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(その十三) 嫌われないブス・好かれるブス

嫌われないブス、好かれるブス、結局それって…

 真冬にはもう暗かった時間も、春になるとまだ明るく感じられる。美小子の部屋の窓からも、西日が射し込んでくる。オレンジ色の光は、部屋を暖かく感じさせてくれる。

 立ち上がり、窓の外を眺めながら

「好かれるブスってな、色々あるんや。それこそキリがないくらいにな」

 そう言った美子ちゃんは、オレンジ色の光に包まれてるみたいだ。美小子は、あ、なんだかキレイだな、と、ふと思った。

「けど、その前にや、嫌われないブスを考えなあかん」

 くるっと振り向いた美子ちゃんはいつもの美子ちゃんで、美小子はほっとする。そんな自分が恥ずかしく、わざと目を伏せて尋ねる美小子だ。

「好かれるブスの前に嫌われないブスを考えるの?」

 もとのように座り直した美子ちゃんは、

「そうや。何事もステップを踏んで一歩ずつや。まずは基本中の基本」

「はい、先生」

 おどけた美小子に合わせるように

「よっしゃ。美小子君、よく聞くようにな」

 こうして美子ちゃんはいくつかのことを説明してくれたんだ。

 その一。まず、何よりもブスは清潔にすること。ただでさえ不細工なのだから、小綺麗にするのは当たり前。それで初めて普通の子と同じに見える。

「ふ〜ん、なるほどね。ブスはより清潔、小綺麗にして初めて普通の子と同じに見える、か。気をつけようっと」

 どうせブスだからと、身の回りに無関心だったコトもあった。今思うと、スゴイ事になってたと思う。あれじゃ嫌われて当たり前だ。

 その二。小綺麗だといっても派手な格好は避ける。だが、笑いを取りに行くのなら、この限りではない。

「うん。ブスが派手な格好をしても、余計におかしいもんね。でも、その後の意味が分かんないな」

 そう言う美小子に

「ほれ、ピエロがお客を笑わす為に派手な衣装着たり、化粧したりするやろ? まあ、そんな意味合いや。ブスが相手を笑わす為にわざと派手な服を着てみる、まあ、そんな裏技もあるってこっちゃな」

 自分をも納得させるように説明する、美子ちゃんだ。

 その三。ブスはなるべく暗い顔をしないこと。無理矢理笑うことはないが、いつも笑顔を心掛ける。

「これはな、三つの中では一番大切なんや。一と二は見た目の問題やろ? けど、これは態度、心掛けの問題や」

「暗い顔をしないで、いつも笑顔、か。これ、むずかしいね」

 最近やっと笑顔がでてきたレベルの美小子には、とてつもなく難しく思える。

「なに、そうでもないで。気の持ちようやから。気を楽に、明るく考えればいいんや。何事にもな。そうすれば、暗い顔は消えて、自然と笑顔が出てくるもんや」

「あ、そうだ、何でもものの考えよう。気の持ちようで何とでもなる。人間、所詮はクソ袋、美人は三日で飽きるがブスは三日で慣れる、だもんね。気楽でいいんだ」

 すっかり気に入った言葉たちが、美小子を励ましてくれる。

「さて、美小子君、以上の三つが嫌われないブスのための基本中の基本や。で、次は」

「先生! 好かれるブスの為の、ですね?」

 美子ちゃんを見つめるそのまなざしは、輝きを増している。

「うん。けどな、これはさっきも言ったように色々あるんや。どうしてかと言うとな、好きってコトは人それぞれやろ? せやから、人の数だけ違う好きがあるってこっちゃ」

 美小子は少し考えてから、

「う〜ん。じゃ、やっぱりキリが無いじゃないですか。ねえ先生?」

「けどな、やっぱり基本があるねん。それさえ守ってたら何とかなる」

 キッパリ答える美子ちゃんだ。

「それは何ですか? 先生お願いします。教えて下さい!」

 沢山の人に好かれるブスの基本って、いったい何だろう?きっとものスゴイ条件に違いない。美小子はドキドキで一杯になる。

「うん。それはな、たった一つなんやで」

「一つだけ?」

 勿体ぶって、ほんの少しじらす素振りを見せてから

「好かれるブスになるには、相手を思いやること、や」

 そう言うと、窓の外に目をやる美子ちゃんだ。眩しいほどの西日は大分傾き、空にはオレンジ色の中に、ピンクや薄紫の雲も混ざり始めた。

「明日もいい天気やで」

 そんな美子ちゃんの独り言を聞きながら美小子は目を閉じる。

【相手を思いやること? それって気持ちの問題だよね? それが好かれるブスになるための基本? う〜ん。けど、それって何も好かれるブスの為の、でなくてもいいんじゃないかな? って言うより、好かれる人になるための基本だよね…好かれるブス。好かれる人。相手を思いやる。気持ちの問題。う〜ん…あ! 待てよ! ブスはあくまでも見た目の問題だったよね。三日で飽きられた美人と、三日で慣れたブスが、判断されるとしたら…? あっ! 見た目よりも、気持ちの方が大切ってコト?】

 ここまで考えて、美小子は分からなくなった。人間は気持ちがより大切? だとすると、これまでブスで悩んでいた自分は何だったんだろう? でも、あの悩みは真剣だった。

 もしも。ポプラ組のみんなが全員、あの、茶色の紙袋をかぶっていたら? ううん、世の中の、総ての人がかぶっていたら?

