プロローグ
プロローグ
皆さんは『ピーチボーイ』という物語をご存じだろうか?
チェリーボーイ? 違う違う・・・えっ? チェリーボーイを知らない?
あれは男性が30歳までDTを守り通す事ができると、魔法使いにジョブチェンジできるという事が詳細に記された、正にその頂の届かんとする者たちにとっては救いのヴァイブル・・ゴホンゴホン、すまない話が逸れてしまった。
『ピーチボーイ』という話しは、剣士である主人公が、ピーチという果実の神さまに特別な祝福を貰い、三匹の魔物をお供に連れて魔王を退治するという、大抵の子供なら親御さんから一度は聞かせて貰った事がある、有名な物語の事である。
では『漁師とタートル』という物語は如何だろうか?
これは漁師の主人公が、浜辺で魔物であるタートルの幼体を冒険者たちから助け出し、海へ逃がしたところから物語が始まる。
その幼体であったタートルは、しばらくすると神獣ホーリータートルとなって、「あなたには資格あり」と、この世の最後の楽園と言われる海底神殿へと案内され、贅を凝らした歓迎を受けるという有名な物語の事である。
あまり物語の紹介をするのは憚れるが、最後に『ウェストエンドストリー』は如何だろう?
これは主人公の修行僧が、四匹の魔物と共に世界を悪しき魔物たちから解放しながら旅をして、この世の果てにあるという神の住まいし地に赴き、まったく新しい魔法の原型である『光属性』というものを手に入れる。その上、手本として後に大環状道の基盤となる、魔物を退けた光の道を作って貰う物語の事である。
何故こんな話をしたかというと、主人公は剣士、漁師、修行僧となっているが、どの物語も魔物を従えているという事である。
物語が出来た当時は、勇者はもとより英雄と呼ばれる人物もほとんどいなかった。
しかし魔王と呼ばれる魔物たちを従える存在が誕生した。
魔物たちの勢いは増し徒党を組み、殆どの国を滅ぼし尽くす暗黒の時代だった。
そんな中、勢いづく魔物たちを従え、魔物を持って魔物を倒すという人々が現れた。
その人々こそ魔物使いと呼ばれる職業の人たちだった。
実はこれらの物語は、今や不遇職の代名詞とされる魔物使いの物語なのである。
この物語を聞いて、魔物使いを夢見る一人の少年が居た。
夢の見方が、皆と比べて少し斜め上に向かっているが・・。
彼は物心着いた頃には、既に両親は無く、教会の隣の孤児院で暮らしていた。
孤児院の生活は貧しく、大麦粥が一日に二度が普通であった。
孤児院の子供たちは誰しも、お金持ちになる事を夢見ていた。
彼もその一人だったが、少しだけ周りの大人の影響を受け過ぎていた。
井戸端で会議中のおばさんたちから、誰々の息子が、娘がパラサイトになったと聞く。
どうやら親に養って貰える職業らしいが、孤児の彼には無理な相談だった。
孤児院で作った雑貨を露店で売っていると、就学、就労、職業訓練のいずれも行わなくてもなれるニートと言う職業を知ったが、孤児院では勉強と労働は絶対だ。
最近、酔っぱらったオッチャンたちが、自分を磨き続ける事で、人に養ってもらえるヒモと言う職業がある事を教えて貰い、それを目指す事にしていた。
灰色の瞳、黒みがかった灰色の短い髪を持つその少年は、沢山の物語を読んで、魔物使いって魔物を働かせる楽な仕事じゃ無いかと考えていた。
そしてきちんと将来の設計を持った仲間たちと一緒に魔物使いの里へ行き、魔物使いの訓練を一生懸命こなして過ごした。
しかし魔物使いになれなかった。なれるのはたった一つ、召喚士だけだった。
召喚士。魔王を呼び、魔物の大氾濫を引き起こす世界の厄災。
召喚士にしかなれないと知った仲間たちは、彼を殺そうとした。
