かべると、リボンで巻いて、閉じられた紙を取り出し、それを私に投げる。
「……どういうつもり?」
これはいったい。―――もしかしたらさっき炙られた紙と何らかの関係があるのだろうか。
「フ……それはいつかお前が真実を知るための鍵となろう。混血の娘、お前達の探している男が、人王城で待っているぞ」
大天使は彼の居場所を教えると姿を消した。
なにかの罠だろうか、だが以前シャルドネも言っていたし、探す価値はあるだろう。