閑話 昔々のその昔
昔々のその昔
高価な魔石を使ったシャンデリア、つややかに黒光りする重厚な机、毛足の長い絨毯、置かれているソファ、壁や周囲に飾られている調度品どれ一つとっても安物が存在しない部屋である。
ここは昨今の華々しい魔物使いの活躍で、魔術師ギルドから正式に立ち上がった魔物使いギルドにあるギルドマスターの部屋である。
部屋の中には二人。
一人目のの男性は、頬杖をついて苦虫を一体何匹噛み潰したらこんな顔になるのか教えて欲しいほど苦々しい顔をしている。
彼こそ魔物使いギルドの初代ギルドマスターである。
もう一人は正面にピシッ!という言葉が当てはまるほどの直立不動で立つ秘書である女性。
彼は彼女によってもたらされた書類に目を通していた。
手元の書類には『使用料並びに違約金の請求』と書かれた、魔物使いギルド宛に莫大な金額が記されていた。
「あいつらめ・・・」
「如何いたしましょうか?」
誰に向かってのつぶやきなのか苦々しげに吐き出す言葉に、まるで聞こえていないかのように冷静に回答を催促する。
【魔物使い】
術者が使役の魔法を魔物にかけ、魔物が了承すると契約が成立しする。
以降魔物使いの従者として手足のように働かせる事の出来る職業である。
当然魔物は簡単にはなびかず、下手をすれば容易に襲われる危険がある。
しかも魔物使いは魔術師に分類されるように、能力は全体的に低く個人としての戦闘能力は一般の平民とほとんど変わらないため、よほど理解してくれるパーティに恵まれない限りはなかなか大成しない職業でもある。
何故不遇ともいえる職業がギルドを設立できるほど成長できたのだろうか?
彼らが目を付けたのが召喚士である。
【召喚士】
術者が召喚の魔法で魔物に呼びかけ、魔物が了承すると契約が成立する。
以降召喚士の従者として手足のように働かせる事の出来る職業である。
やはり魔物は簡単にはなびかないし、能力も魔物使いとほとんど変わらないが、魔物使いとの大きな違いが存在する。魔物が近くにいる必要がないのである。
デメリットがないようだが、前もって魔物の情報をかなり詳細に集めておかないと成功しない。
そのため常に召喚技術の向上や情報収集に余念がない。
研究者肌の召喚士を技術向上や研究費といった言葉で丸め込んで、魔物使いたちはは召喚士たちが呼び出した魔物を借りて、レベリングをしながら魔物まで手に入れる。
この裏技・・否、反則技を誕生させ、一躍魔物使いを時の寵児に押し上げたのが、現在のギルドマスターである。
ギルドマスターを悩ませる違約金だが、反則技の使用に由来するものであった。
いつ終わるかもわからない、単なる修行僧であるサンゾーに護衛としてついて行こうという物好きな冒険者がいる訳がない。
名前を売りたいと躍起になってい魔術師ギルドの下部組織であった魔物使いの会が、極秘に召喚士の会から魔物を四体借り受けたのである。
彼らの旅は苦難の連続であった様である。
召喚士の会の技術の粋を集めて呼び寄せた四体の魔物、特に神獣セイテンタイセイの活躍はすざまじいものであったようで、あらゆる敵を打ち破って道を切り開いた。
またサンゾーが乗っていた聖獣ユニコーンの防御力はあらゆる敵の攻撃を防ぎきってきた。
無事に西の果てにあるという神の住まいし地へ赴き、対魔族戦や対邪神戦に目覚ましい功績、全く新しい魔法『光属性』の魔道書を手に入れることが出来たのも、四体の魔物のお蔭である事は間違いがない。
問題はここからである。
『光の魔法』は、魔物使いでは使う事が出来ず、魔物使いの会改め、魔物使いギルドは魔術師ギルドを通じて魔道書の利用料や魔法の使用料を取る事にした。
