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(その十二) 努力するブス

美子ちゃんが教えてくれる、努力するブスってなんだろう?

「美人はな、黙ってても、絵になるし、優しく見える。おまけに何か素敵なことを考えてるように見えるもんや。悔しいけどしゃーないわ」

 ホントに悔しそうな美子ちゃんは、おせんべいの袋をクシャっと握りつぶした。

「うん。どうしてかな。でも、わたしもそう思っちゃうな」

 美小子も不思議に思う。これまでに見てきたテレビや絵本、物語の影響なんだろうか。それとももっと他の理由があるんだろうか。やっぱり悔しいが仕方がない。

「ところがや。ブスが黙ってたらどうや? すねてる、ふくれてる、ひねくれてる。悪くしたら、何かを企んでるんやないか、くらいは思われてしまうわ。同じ風に黙っててもやで?」

 美子ちゃんの言葉に力が入ってきたのが分かる。きっと前に嫌な思いをしたコトがあるんだろう。

 うなずく美小子に美子ちゃんは続ける。

「ただ、黙ってること一つとっても、それだけの違いがあるんや。他のコトを言ってみたらキリがあらへん。美人とブスでは扱われ方もまったく違うんや。けどな。それもしゃーないのかも知れへん。そうされて当然と見えるんやから。誰のせいでもないわ。だからこそや」

「うん」

 一呼吸おいてから

「ブスは人一倍の努力が必要なんや」

 そう言うと美子ちゃんは、もう一口、おせんべいをバリッと噛んだんだ。

「ブスは人一倍の努力が必要、か。なんだか不公平だね」

 そう言った美小子に、美子ちゃんは真面目な顔で

「あんなぁ、不公平って言うけど、この世の中に公平なコトなんてそうそう無いで。みんなが公平、てことは、みんながまったく同じってコトやろ?」

「うん。そう言うことだね」

 少し考えてから答えた美小子に、美子ちゃんが続けた。

「大量生産のロボットじゃあるまいし、人は一人一人みんな違う。これは当たり前や。今、うちらが話してるブスってコトにしてもやで、これは一つのくくり、や」

「くくり?」

「うん。美人、ブスでの組分けってコトやな。うちらはブスのくくり。でな、例えば、これを、『足が速い』ってくくりで考えたらどうや?」

「え?」

「足が速いヤツもおれば、遅いヤツもおる。遅いヤツが速くなるためには、努力をせなあかんやろ?」

「うん。毎日走るとかね」

「せや。それもせんと、ただうらやましがってもダメってコトや。これを勉強の出来る出来へんで考えてみ?」

「うん。勉強の出来ない子は、出来るように練習する。出来ないことをただ嘆いていてもダメってコトでしょ?」

 うなずく美子ちゃん。

「そうや。足が遅いのは不公平や、勉強が出来ないのは不公平や、そんなコト言っててはキリがないわな。不公平は当たり前。そう思わなダメなんや」

「でもさ、練習すれば何とかなるコトとそうでないコトもあるんじゃない? だってブスは…」

 美小子の言葉を遮るように、美子ちゃんが答える。

「練習してもブスはなおらへんわ。あ、整形でもすれば、別やな。けど、今はそんなコトを言ってるのとは違う。なあ、美小子ちゃん、そもそも、ブスって何やと思う?」

 美小子はビックリした。今更そんなコトを聞かれるとは、思ってもみなかったからだ。

「ええと、ブスっていうのは…」

 改めて考えてみると、けっこう難しい。すぐに言葉に出てこない。

「美小子ちゃん、大きな辞書ある? 国語辞典みたいなヤツ」

 言われて父さんの部屋から、一番大きな辞書を引っ張り出してきた。背表紙の黒い、立派な辞書だ。

「それで【ブス】って引いてみ。あ、やり方は分かるか?」

「うん」

 辞書の引き方は、父さんのしてるのをよく見ていたので、何とかなった。

 時間をかけて、ようやく見つけた。

『ふ』の項目の中にあるページ。その一番上の段にあった、その言葉。

【ぶす】(醜女) 容姿の醜い女。まずい女。

「え? これ何て読むのかな? まずいおんな?」

 幼稚園の年長さんでは、ぱっと見て理解が出来ないのも当たり前だろう。辞書を引けただけでも大したものだ。美小子も女という漢字はどうやら理解できたんだけど、後はちんぷんかんぷんだ。

「うん、それな、ようしのみにくいおんな・まずいおんな・って読むねん」

 すらすらっと口にした美子ちゃんは、少し得意げだ。

「へえ、美子ちゃんスゴイね。頭いいんだ」

 その驚きように、あわてて手を振る。

「ちがう、ちがう。あのな、うち、それ、暗記してるねん」

「暗記?」

「うん。その辞書な、うちにもあるねん。でな、何度も何度もその言葉を引いては見てるから。もちろん読み方や意味は教えてもらったんやで」

 ちょっぴり恥ずかしそうにそう言うと、美子ちゃんは辞書を指さし

「本の、後ろから四分の一くらいの所。ページは二千二百四十五ページ。左側や。四つに分かれてる一番上の段。右から七つ目。左からやったら十一番目かな」

 言われた通りの所にあった。間違いない。

「意味はな、見た目が良くないおんなってコトや。当たり前やわな。ブスやから。けどな」

 美小子の目をじっと見てから

「それしか書いてないんやで」

 美子ちゃんは力強く言ったんだ。

「それ、どういうこと?」

 美小子はすぐに聞き返した。だって美子ちゃんの言わんとしてるコトが分からなかったからだ。

 美子ちゃんは嬉しそうに

「もしそこに【容姿がまずいおんなで心も貧しい。みんなから嫌われてる。根性も曲がってすくようがない・見た目と心は同じ】なんて書かれてたらアウトや。けど、そんなコトは一切書いてないんやで。ただ、見た目だけの話や」

「うん」

「だったら、ブスでも努力次第で、美人さん並の扱いを受けることも可能ってコトやわ」

「ブスは見た目だけ、か」

「そや。ただ、それだけ。よく心のブスってコトを言う人がおるやろ? 正確には、あれは間違い。だってブスは見た目だけのことやからな。心は見えへんやん。ええか? もう一度言うで。ブスって言葉は、あくまでも見た目だけのことなんや。もっとも、それが一番の悩み事でもあったんやけどな。けど、ものごとは考え方次第。見た目はブス、これはしゃーない。認めたる。けど、ブスでも嫌われないブス。好かれるブスになればいいんや」

「嫌われないブスに、好かれるブス?」

「うん。その為にも努力するブスでないとあかんねん」

辞書をばたっと閉めると、美子ちゃんはニカッと笑ったんだ。


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