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はやりやまい

作者: DRtanuki

 流行にはなるべく乗っておきたい俺ではあるが、さすがにこの流行には誰も乗りたくないだろう。大体一月~二月くらいから流行り、高熱や関節痛、時には人を死に至らしめる流行り病、インフルエンザにかかってしまった。現在、三十九度の高熱を発しながら万年床の布団で唸っている。自分の体調不良を察知してからすぐに病院に行って薬を飲んだので、これでも熱が下がった方なのだ。先ほどまでは四十一度まで上がっていて幻覚やめまいがしてまともに歩けないので、友達に頼って病院に連れて行ってもらったわけで。

 インフルエンザに罹ったら一週間は大学に出てはいけないというので、特にすることもなく、また熱で何もする気も起きないので布団に寝転がる以外やる事が無い。といっても、大学は一年留年してるので単位はもうあらかた取っており、一週間くらい休んでも別に問題はないのだけれども。

 寝ている傍らにポカリスエットを置き、喉が渇いたら口にする。食欲はないが食べないと元気も出ないので簡単に食べられる菓子パンやおにぎりを置いて時折かじる。部屋は片付ける余裕も元気もないので散らかり放題。もともと散らかっていたという説もあるが気のせいだ。早く片づけたい。

 ひとり暮らしで病気になり、こうやって布団に入って天井を見つめていると、人恋しさが募る。体が弱ると心も弱る。こういう時に誰かにいてもらえると心休まると思うのだが……残念ながら、自分の恋人は留年が決まった一年前に別れてしまった。友達に来てもらいたい所だが、彼らにも仕事や学校があるのでそう簡単に来てもらう事もできない。どうあがいても心細さ、寂しさは埋められない。

 仕方がないのでスマートフォンを弄って暇つぶしをしていると、ピンポンとインターフォンが鳴った。


「誰だ?」


 起き上がるのも億劫だが、何かの届け物だと困るのでのろのろと布団から出て、どうにかドアを開けると、そこには一人の詰襟の制服を着た高校生男子が立っていた。


「……トモじゃないか。今日はいったいどういう要件だ?」

「インフルエンザになったってお姉さんに聞いて来ました。たぶん、部屋も散らかってるしろくなもの食べてないだろうから、世話してやりなって」


 余計なお節介……と言いたいところだが、正直これはありがたい。話し相手にでもなって寂しさを紛らわせてくれれば何よりだ。

 

「じゃあさっそく、部屋を片付けますね……ってうわ、これはひどいな」


 言いながら、さっそくゴミ袋を探し出して手あたり次第に散らかったゴミを放り込んでいく。

 トモは高校三年生だが、俺の姉貴の彼氏だ。姉貴からアタックしたらしいがどれだけ若い奴が好きなのやらと呆れてしまう。姉貴は俺よりも三つ年上だからトモとは七歳くらい年が離れている。話題とか合うのだろうかと心配になるが、今のところ付き合いは続いているようだ。

 トモは高校の部活でバスケット部に所属しており、ポイントガードとしてレギュラーに定着していた。バスケ部とはいえ身長は高くなく、165センチ程度だと本人は言っているが恐らくそれも少しサバを読んでいる。おそらくもう二、三センチくらい低いだろうと俺は見ている。姉貴は身長が170センチあるからそれがコンプレックスになっているらしく、毎日牛乳や煮干しなどを食べているらしいが今のところ効果はない。大人になってもある程度は身長が伸びるとはいうが、もうそろそろ身長の伸びも止まる頃だと思うしあきらめたら?とも思う。

 

「ヒロアキさんこの辺のはどうしますか?」

「ああ、それも捨てちゃって……おっと机の一番下の段は開けるなよ」

「……ええ」


 俺が制止すると、トモもわかった風な顔でニヤリと笑う。


「何か新作入れました?後で貸してください」

「……後でな。まず片づけ進めよう」

「ああ、ヒロアキさんは寝ててください。僕がやりますから」


 黙々とごみを片付け、テーブルの上を拭き掃除したりと忙しく掃除をしてくれるトモ。ものの二十分程度であらかた片付き、見違えるようにきれいになった俺の部屋が帰ってきた。


