焦り
焦り
森の奥深く鬱蒼と茂る木々の間は、まだまだ日が高いはずなのに薄暗さを醸し出す。
鹿に似た動物が食事をしている。しかし何処かおかしい。
普通の鹿であれば草を食べるが、肉を貪っていた・・魔物である。
しばらくすると鹿の魔物が突如苦しみだし倒れこむ。肉に何かが盛られていた様だ。
矢が放たれる。
瀕死になるまで矢が続けて撃ち込まれると、一人の少女が注意深く近づき何か呟く。
魔物を中心に魔法陣が光り出す。
「【捕獲】!」
鋭い一言を放つと、魔法陣の輝きが増す。
同時に魔物が何かに抵抗するように身を悶える。
しばらくして魔法陣が消える。
「あちゃー、失敗」
「すまない、矢を打ち込みすぎたようだ」
「うん」
「悪いな」
「ごめんなさいです」
魔物は激しく抵抗したためか事切れていた。
「仕方ないわ、じゃあ解体しましょ」
「「おう(うん)」」
直ぐに気持ちを切り替えて、魔物の解体に取り掛かる。
【捕獲】に失敗したからと言って無駄にするような事はしない。
毒抜きや血抜きなどの処理は、早ければ早い方が良い。
解体する班と警戒する班に分かれる。
血の匂いに釣られて魔物や野獣が引き寄せられるためだ。
解体が終わると直ぐに里へと帰る。
基礎能力の低い彼ら魔物使いたちは、他の魔物たちが荷物に目を付ける前に戻る。
常に高く安全領域を確保するのが、魔法職の鉄則だからだ。
周囲の警戒を行いながら急ぎ足で進む。里の入り口が見えると、そこで緊張を緩める。
「「「ただいま(うん)」」
「おう、おかえり。どうだった?」
「失敗しちゃった」
「そっか・・、まぁ気を落とすな」
「うん!」
里のみんなと挨拶を交わし軽く話をし、各家を回って今日の収穫物を分ける。
魔石は長老の所に持っていく。魔石は必ず魔物が持っており里の重要な収入源である。
最後に自宅に戻って反省会である。
「もう少しダメージコントロールが必要だね」
「うん」
「仕方ないわよ、【比較】じゃ強弱しか分からないし・・」
【比較】はあくまでも自分と相手の強さの関係を、色で示すだけである。
自分より強ければ赤、弱ければ青、かなり弱ければ灰色や黒といった感じである。
「弓の精度もなぁ・・」
止めを刺さないように、急所に当たらないようにといった、狙って外すというのも非常に難しい技術である。
正直、狩人でもない魔法職や魔物使いに求める技能ではない。
「マイ姉、大物狙いすぎです・・ッ痛!」
「流石メイ様、余裕の発言じゃない」
マチがメイのこめかみの辺りを拳で挟んでグリグリする。
あまりの痛さに半べそだ。
メイだけが【捕獲】に成功しているためのやっかみも多分に含まれる。
言葉通りなら【比較】では赤かったのだろう。
彼らは里の人たちとの訓練を終えて、独り立ちを始めていた。
里の人たちと【捕獲】の訓練が始まった頃、子供たちはガチガチに緊張していた。
「まずはいつもの狩りと同じだ。
落ち着いて自分の存在を出来る限り隠して、獲物の気配を探るんだ。
風の向きにも注意して。自分の匂いでも気付かれる」
「獲物を見つけたら、たとえどんな獲物でもまずは【比較】を行うように」
「罠を掛けるのも一つの手だ。魔物はほとんどが肉を喰う。
麻痺や毒といった物を混ぜた肉を仕掛け、弱った所を狙うんだ。
まぁ、失敗したときの肉は毒抜きしないといかんがね」
「弓などのダメージの蓄積は重要だ。当然【捕獲】には抵抗する。
あまりダメージが大きいと死んじまって失敗になるからな。
まぁ、このギリギリが難しいんだが」
「最後の抵抗に気を付けろよ。魔物はしぶとい。
もう大丈夫と思ってやられる事がある。これで命を落とすものが多い」
実地訓練の中で、五人は魔物使いとしての知識と技術を磨いていく。
最初に【捕獲】に成功したのがメイであった。
里の人たちとの初めての訓練での事である。
これには里の人たちも驚いていた。
しかしその事が災いしてか、変なプレッシャーを持ってしまったのか、以降の【捕獲】には成功していなかった。
メイが【捕獲】したその日『成人の儀』が里で行われた。
里の女性たちがこの日のために作っておいた色鮮やかな格子模様の、貫頭衣と呼ばれる物を被っていた。
一応秘儀という事で、メイと長老と奥方と二家族が長老の家に入って行った。
あの家には地下室があるんだ、内緒だぜと残った里の人が教えてくれた。
どのような事をするのかはさすがにお楽しみという事で教えてはくれなかったが。
待っている間『成人の儀』とは里の慣習で何と三回もある事を教えてくれた。
「一つは。魔物使いは魔物を【捕獲】出来ると一人前と認められる」
「「(コクコク)」」
四人は黙って頷く。
