(その二十) 第一のワナa
山本さんがいよいよ行動に…
朝から小雨が降っている。小学校には独特の匂いが立ちこめていた。まさに雨の日の学校の匂いだ。
「おはよう!」
「おはよう! 雨はいやよね」
「おっす!」
下駄箱の所で傘を置き、上履きに履き替えて教室に向かう。傘置きに置かれた傘は、どもれが新品だ。上履きだってまだ真新しい。
「オッ、一年坊主、クソ坊主! いいねえ、フレッシュで!」
今年二年生になったばかりの子たちが、去年言われたお返しとばかりに、そう言い放っては駆けて行く。 一年生たちは恥ずかしそうに教室に急ぐ。見てろよ、来年は自分たちがそうしてやるから、と密かに胸に誓いながら。
「おはよう」
「あ、おはよう美小子ちゃん、恵子ちゃん。ねえ、ちょっとあれ見てよ」
「え? 山本さんが、どうかしたの?」
席に着いてる山本さんを取り囲むように、女の子たちが集まっている。
「ねえ、大丈夫なの」
「痛くない?」
「うん。まだ少し痛い。でも大丈夫だよ」
そう答える山本さんは、頬に大きなばんそうこうを貼ってる。色白できゃしゃな山本さんは、それだけで大事故にあったみたいに見える。
「ねえ、あれ、どうしたの?」
恵子ちゃんがそばにいた女の子の一人をつかまえて、そう訊ねた。
「うん、なんでも誰かにいきなり殴られたらしいよ。昨日の放課後だって」
「えー? どういうこと?」
そこにマユミちゃんが近寄ってきた。
「あれね、闇討ちにあったんだよ。ほら、山本さんてカワイイでしょ? だからそれが気に入らない子がやったんでしょ!」
周りに聞こえるように、わざと大きな声でそう言った。それから美小子の方を見て
「誰がとは言わないけど、きっとブスがやったのよ! 山本さんかわいそう!」
そう言い放つと、山本さんのそばに戻っていった。
「え? 何よ、それ? 今の言い方じゃ、まるで美小子ちゃんが何かをしたみたいじゃないの! ちょっと、あなた、なんとか言いなさいよ!」
恵子ちゃんがマユミちゃんにくってかかった。
「別にそんなつもりはないわ。ただ、事実を言っただけ!」
薄ら笑いを浮かべるその顔が、憎々しげだ。
「ちょっと! アンタね!」
今の言葉を聞いて、我慢が出来なくなった。血相を変え、つかみかかっていった。
「ねえ。恵子ちゃん、やめてよ。わたしだったらなんとも思ってないから」
二人の間に割って入った美小子は、そう取りなした。
でも、この時の美小子は、二重に傷ついていたんだ。もちろん、このいわれ無き中傷。それにもう一つは、恵子ちゃんが自分を庇ってくれたとはいえ、ブスがやったイコール美小子、という形をすぐに思い浮かべたことだ。だって、マユミちゃんは一言も美小子という言葉は出してないんだから。もちろん恵子ちゃんに悪気があったわけじゃないことは分かる。でも、やっぱり傷ついた。普段仲良くしてる味方だから、何気ない時に出るこんなコトが余計に痛い。
「ホントにアンタは。いい加減にしなさいよ」
未だ怒りが収まらない恵子ちゃんは、マユミちゃんをちょんと突き飛ばした。と、マユミちゃんは派手に転んだんだ。もちろんわざとね。
「あー、ちょっとやり過ぎ」
「あ、血が出てる! ひどい!」
「早く、保健室に!」
こうしてマユミちゃんは、山本さんに連れられて保健室に向かった。道すがら、二人は作戦の成果を讃え合っていた。
「うん、今のはよかったわ。アンタ、いい芝居するじゃないの」
「はい、ありがとうございます。ところで神隠しの方は?」
「ああ、あれはポチ共がやることになってるから。まあ、仕上げをご覧じろ、よ」
クククッと二人は小さく笑ったんだ。
ところでこのポチ共というのは、スズキ君、サトウ君、タナカ君のことだ。山本さんは、彼らのいないところではそう呼んでいたんだね。これだけで彼女が彼らをどう思っているのかが分かるだろう? それから、神隠しというのは、マユミちゃんが提案した、持ち物を隠してしまう作戦のことだ。
まさにその頃、それは行われていた。
「よし、この傘で間違いないな。これが美小子の。これがマユミちゃんの。それから、これが山本さんの」
スズキ君が三本の傘を、サトウ君に手渡した。
「これを始末してこい。いいか?誰にも見られるんじゃないぞ」