「大体片付きましたかね。あとどうせろくなもん食べてないだろうからって食材も貰って来たので、うどんでも作りますから」

「正直助かる。菓子パンとかおにぎりは中々食が進まなかったんだよ」


 普段ほとんど俺が使う事の無い台所にトモが赴き、鍋に水を張ってガスの火をつける。湯が沸騰するまでの間に野菜を手際よく切り、沸騰とともに野菜を入れてしばらく煮込む。いい感じに具材に火が通ったら味噌で味付けをし、最後にうどんを入れる。そしてまた少し煮込んでいい感じに麺がほぐれたら、煮込みうどんの完成だ。病気で弱った体に染み入るような温かさと、野菜のほのかな甘みと出汁がとてもありがたい一品だ。

 布団でできあがるのを待っている間、全くそそられなかった食欲が今ここに来て高ぶりを見せている。しばらく鳴らなかった腹の音も待ちかねたと言わんばかりにぐるぐると音を立てている。トモは鍋をテーブルに置き、椀にうどんの麺と汁と具材を入れてくれた。


「はいどうぞ。にしても、全くインフルエンザにかかるなんてツイてないですね」

「まぁ単位足りてるから今更一週間程度休んだところでなんも問題はねぇんだけどさ、人に会ったらウイルスうつしちまうってのが辛いよなぁ。あ、今更だけどトモお前来て大丈夫なのかよ?まだ学校あるだろ?」

「僕も推薦通りましたし、一週間休んでもなんら支障はないから来たんですよ。もしうつされて休めるならラッキーってもんですよ。うどん冷めちゃうから早く食べてください」


 すすめられるままに椀を手に取り、煮込みうどんを口にする。……薄味だが優しい味わいが胃の中に広がっていく。滋養のある味。これなら元気を取り戻せそうな、そんな気がする。


「ほわー……うまい。いいねぇ料理できるって。俺料理なんかほんとに出来ないから尊敬しちゃうね」

「ははは。料理って意外と簡単ですよ。コツさえ押さえておけば誰でもできます」

「みんなできる奴はそういうんだ。お前も作ったの食べろよ」

「僕はさっき食べてきたんで大丈夫ですよ」


 そう言って、トモは俺がうどんを啜る様子を微笑みながら見ている。なんだろう。別に見られてるのは気にならないんだが、笑ってるのはどういう事だ?


「……ずっと俺を見てどうしたんだ?なんか顔にでもついてるか?」

「いやぁ。僕んちって僕以外姉と妹しかいなくてですね。兄貴とかいればいいなぁって思ってたんですよ」

「うん、それは知ってるけどそれで?」

「ユミさんと付き合わせてもらって、ヒロアキさんとも知り合うようになったわけですけども、僕にも念願の兄が出来たんだなーって思うとなんだかちょっとうれしくなって」

「ぶほっ!げほっ!」


 思わずびっくりして気管にうどんが滑り込みそうになった。いきなり何を言ってるんだこいつは。


「兄っつったって気が早すぎるだろ。まだ結婚もしてないのに何言ってんのさ」

「あ、もう僕ら婚約してますから。披露宴はまだずっと先の話ですが」

「は?」


 確かトモと姉貴が付き合い始めたのって一年前くらいからだったと記憶してるんだけど、いつの間にそんなに進展したんだこいつら。


「うちのいい加減な親はともかく、トモの親は承諾したの?」

「はあ、まあ僕んちの親も放任主義なもので好きにしろと言うわけで……。しばらく僕は大学に通うのでユミ姉さんの収入を当てにしてしまうのが心苦しいですが」

「いやまあお互い納得ずくならそれでいいんじゃないかな……」


 話が急転直下に転がっていくのを追いかけるには、今の俺の頭は全く回転数が足りなくてダメだ。理解がおっつかない。とにかくうどんを掻っ込んで、腹を満たしてしまおう。椀は空になったがまだ足りないので、自分で鍋から椀にうどんを移す。いつの間にか熱も少し引いて動くのも多少は億劫ではなくなった。その様子を見て、満足気にトモは頷いて言う。