 突き詰めたら人間は所詮はクソ袋や。美子ちゃんの声が響く。

 美人は三日で飽きるがブスは三日で慣れる。見たこともないおじさんがそう言って笑った。

「なあ、美小子ちゃんたら! なにボーっとしてんねん!」

 この声で我に返った。

「あ、ゴメン。考えごとしてた。何だっけ?」

 その顔を見て、美子ちゃんは首を振った。

「ええねん。何でもあらへん。その顔を見たら、理屈はもうええわ。何にしろや、楽しく行こうや!」

 そう言ってから背伸びをして、美子ちゃんは笑った。それから一言、ちょっと見ててや、と言いながら踊り出した。体をくねらせながら、口をつきだし、表情を変えて。

「なあ、オモロイやろ? これ、ブス踊りっていうねん」

 踊りながら美子ちゃんが続ける。

「面と向かってこのブス! って言われた時にな、は〜い。ブスで〜す! って踊ってやるねん。ハッ、ほれ、よっ!」

「うわースゴイね。うん、面白いよ。その表情が特にいいね!」

 美小子も思わず引き込まれるほど、その踊りは堂に入ってる。

「ハハッ、これもブスの強みやな。ほれ、美小子ちゃんも踊ってみ?」

「え〜、わたし? 出来ないよ」

「ええから、やってみって。楽しいから!」

「うん!」

 まねをして踊ってみた。表情も自分なりに変えてみた。

「どう? こんなんで?」

「うまいうまい! ハハハ、うちより才能あるんやないか? そう、その調子や!」

 ほめられたせいもあるのか、楽しくなってきた。頬も、体も熱くなってくる。

♪『踊らぬブスより踊るブス うちもアンタもおんなじブスなら 踊ってみようか ブス踊り はいはいはいの よ〜いの よい』♪

 美子ちゃんが歌い出した。美小子も続けて歌ってみる。

♪『踊らぬブスより踊るブス うちもアンタもおんなじブスなら 踊ってみようか ブス踊り はいはいはいの よ〜いの よい』♪

 二人は踊り続けた。窓の外はようやく薄暗くなってきた。

「美小子、晩ご飯ですよ」

 階段の下から母さんの声が聞こえる。

「え? もうそんな時間やの? うち、帰らなあかんわ」

 美子ちゃんはあわてて身支度を整え始めた。

「美子ちゃん、よかったらうちで晩ご飯食べてかない? みんなにも紹介するからさ」

 これまで何度か遊びに来ていた美子ちゃんだけど、みんなには紹介してなかったことをふと思いだした美小子は、そう誘ってみた。みんなもこんな美子ちゃんなら大喜びだと思う。

「美小子、早くしなさい! ご飯さめちゃうわよ!」

「は〜い、ちょっと待ってよ! ねえ、美子ちゃん、今お母さんに言ってくるから、ちょっと待っててね」

「ええって! なあ、美小子ちゃんたら」

 そんな美子ちゃんの声にも構わず階段を駆け下りた。

「ねえ、母さん、今お友だちが来てるの。とってもいい子で、仲良しなんだ。それでね、夕ご飯一緒にどうかなって思うんだけど」

 母さんはこれを聞いて目を輝かせた。

【これまでふさぎ気味だった美小子が、こんなにも嬉しそうな顔をして、友だちのことを話すなんて。しかも夕ご飯を一緒にだなんて。最近少しずつ笑顔を見せるようになったのは、その子のお陰に違いないわ。あ、でもヘンねえ、今日、お友だちが来てるなんてまったく気づかなかったわ。まあ小さい子は目につきにくいからね。ようし、あと二・三品おかずを追加しよう。父さんの晩酌用のおつまみを流用すれば何とかなるわ】

 そう思った母さんはニッコリすると

「大歓迎よ。早速呼んできなさい。今日はご馳走だからね」

 うん、と嬉しそうに返事をして掛け出してゆく娘を見ながら、母さんも嬉しかった。涙が溢れた。娘のことが心配で眠れなかった日々が、遠くに過ぎ去ってゆくような気がした。

「あれ? 美子ちゃん! 美子ちゃんったら!」

 美小子が大きな声を出してるのに母さんが気づいた。

「ねえ、どうしたの? お友だちは?」

 階段の下から声を掛けた。美小子は今にも泣き出しそうな顔をして

「うん。帰っちゃったみたい。そう言えば、急いでたみたいだから」

「そう。それじゃ仕方がないわね。また今度ね。いつでもいいから都合のいい時にね」

「うん」

 美小子はそう返事をしたが、不満だった。

【わたしに何も言わないで帰っちゃうなんてひどいよ。明日幼稚園でとっちめてやらなくちゃ。そうだ、美子ちゃんの都合のいい日を聞くのも忘れないようにしなくっちゃね。それから、今日の踊り、あれも二人でやってみよう。ポプラ組のみんなも、マサ先生もビックリするぞ】

 明日の来るのが待ち遠しいなんて、久しぶりの美小子だった。気がつけば、自然と笑顔になってる。

「ねえ、美小子、やっぱり、母さんは笑顔の美小子が好きだな」

 美小子の顔をまじまじと見ながら、母さんが言った。

 そんな母さんにも早速踊りを見せてあげなくちゃ。

 そう思った美小子は踊り出した。母さんも、はじめはちょっぴり驚いたみたいだったけれど、すぐに笑い出した。涙まで流して。光もまねをして踊ってる。

その日は随分遅くまで、笑い声が響いていた美小子の家だったんだよ。


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