「二つ目は15歳を迎える行われる。まぁ、世の中15歳で成人と言われているからな。
ただ魔物を捕まえていないと少々気まずいかな」
「「・・・」」
魔物を捕まえて成人とされる魔物使いでは、15歳になっただけで成人おめでとうと言われてもあまり嬉しくはあるまい。
もう少しで15歳を迎えるジュンとエイプは苦笑いを浮かべている。
「三つ目は里を出る時にする」
「「里を出る(うん)!?」」」
「まぁ、ぶっちゃけ仕事に就くという事だ。
里で獲物を狩るだけでもいいが、冒険者登録として世に魔物使いとして認められる方が良いという事でな」
「「なるほど(うん)」」
いつか里を出て行かなくてはならないのかと不安に感じたが、世の中に出るという意味という事に安堵する。
残された者たちで和気あいあいと話していると、メイが長老の家から出てくる。
入った時には無かった模様が、赤い線で顔に描かれている。
貫頭衣と相まって神秘的な姿にみんな感激する。里の人たちのおめでとうという言葉にならって、四人も拍手とお祝いの言葉を贈る。
メイは模様の上からでもわかるくらい頬を赤らめはにかんでいた。
メイの三つある内の一つの『成人の儀』がしめやかに終了した。
その日を境にメイの雰囲気が変化する。
言葉は少なかったが、良くしゃべるようにもなった。
里のみんなは『成人の儀』で大きく成長したのではと喜んでいた。
一足先に大人の階段を上り始めたメイに、みんなうれしくも羨ましく思っていた。
里の人たちの訓練を終え、子供たちだけで組んでの【捕獲】を行うようになる。
最初の内は里の人との訓練の様に緊張していたが、まずは教訓の通りに狩りという基本に戻り、徐々にチームワークが出来始める。
最終的にはローテーションで主役を決め狩りを行えるまでになった。
若い力というのは里では重宝がられ、あちらこちらで声がかかり充実した日々を過ごす。
里の人たちの期待を一身に背負い、魔物使いの訓練にも更に力が入る。
そんな中、メイに続いてエイプが14歳になると直ぐに【捕獲】に成功する。
次にマチが13歳で【捕獲】に成功する。
そしてジュンで15歳まであと一か月の所で成功する。
内心焦りに焦っていた彼は【捕獲】に成功すると、初めて大泣きして皆を驚かせていた。
三人とも15歳の時点で三つの『成人の儀』を済ませられてホッとしている様子だった。
そしてついに・・・メイが二匹目の【捕獲】に成功する。
ジャニはみんなと一緒にお祝いの言葉を贈るが、内心穏やかではなかった。
メイの二匹目の【捕獲】の成功を皮切りに、ジャニを除く四人は次々に複数の魔物の【捕獲】、【強化】に成功する。
孤児院を出て四年、魔物使いの里に来て三年たった。
ジャニは14歳になったが、未だに魔物を【捕獲】出来ずにいた。
メイに至っては【合成】を成功させている。
「大丈夫だよ。僕だって15歳ギリギリでやっと【捕獲】出来たんだから」
「うん」
「焦りまくってたのが、顔に出てたしね」
「それでも、ジュン兄ちゃん【捕獲】出来ました」
「そうだよ・・な」
無理に笑顔を作り、みんなの励ましを受け止める。
里の人たちからもこればかりは時の運だよと慰めを受け、空元気を絞り出して何度でも挑戦すると明るく返す。
そして一か月、また一か月と過ぎ、15歳の誕生日まであと一か月と迫った時、毎月訪れる行商人に呼び止められる。
「よぉジャニ坊、景気はどうだい?」
「まぁまぁだよ」
いつも通りの挨拶の後、周りを気にしながら小声で話し掛けられる。
「なぁ出物があるんだがどうする?」
「出物?」
特に今自分に必要なものは無いと思いつつも、興味を惹かれ聞き取れるように近づく。
「魔物使いの杖・・らしい」
「!?」
「魔物使いの能力を向上してくれる・・らしい」
「そんな・・」
馬鹿なという声を飲み込むと話の続きを待つ。
「さる没落貴族からの流れ品で、魔物使いが居なかったせいで能力の真偽は定かじゃないが、杖と一緒の手紙に魔物使いなんちゃらとか書かれていた・・らしい」
「・・・」
らしいという言葉が多く引っかかる所があるが、今のジャニにはとても魅力的なものに感じられた。
「・・・いくら?」
「お! 効果が分からないから効果が確認出来たら、銀貨80枚で出世払い」
普通の魔石で銀貨1枚程度、もし杖の効果で【捕獲】出来る様になれば将来的には払えない額では無い。
「買った・・」
「よっし!」
行商人が後ろの荷箱から、長さは1キュビット(48cm)、太さは軽く一握り程のワンドと呼ばれる杖を出してくる。
「これが・・?」
「(こくり)」
短い確認に黙って答える。
見た目は艶消しした黒と灰色の中間ほどの色合いで、特に紋様も無くツルツルしていた。