魔物使いには、召喚士を殺すという役割を持っていたから。
仲間たちから奇跡的に逃げ延びた先で、召喚士の師匠に知り合えた。
召喚士としての訓練を続けながら、仲間から遠く逃げるように旅をする。
そして師匠と別れ三カ月ほど経ったある日、不思議な体験をする。
一晩を求めた洞穴で少し目を離した隙に、突如階段が出来たのである。
念のため調査を決め、物理防御に優れたメタルタイガーと、魔法防御に優れたシェルレオという魔物を【召喚】して先に階段を降りてもらう事にした。
物語はそこから始まる―
「悪いけど、先に進んでくれる」
((ウム))
メタルタイガーとシェルレオを先に階段を下りさせる。攻撃は受ける事は無い。
「何かある?」
((ヘヤ、イシ))
直ぐに応答がある。強い警戒感は伝わってこない。
「部屋と石がある・・。行って見るしかないか」
短剣を抜き一本を口に咥え、もう一本を左手に逆手で持つ。右手には背負い袋から取り出した炸裂玉を持つ。
炸裂玉とは大音響と閃光により、相手から逃げるための魔物使い必須のアイテムである。
ゆっくりと階段を下りて行く。
10段ほどの階段を降り切ると、そこは四角い部屋だった。
大きさは横幅、高さ、奥行き共に10キュビット(480cm)程で、壁や天井、床が光りを放ち部屋全体を照らしていた。
キュビットは長さの単位の一つで、指先から肘までの長さ(48cm)で表される。
他に人差し指から小指までくっつけた長さ(8cm)のパルムがある。
部屋の真ん中には、一抱えほどの紫色の水晶の様な物が台座に安置されている。
水晶は鼓動するかの様に明るくなったり暗くなったりを繰り返している。
サッと辺りを確認するが、出入り口は後ろの階段しかない様に見える。
水晶の様な物を調べるしかないかと覚悟を決め一歩前へ出る。
『あらあら、いらっしゃーい』
「!?」
突然頭の中に響く声に驚き、あまりの懐かしさに思わず笑みがこぼれる。
水晶の様な物を手にしようと一歩近づく。
『いい子ね。怖くないから、傍にいらっしゃい』
「この声は君かい?」
妙にフレンドリーな物言いに、声を掛けてみる。
不意に声が途絶える。変に思い更に一歩近づく。
『初めまして。人間さん? かしらね』
再び声というか、挨拶と疑問形が返って来る。応えがあるとは思わなかったのだろうか。
言葉の内容からは、自分に対して好意を感じる。
メタルタイガーとシェルレオを洞穴まで戻らせ、自分も階段の所まで下がる。
『あらぁ? どうして下がっちゃうの?』
「いきなり魔物をけしかけたから、驚かせたかと思って」
『ありがとう。でも大丈夫よ』
折角、好意を感じるのに魔物が居てはと思ったが、逆に離れた事で戸惑っている様だ。
もう一度、声の主であるか尋ねてみる。
「この声は君かい?」
『どの声の事かわからないけど。そうね、多分ワタシよ』
何だろう俺自身との会話が嬉しいという感じが伝わってくる。
「俺の名前はジャニ。
さっきも言ったけど、キミと争うつもりは無いんだ。
出来れば君の名前を教えて欲しい」
自分なりに出来るだけ優しいと思われるように、ニッコリと微笑むと頷いて自己紹介する。
『争うって・・、まぁいいわ。名前は無いのよ』
水晶の様な物から意外な答えが返って来る。あの石かと思ったが・・違うようだ。
「じゃあ、君は何者なんだい?」
俺は少し当てが外れ、難しい顔をして質問をしてしまう。
少し、ほんの少しだけ間が開いて答えが返ってくる。
『ダンジョンコア・・らしいわ』
「えっ!?」
ダンジョンコアって? あの石、つまり魂の結晶では無く? 予想外の出来事に呆然としてしまう。
これが俺の長く世話になるダンジョン(自宅)の主との出会いだった。