ここで修行僧であるサンゾーが多額の収益に目がくらみ、特許申請を行う。
そして使用料50%とという暴利を提示する。
当然のごとく魔物使いギルドこれを拒否、するとサンゾーは『光属性』の魔道書の開示を拒否。
ギルドに格上げとはなっても、魔術師ギルドには頭が上がらないため凄まじいバッシングを受ける。
魔物使いギルドは苦渋の決断を下す。
使用料の支払いを受け入れる。
結果、ギルドの収益は残りの50%だが、サンゾーのために借り受けた魔物の使用料が残っている。
使用料は非常に高額だったため、成功報酬で全収益の50%にしてもらっていたのだ。
つまり魔物使いギルドへは0となったのである。
ちなみにこの一件でサンゾーは修行僧から破戒僧へジョブチェンジする事になった。
ここまではいい、まだいい。莫大な収入源を失ってもプラマイ0なのだから・・。
しかしここで、ピーチボーイの件が拍車をかける。
彼は高齢の祖父母に甘々に育てられたお坊ちゃん、まぁ悪く言えばボッチだったため、パーティを組んでくれる人がいなかった。
ロートルフラワーで有名なハナサカの伝手で、ピーチボーイの祖父母から、当時魔物使いの会に護衛の相談があり、三体の魔物を召喚士の会から借り受けてパーティを組ませることにした。
余談だがロートルフラワーのハナサカの魔物であるコマイヌも召喚士から借りたものだ。
やはり召喚士たちの技術の全てをかけただけあり、借り受けた魔物は三体とも神獣級で、成果はご存じのとおりである。レンタル料もかなり高額であったが。
そしてまたもや問題が起こるのである。
物語では魔王を倒したことになっているが、実の所オーガたちの拠点オーガアイランドで、オーガキングとその一派を倒したにしか過ぎなかった。
そこで手にした金銀財宝に目がくらみ、魔王討伐の依頼を放り出して、祖父母のところへ戻ってトンズラをかましてしまったのである。
そして召喚士の会から借り受けた魔物は、そのまま放置された。
これを知った召喚士の会は激怒。
依頼を途中で放棄した上に財宝をすべて持ち逃げ、果ては貸し出した魔物まで放置とくれば誰だって怒りたくもなろう。
これで冒頭にあった多額の違約金が、魔物使いギルドに請求されることになった。
時の寵児とはいえ、出来たばかりのギルドの財政はあまり豊かではない。
ギルドマスターはイスに深く腰掛け直し、払えるはずのない金額の請求書を指で弾き返した。
床に落ちるに任せて請求書を見送ったまま、受け取りも拾いもしない秘書に眉をひそめながらも答える。
「ふん! 踏み倒してやる」
「もう1件、ご報告があります」
「まだ何かあるのか!」
あまりにも無慈悲な言葉に勢いよく立ち上がり、机を両手をバンッ!と叩きつける。
少し身を引きつつ顔をしかめながらも、確認のために再度問いかけた。
「お聞きになりますか?」
「・・ちっ」
舌打ちをするとイスに座り、苛立ちまぎれに先を促した。
「漁師ウラシマの件です」
「漁師ウラシマ? 海底神殿を発見した?」
「その通りです」
「・・あいつがどうした?」
今までの流れの中や、ギルドマスターが抱える懸案事項の中にも入っていない人物だった。
「彼には関係ありません。まったくではありませんが」
「はあっ!?」
「盗賊ギルドからの依頼です」
「盗賊ギルド? 依頼? どういうことだ?」
漁師ウラシマは先の二人のように金に目が眩む様な事は無く、大きな問題を起こすどころか品行方正な人物だった。
その彼と盗賊ギルドの接点に心当たりはなく、彼の頭の中は混乱し始める。
「漁師ウラシマの経験談を本にして後世に残したいと」
「本? 後世に残す? さっぱりわからんぞ」