黙って懐にしまうとその場を立ち去る。まいどの声に手を振って答える。
次の【捕獲】の機会から、ワンドを懐に忍ばせて取り組む。
呪文を唱える際に、こっそりと握るようにする。
おかしな動作にみんなの関心が集まると、心を落ち着けるためと言い訳をする。
【捕獲】は長老の取り決めで、子供たちのパーティで行う。
八日に一度のチャンス。本来であればローテーションで自分が【捕獲】出来るのは五回に一度で、本来なら誕生日まであと二回。四人がチャンスを譲ってくれる。
仲間たちの気遣い。お門違いと分かっていても煩わしかったが、ありがたく受け取った。
しかし15歳の誕生日の前までに出来る【捕獲】のチャンスをすべて使い切った。
魔物使いになるという夢があった。少し斜め上な夢だったが・・
しかし自分には才能がなかったのだ。【捕獲】する事は出来なかった。
14歳最後の【捕獲】の日を終え里に帰る。
仲間たちも、里の人たちもいつもと変わらない様子で接してくる。
それが逆に辛く感じた。
次の日からもいつも通りの生活をする。
普段と変わらない日々のはず。
仲間の誰かと何かをする役割で里から出た。
そんなはずだったのだが覚えていない。
いつの間にか今自分一人となっていた。
何処をどう歩いたのか分からない。
ふと目についた岩の上に腰掛ける。
「才能・・、なかったんだな」
違うと分かっているのに、ジャニはこの時、15歳までに【捕獲】出来なければ、魔物使いに成れないと思い込んでいた。
15歳の『成人の儀』は里の人の発破掛けの古い慣習であり、年齢に関係なく【捕獲】出来れば魔物使いにはなれる。
「どうすっかなぁ・・」
地面の方に向けられていた顔を、今度は空の方へ向け溜息交じりに呟く。
懐に忍ばせていた魔物使いの杖らしき物を取り出す。
「こいつも役に立たなかったか・・」
ヒョイっと投げる。軽く、本当に軽く投げただけだった。
パキッっと音が鳴る。当たった所からヒビが入る。
「えっ!?」
そんなに強く投げたつもりはなかったのに、あっさりとヒビが入った杖に驚き目を向ける。
途端にヒビから光が漏れ出し周囲を眩しく照らす。
「なっ!?」
咄嗟に手で目を覆う。光が収まり、恐る恐る杖の方を見ると、一匹のスライムが居た。
大きさは掌ほど、不思議な事に虹色で、本来丸い形の核が多角形の様になっていた。
「一体、何処から・・!?」
すぐさま距離を取り警戒するジャニ。
しかし逃げるでも襲ってくるでもなく、その場にジッとしているスライム。
「もしかして・・?」
魔物使いの能力を高めてくれる杖から魔物。
一縷の望みをかけ【捕獲】を行う。
「【捕獲】」
魔法陣の光が収まると、プルルッと何か考えるかのように動き、ジャニの元へ来る。
「・・・成功した?」
ジャニが手を差し出すと、手を伝って肩に登ると定位置の様に留まった。
「やったぁぁあ!」
あらん限りの声で万歳をする。
周囲を走り回る踊り狂う。
顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
スライムは夢ではないと、しっかりと肩に張り付いていた。
急いで里へ駆け戻る。
里の入り口では仲間も里の皆も待っていた。
うかれまくっていたジャニは気が付かなかった。
「ただいま、みんな聞いてくれ!」
皆の顔がとても怖い顔をしている事に。
「ジャニ」
「俺やっと・・ガッ!?」
左の頬の痛みと共に吹き飛ばされる。長老の右の手は拳が握られていた。
長老は冷めた声で言葉を紡いでいく。
「おぬし自分のした事が分かっておるのか?」
長老に続き里の人たちが、ジャニを殴っていく。
「一人で森に行ってはならんと、言ってあったはずじゃ」
順番に一回ずつ。
「自分を見失って・・、いやどんな理由であれ」
殴った後、馬鹿者と一言言って抱きしめる。
「自らの身を命を危険に晒して良い事など無いわ」
急に頭が冷えてくる。
有頂天になって自分が里のみんなに心配させていた事を知る。
「後で家に来い! このたわけ!」
四人に必ず連れてくるように言うとさっさと家に帰り、続いてみんなも家に戻る。
自分の家に戻ると、手当てを受けながら怒られる。
「馬鹿だと思ったけど・・、ここまでとは」
「流石にあきれてものが言えないね・・」
「・・うん」
「ジャニお兄ちゃんは馬鹿じゃなくて大馬鹿だったです」
「悪かったよ・・」
ひたすら平謝りするが、誠意が足りないだの、気持ちが籠って無いだのなかなか許して貰えない。
当然である。里中全員が心配したのだから。
敢えて痛む様に治療され、それでも尚長老の家に着くまで、ずっとみんなの文句が続く。