「おう!」
「え? これ三本ともですか?だってこっちの二本はマユミちゃんのと山本さんのじゃ?」
二本の傘を不思議そうに見てるタナカ君だ。
「バカだな。山本さんたちのも無くなれば、絶対に彼女らは疑われないだろ。これは了承済みなんだよ」
「ふーん、まあよく分かんないけど、分かりました。始末してきます」
そう言うとタナカ君は、サトウ君の後を追って駆け出していった。
さて、山本さんとマユミちゃんがいなくなった後の教室では、もうひと騒動あったんだ。恵子ちゃんがケガをさせたということで、謝りに行く、行かないという問題だ。
「わたし絶対に謝ったりしないから。だって、悪いのはあいつだもの。そうでしょ? 美小子ちゃん?」
「う、うん。でもね、ケガをさせたんなら謝らなくちゃ。わたしも一緒に行くから。ね?」
美小子がそう言っても、恵子ちゃんは頑として首を縦に振らなかった。
「ねえ、一応様子だけでも見に行った方がいいんじゃない?」
他の女の子たちもそう言ってる。が、かえってそれがますます恵子ちゃんを頑なにする。元々頑固なところがある恵子ちゃんだ。気弱だった面影は、今では見ることが出来ないくらいに彼女は強くなってる。これも美小子の影響だということを美小子は知らない。
その時、ベルが鳴って先生が教室に入って来た。ざわめいてるみんなを見て事情を聞き、また慌てた。
【また、美小子ちゃんが原因なの? 問題児だわね】
みか先生の中では、【美小子がブスということをからかわれ、怒った美小子が山本さんを殴りケガをさせた。それをいさめたマユミちゃんを、美小子の子分である恵子ちゃんが突き飛ばした】という構図が出来上がってしまっていたんだ。
「はい、みんな席について。ちょっと様子を見に行ってきますからおとなしくしててね」
保健室に行き、保健の先生から詳しい話を聞いた。
「ええ、ケガはしてませんよ。え? あの赤いのはマジックですよ。持ってたマジックがついたんでしょ?それからこっちの子の頬のばんそうこう。あれもただのアクセサリーのようですよ。詳しいことは先生が聞いて下さい」
「はい…」
そうは言ったものの、みか先生は訳が分からなかった。山本さんに聞いても
「ああ、このばんそうこうは、昨日ニキビが出そうになったからつけたんです。せっかくつけたんだからもう少しつけときますね」
そう言われてしまった。
教室に帰ると、みんなの前でミカ先生が神妙な顔をして言った。
「マユミちゃんのケガは大したことはありませんでした。じゃ、マユミちゃん、恵子ちゃん、ここで仲直りの握手をして下さい」
これがみか先生のとった解決策だった。小さな子だからこれで総て解決よ。大丈夫。そう思ったんだな。
「ほら、恵子ちゃん、早くしなさい」
マユミちゃんは堂々とした態度で恵子ちゃんを待っている。恵子ちゃんは美小子の方をちらっと見てから渋々握手をした。でも、その目から、涙が一筋、頬を伝わって流れた。それをキッカケとするように、恵子ちゃんは泣き出した。教室中に響くような、大きな声で。
「ねえ、どうしたの恵子ちゃん?」
みか先生はますます混乱した。恵子ちゃんは
【美小子ちゃんのバカ! どうしてあの二人に反撃をしないのよ! わたし一人がバカみたいじゃないの!】
ただそれが悔しくて、いつまでも泣きやむことが出来なかったんだ。
朝からそんな事件のあった日ではあるけれど、時間は刻々と過ぎていった。時間は生きている限り、誰にでも平等だ。滅多にない、神様がくれた同一条件だろうね。
帰りの会が終わり、放課後になった。
「ねえ、恵子ちゃん。何を怒ってるのよ。ねえ」
いつもは美小子に対して笑顔の多い恵子ちゃんが、今日は一日ムスッとしてる。まあ、彼女にしてみたら無理もないよね。
「ねえ、恵子ちゃん、ほら、この顔どう?」
美小子は両手を使って顔を伸ばし、目をパチパチさせておどけてみた。
「…」
「うん? 面白くないか。じゃ、これはどうかな?」
今度は後ろ向きになって両足を開き、その間から顔をのぞかせて舌を出した。
「ふふふっ、美小子ちゃんたら」
やっと恵子ちゃんが笑った。ほっとした。
「帰ろうか?」
「うん」
それ以上言葉は交わさなかったけれど、二人はいつもの二人に戻ったようだ。




