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(その一) 美小子

美小子、登場!

 みか先生がそう言ってみんなを見回した時の顔を、彼女は今でもハッキリ覚えてる。あれはもう一年前のことになるんだ。その誇らしげな顔を何度も見るのが嫌で、彼女は窓の外を眺めてた。淡いピンクの花びらが風に舞っていたっけ。

 そして今も同じ光景が繰り返されてる。なま暖かい風が吹く度に、花びらは風に乗って、屋根に、道に、ピンクの色彩を施す。どっちかって言うと落書きに近い彩りをね。でも、それを嫌う人は少ないんだろうな。

 桜、サクラ。みんなはこの花が素敵だって言うけど、彼女はあまり好きじゃない。確かに満開で、ここぞとばかりに咲き誇る時は美しいと思う。でも、咲いたそばから散り始め、後には変色してしなびた花びらが、道路脇の側溝なんかに溜まってるのを見ると哀しくなる。なぜだか無性に哀しくなる。

 散り際が潔いって喜ぶ人がいるけど、彼女にはそうは思えない。慎重に計画を巡らせ、どうしたら見る人の心に残るのかを計算しつくした、したたかさを感じるからだ。桜の木の根本には死体が埋まってるって言った人がいるそうだけど、ホントかも知れないって彼女は思う。サクラは思いが強過ぎる樹って気がする。

 前に、花屋の恵子ちゃんから、花にはどの花にも『花言葉』というものがあるのよ、と教えてもらった。ちなみにサクラはなんていうの? と聞いたら『優れた美人』『豊かな教養』『淡白』『気まぐれ』よと笑った。ふーん、やっぱりか、と思った。

 それよりも、彼女は梅の花が好きだ。痛いほどの冷たい空気の中で、灰色の世界にぽっと紅を差す梅。最初の一歩。早春を告げる清々しく甘い香り。それでいてワタシを見てよ! ワタシはここよ! って感じがしないのがいい、と彼女は思う。梅が好きなのは、自己主張し過ぎる桜より慎ましく思えるからかな。花言葉は『澄んだ心』『独立』『高潔』だって。うん! 納得…


 さっきから、先生のお話も上の空で、窓の外をぼんやり眺めてる女の子がいる。周りのみんなはいつもより神妙な面持ちで、先生のお話に耳を傾けているというのに。

 この子が、このお話の主人公、美小子。これで【みさこ】と読むんだ。

 彼女は、この春から小学二年生になった女の子だ。家族構成は、サラリーマンの父さん、専業主婦の母さん、幼稚園に通う弟、そして彼女の四人家族。家は駅のそばにある築二十年の一軒家。どこにでもいる、地方都市の、ごく普通の子供だ。

 でも、美小子にはみんなと違うところがある。細かく言ったらキリが無い位だけど、大きく分けたら二つほどね。

 一つ目は、年の割に年寄り臭いところ。美小子は子供らしくない。これはいつもみんなから言われてる。

 二つ目は、これが美小子を今の彼女にしている一番の問題。大問題だ。でも、これは人からは表だって言われることはない。彼女もそれを気にしてないって思われようと努めてる。

 何それ? そんなの変だよって思うかも知れないけど、続きを見れば分かってもらえると思う。

 それは…見た目の問題! そう、美小子の他の人との一番の違うところは、『ブス』ってところだ。あ、この場合のブスだけど、カワイイ子が照れ隠しや謙遜していうレベルじゃない。ほら、よくあるでしょ?

「君カワイイねぇ」

「え〜、そんな事ないですぅ。わたしってば、ブスですよぅ」

 なんて状況が。そんな子ははじめは伏し目がちに、でもホントは自信満々で、すぐに顔を上げてにっこりと笑うんだ。

 へん、美小子から言わせれば、そんな奴はホントにブスになってみろってんだ。ホントのブスは、自分から『わたしはブス』って言う時、よほどの覚悟と決意が必要なんだから。

 そう、美小子は正真正銘のブスなんだ。そう自分で認めてしまっているから、誰が何て言おうがブスなんだ。

 そしてこれが美小子を美小子たらしめてる総ての原因でもある。

 ぶす。ブス。文字にしてみたらたった二文字。ひらがなでもカタカナでも単純な字のかたち。でも、この言葉が彼女には重大な意味を持つんだ。ううん、そんな単純な言葉じゃ足りないほどの大きな意味をね。

 ブス。彼女にいつもつきまとうこの言葉。直接言われても言われなくても、それは変わらない。今ではあまりに身近すぎて、時々その意味合いすらも分からなくなる。あたかも呼吸をするのに、普段は意識しないようにね。でも、改めて呼吸を意識すると、空気を吸ったり吐いたり、こんなのいつもしてたっけ? と分からなくなることもあるでしょ。

 ブスって何? わたしってブス? ブスがわたし? ブスって言葉は使っちゃいけないの? 悪口? 謙遜? 心もブス? ブスなんていないの? 建前と本音? ブスって?

 そんな時、美小子は辞書を開く。父さんの持ってる一番大きな辞書を。誰も居ない時にだけ行う彼女の儀式だ。

 その黒い背表紙の大きな本を本棚からやっとの思いで引っ張り出し、テーブルの上に置く。それから『ふ』の所を開く。すると自然に開いてしまうページがある。何度も何度も同じページを開いているから。心なしか、そのページだけ黄ばんで見える。その一番上の段にその言葉がある。

【ぶす】(醜女) 容姿の醜い女。まずい女。

 なんてストレートな表現だろう。そこにはヘンな思惑が無いから、気分が良いくらいだ。単純明快、スッキリさっぱり。

 そう、美小子はブスだ。人生よわいわずかにして、自分がブスであることを認めてしまった。美小子は思う。だって事実は隠しようがない。鏡は嘘をつかないし、美小子を初めて見た人たちは、みんな同じ様な反応をするから。

 あ、でもね、さっきも言ったように表立って、つまり簡単に言えば、面と向かって美小子に

「お前ブスだなぁ」

って言う人は滅多にいない。当たり前だよね、今時そんなことを言ったら大問題になっちゃうもの。建前では『みんな平等。仲良く。外見で人を判断してはいけません』だからね。

 一年前、みか先生が一年生になったばかりのみんなの前でお話ししたのは、美小子が『ブス』ってからかわれたと知った直後だった。男の子たちとふざけて騒いでいたところを、先生が、目撃しちゃったんだ。

 その時のみか先生の驚きようと言ったら。美小子の方が心配になっちゃうくらいだったっけ。

 先生が来る前の美小子と言えば、いつもの様に

「私がブス? そうでーす! ブスでーす。ほら、珍しいでしょ? こんな顔。良かったねえ、アンタたち。お金も払わずに面白いもんが見られてさ。ほれ、どうだ、スゴイだろ!」

って踊ってた。表情を変えて、口を突き出したりして。

 実はこれ、幼稚園時代からの彼女の得意技だ。『タコ踊り』って言うのかな? ま、もっともなじみのみんなは『ブス踊り』って呼んでいるけど。ホントは、これが出来るようになるまでの美小子の心の葛藤には、大河小説が二・三冊書けるくらいのプロセスがあるんだけどね。

 けれども。そんな事はおくびにも出さずに美小子は踊る。はやしたて、笑い転げる男の子たち。

 そんな時の、みか先生のご登場と相成ったから、場の空気は一変しちゃったんだ。それで、すぐに先生の、冒頭のあのお話が始まったって訳。最後には、『外見で人を判断してはいけません。みんな平等。仲良く』って説明された。でも、これって建前だって美小子には分かってた。今さらなによ、って考えてた。


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