盗賊ギルドが、何故漁師ウラシマの経験談を必要とするのか。
本にして後世に残して、どんなメリットがあるのか考え付かない。
「どんなにいい思いをしても、最後の最後で老化のトラップに引っかかった彼の経験談は、新人盗賊たちの教育に適しており、教本の一つとして採用したいとの事です」
「・・・」
「マスター?」
「・・・・・・(ぶちっ)」
「・・・・・」
「どいつもこいつも!」
彼女は血管が切れる音を聞こえた気がして、指で耳栓する。
彼の怒鳴り声は隣近所まで響き渡り、怒りが収まるまで周囲の物にあたり散らす。
「如何いたしますか?」
「受ける・・。当然、吹っかける」
「肖像権の問題が出ますが」
「どうせ身寄りのない年寄りだ、直ぐに片が付く」
言っている事がダークになってきた彼に、いや魔物使いの技術低下になると容易に分かる反則技に手を出した頃に戻り始めた彼に、徐々に身の危険を感じる。
「召喚士の会の請求額には到底及ば無いかと」
「そっちは握り潰す」
しばらく目を瞑り何かを考えていた。
そして何かを決意するような、そして非常に悪いことを考える笑みを浮かべる。
「・・・よし」
「如何しましたか?」
「召喚士の会に泥を被らせる」
「えっ!?」
あまりの発言に思わず聞き返してしまう。
今では切っても切れない召喚士たちに泥を被せる、そのような発想ができるとは・・。
いや召喚士たちをいいように使ってきた彼には、当たり前の事なのかもしれない。
「時代の流れはこちらに向いている今しかチャンスはない。くっくっっ・・」
誰に語るでもない彼の独り言にあきらかに不穏なものを感じ、これからの自分の人生設計の変更を真剣に頭の中で考え始める秘書が居た。
そして全てが闇となる歴史上最大の冤罪事件が発生する。
・・魔王という存在は召喚士至上主義たちによる世界改革を目的とした、自作自演のために召喚された魔物である・・
魔物使いの不祥事も、借金も闇の中へ。すべて召喚士の責であると・・
「おじい様!」
歳の頃なら15、6歳前後。黒に近い紺色の瞳と髪を持った少女が、祖父がいる地下にある研究室に駆け込んできた。
同じ瞳の色を持つ白髪と白髭を伸びるに任せた老人が問う。
「準備はできたのかね? ならば出発しなさい。
直に騎士団が踏み込んでくるだろう」
「おじい様は!?」
「私にはやることが残されている」
少女の目には涙が浮かんでおり、此処に一緒に残りたいと訴えていた。
あえて無視するかのように語りかける。
「今は国を挙げて召喚士狩りを行っている」
「知っています! ですからおじい様も一緒に!」
「誰かが責任を取らなくては」
「責任!? 魔王を召還したというありもない罪の責任ですか!!」
(この子は聡い。今回の騒動が誰が仕組んだかも・・)
全てを理解したこの少女を説得するのは難しい。
言葉を重ねたところで、一緒に行動を共にしようとするだろう。
(この頑固さは誰に似たのやら・・)
少し困ったいるといった表情を浮かべながら、憤る少女を見つめ頭を優しく撫でる。
「ふぅ・・、仕方があるまい。逃げる準備をしよう」
「そうですか! 直ぐに準備を・・っ!」
満面の笑みで振り返った瞬間、少女の首筋から全身に衝撃が走る。視界が暗転し全身から力が抜け「お・じ・・いさ・・」とつぶやきながら膝から崩れこむ。
少女から一匹の蜘蛛が這い出ると、煙のように消えてしまう。
その体をどこからともなくやってきたメイドが支える。
腰まである艶やかな長い黒髪、赤い瞳、口元に見える八重歯、病的なまでに青白い肌、まるで死んでいるかのような美しい女性であった。
「世話をかける」
「いいえ」
「その子をたのむ。できるだけ遠く静かに暮らさせてやってくれ」