「じゃあ、僕そろそろ帰りますね」


 その手にはいつの間に抜き取ったのか、俺が先日買ったばかりのDVDを持っていた。


「あ、てめえ俺まだそれ見てねえんだぞ!先に持っていくんじゃねえ!」

「今日の看病代のかわりってことで一つよろしくお願いします」


 カバンに素早くしまい込むと、トモはそのまま玄関まで素早く移動し、靴を履いてドアを開けた。


「じゃ、これからもよろしくお願いしますね、お義兄さん」


 手を振って、トモは俺の部屋から自宅へと帰っていった。

 DVDを持っていかれた事に憤慨しながら二杯目のうどんを食べ終えると、しばらくして眠気が俺に襲い掛かってきた。軽く口をゆすいで、じっとりと汗をかいた下着を着替えて、再び布団に入る。この分なら五分もかからずに眠りに入れそうだ。目を瞑ると、すぐにでもまどろみの世界へと入っていきそうな感覚に襲われる。

 ……よろしくね、お義兄さんか。そういえば俺は末っ子だった。今まで理不尽な兄や姉に振り回されっぱなしだったような気がする。そんな俺に弟ができた。それはそれで、悪くないような気がする。これからは兄としての自覚と振る舞いを身に着けていかなければいけないんだな。新たな関係性を二人で見出して、紡いでいくというわけだ。これからもよろしくな、弟よ。


後日。すっかり体調も良くなって元気になったので、結婚のお祝いというわけでもないのだが、姉貴と会って軽くランチでも食べる事にした。といってもお互い気取った店が好みではないので、お好み焼きの店で二人で適当に焼きながらダベるというスタイルだ。

 姉貴とさっそくテーブルに着き、お互い好みの種を頼んで油を敷いてお好み焼きを焼く。俺は豚玉、姉貴はイカ玉だ。焼きあがるまでの間、軽く世間話や結婚までのいきさつを聞いたりした。付き合ってまだ一年くらいだというのにお互いとても仲睦まじい。ただのろけ話は犬も食わんからほどほどにな。片面が焼き上がり、ひっくり返す。きつね色にこんがりと色づいたお好み焼きの香ばしい匂いがたまらない。

 

「とうとう俺にも弟が出来るんだなぁ」


 何気なく一言を漏らすと、姉貴がうん?と首を傾げた。


「何言ってるんだヒロアキ。確かにお前の方が年齢は上だが、続柄的にはお前は弟になるんだぞ。知らなかったのか?」

「へ?そうなの?」

「年上の義弟ってやつだ。今知ったならいい勉強になったな」


 てことは、トモは続柄上俺の義兄という事になる……?年下の兄?


「マジか……」


 俺はなぜかがっくりとうなだれ、喪失感に苛まされる。せっかくの弟が出来たと思ったらとんだ肩透かしだ。その後のお好み焼きは確かにおいしいものだったが、なんだか食べても食べても舌の上で味が上滑りしていくような感覚を覚えていた。

 

 その後、姉貴と別れて一人で商店街を歩いていると、偶然トモと出会った。トモは学校帰りに小腹がすいたのでバーガーショップでハンバーガーを買って齧りながら歩いていた。俺はトモに先ほどの昼の事を話すと、やっぱりにんまりと笑ってこう言ったのだ。


 これからもよろしくお願いしますね。義弟(おとうと)さん、と。


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はやりやまい END

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