「畏まりました」
メイドを一礼すると少女を抱え上げ扉から出て行く。
「生き延びてくれ」
2人が出て行った扉を見つめ呟くと、研究室に残されたモノを睨み付ける。
いやモノではなく、その先のもっとずっと遠くにいる誰かを。
(簡単には我が身をくれてはやらぬよ)
唇を歪めると最後の準備に取り掛かる。
(あながち魔王召喚は間違いではなかったのだがな)
確かに目の前にいる核の無いスライムらしき魔物と、レッサーデーモンのような魔物は、魔王召喚を疑われてもやむを得ない程の何かを感じさせる。
床には魔法陣が描かれ、1キュビット程の長さで一握り出来る程の太さの棒、ワンドと呼ばれるアイテムが中央に置かれていた。
床に手をつくとワインドが置かれている魔法陣に魔力を注ぎこむ。組み込まれた術式が起動し、300と書かれた数字が魔法陣に浮かび上がる。
『魔力の供給を確認。魔法陣の起動を行います』
『300カウント後に、範囲内の魔物を指定アイテムへ封印します』
『カウント開始 300・・299・・298・・』
カウントが始まり魔法陣の正常起動を確認すると、今度はスライムらしき魔物に向く。
「―――に命ずる。『魂の結晶』をその核とせよ」
虹色のスライムらしき魔物に命令をするが、『魂の結晶』というモノが無いらしくそのままじっとしている。
今度はレッサーデーモンのような魔物に向く。
「―――へ【強制命令】。わたしを『魂の結晶』とせよ」
召喚された魔物は主人の命令に背くことは出来ない。
また主人を害させる命令も出来ない。
どうしても傷つけさせるための禁呪こそ【強制命令】である。
レッサーデーモンのような魔物は両手を前に突き出すと、主人に黒い光を浴びせる。
少しずつ体が縮みながら丸まり始める。
術の発動を確認すると意識あるうちに最後の命令をする。
「―――よ、【送還】する」
レッサーデーモンのような魔物が煙の様に消えていく。
完全に消え去った時、握り拳より二回り小さい瑠璃色の石が残される。
同時にスライムらしき魔物が動き始め瑠璃色の石を包み込み、多角形の核へ変わる。
・・数字が0になる。
上の階では、乱暴に玄関を叩く音が聞こえる。
「領王騎士団である! 召喚士の会会長にして最上位召喚士ディズ、世界転覆の大罪により身柄を拘束する!」
「王命である、大人しく投降せよ!!」
口々に叫ぶが、何の反応もないことにいら立ち始める騎士たち。
「扉を蹴破れ! 魔王を召喚する者だ、逆らうなら殺しても構わん!!」
激しい破壊音がして扉が破壊されると、多くの人数の騎士がなだれ込む。
「誰もいない!? 隠れているのか! 探せ。絶対に取り逃がすな!!」
「「「はっ!」」」
家中を隈なく探すが、彼らは何も見つけることが出来なかった。
ただ地下室に残されたワンド以外は・・・
召喚士は世界中から敵視されてしまい、逃げ回るしか手段は無かった。
ほとんどが散り散りとなり、魔女狩りの様に狩られるか、職業を偽ってあちらこちらにと隠れ住む事になる。
冤罪を被せられた召喚士は、全ての魔物を【送還】してしまう。
魔物使いは、従えている殆どの魔物を召喚士に頼っていたため反動は大きく、クエストを全くと言っていいほど受ける事が出来なくなった。
また強力な魔物を従えていない魔物使いよりも、普通の構成でパーティを組んだ方がクエストの効率が高く、まったく必要とされなくなっていった。
当然魔物使いギルドは解散、魔術師ギルドの下部組織に逆戻りする。
今に至っては不遇職の代名詞となり徐々にその数を減らしていった。
たった一人の愚かな行為が、二つの職業を表舞台から消す事になったのである。




