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(その十) 美子ちゃん

美小子は美子ちゃんと心を触れ合わせ…

 ポプラ組は、最近笑い声が絶えない。その中心は美子ちゃんだ。

 今も彼女を囲んでみんなが笑ってる。

「ねえ、美子ちゃん、関西じゃ誰もが漫才が出来るってホントなの?」

「うん。漫才の基本はボケと突っ込みって言うんやけど、ボケたら、知らん人でもたいていは突っ込んでくれはるわ。大人でも子供でもな」

「へー、すごいんだ」

「だから、うちがした挨拶なんて、もう突っ込みがいがあるやろな」

「え? あの最初にしたヤツでしょ」

「うん。もう一度やってみよか?」

 そう言うと美子ちゃんは立ち上がった。

「あの〜、わたしは親の仕事の関係で、この町に引っ越してきました。名前は美子、美しい子と書いて【よしこ】といいます」

「その顔でか!」

 すかさず、一人の子が突っ込みを入れる。

「そうそう、うまいうまい。そんな感じや」

 みんなは一斉に吹き出した。笑顔でいっぱいになる。でも、中には心配そうな顔をした子もいたんだよね。おまけに辺りをキョロキョロうかがい始めたから、美子ちゃんがヘンに思うのも当たり前だった。

「なあ、どないしたん? 何かあったんか?」

 美子ちゃんの疑問に答えたのは、あのヒロシくんだ。おまけに例の美小子を殺人犯にしちゃった子も口を挟んだから、話は大きくなっちゃったんだ。

 かくかくしかじか、だから美小子の前では、ブスとか顔の話は御法度だ! 二人は身振り手振りも交えて説明したんだ。

 美子ちゃんはフン、と鼻で笑うと

「アホらし。子供がそないなコトできるはずないやん。でも、あの子、美小子ちゃんていうんか。いっぺん話をしたいって思うてたんや。よっしゃ、いい機会や。ちょっといってくるわ」

 そう言うと美子ちゃんは、一人離れている美小子に近づいていったんだ。

 その時、美小子はいつもの様に机に突っ伏して腕を組み、その中に顔を入れていた。先生の目の届かない時は、やっぱりこれまでの癖は抜けないんだね。そしてあることを考えていた。それはまさに美子ちゃんのことだったんだな。

【あの美子ちゃんて子は、他の子とは違う。自分でも言ってる通りにあの子は美人じゃない。ううん、ハッキリ言えば、ブスのほうだ。でも、見ていてイヤな気持ちはしない。それに、いつも笑ってる。これはどうしてだろう…】

【美小子、あいつはね、自分がブスってコトにホントは気づいてないんだよ。だから平気で自分のことがブスって言えるのさ。そうでなけりゃ…】

 悪魔の美小子がそんな風に素っ気なく答える。

【そうだよね。あの子も自分のブスから逃げてるんだ。きっとそうだ。無いことにしちゃえば、それは無いと同じコトなんだから。でも…ホントはあるんだ。その事実から目をそらしてるんだ】

【そうだよ。そっちのほうが幸せかもね。でも美小子、お前は知ってしまったんだ。だからこんな思いをすることになるのさ】

 悪魔の美小子が含み笑いをしながらそう答える。

【彼女が笑えるのは、知らないから?】

【そうだよ。もし知ってしまったら、笑えないね。今の美小子と同じようにさ】

 あ! と美小子は合点がいった様な気になる。

 と、突然、天使の美小子が反論した。

【そうかな? もし彼女がすべてを悟った上で笑えていたら? 美小子はどうするの?】

【なんだアンタ、まだここにいたの。随分おとなしかったから、消えちゃったのかと思った。で?】

 悪魔の美小子が欠伸をかみ殺しながらそう言った。

【だから! 美子ちゃんがすべてを悟った上で笑えていたら、どうするって聞いたのよ】

 天使の美小子の声は真剣だ。

【もしそうなら…教えて欲しいよ。あの笑顔の秘密を…】

 ジャッジ役の美小子はそう思う。

【バカだな。そんなわけないって】

【そんなの分からないわ!】

 天使と悪魔の二人の美小子が言い争いになる。

【もう! 二人ともちょっと黙っててよ! お願いだから…】

 ジャッジの美小子は両手で耳をふさぐ。

【美小子ってば…バカな子】

【美小子…自分で考えるのよ。考えることから逃げちゃダメよ…】

「ねえ、アンタ、美小子ちゃんていうんやろ?」

 突然声を掛けられた美小子は、現実に引き戻されたんだ。

 顔を上げると、美子ちゃんがニコニコしながら美小子を見つめていた。しばらくそうしていたかと思ったら、目を輝かせながら

「うん! 立派なブスや! 関西の友だちが知ったらうらやましがるわ!」

 そう言って美小子の肩を叩いたんだよ。

 固唾を飲んで、コトの成り行きを見守っていたみんなは、ウワッと思ったんだ。だって、美子ちゃんのしたことは、地雷をわざと踏んづけたようなもんだったからね。あの、美小子を殺人犯にしちゃった子なんて、もう少しでお漏らしをするところだったんだよ。

 美小子も、しばらくは何を言われたのかが理解できない程だった。そう、予期せぬ出来事。まさに予想外の美子ちゃんの行動だったからね。

 あっけにとられた美小子をそのままに、美子ちゃんは続ける。

「アンタ、関西に来たら、その顔だけで人気もんやで。ネタには困らへんからな。けどなぁ、うちもアンタに負けてへんでぇ。この顔、スゴイやろ? 何と言ってもこの歯がチャームポイントや。わざと整形したんやで。頭の後ろをトンカチで叩いてなぁ」

 これを聞いて、中の誰かがプッと吹き出した。小さい声で

「生まれつきだろ」

と、突っ込む者もいたんだ。これでその場の雰囲気は、緊張に満ちたものから一変した。

「ヤダ、美子ちゃんたら!」

「美子ってば、ホントに面白いなぁ」

 女の子も男の子も、笑顔になる。

 美小子はまた目を閉じて、天使と悪魔の美小子たちの声を聞いていた。

【美小子、アンタだって、前はみんなが笑ってるのが好きだったじゃない。笑顔は幸せの印、でしょ? 自分が笑顔なら他人も笑顔になれる。ね? そうだったでしょ?】

【美小子、今こそこいつにも思い知らせてやるんだ! 事実を突き付けてやるんだ。それでもまだ笑っていられるのかってね。ほら!】

【助けてよ…わたし分からない…】

【美小子、大丈夫。あの子なら大丈夫だから。ほら、美子ちゃんに助けてもらうのよ。言ってみて!】

【言えよ! それで、あの美子の化けの皮を剥がしてやるんだ! 美小子の苦しみをあいつにも味あわせてやるんだ!】

【大丈夫! 言うのよ!】

【言うんだ!】

 美小子の中を、天使と悪魔の声が突風となって吹き抜けた。瞬間、ジャッジの美小子は覚悟を決めたんだ。

 目を開けた美小子が、ついに口を開いた。

「ブス」

「ン?」

 美子ちゃんはきょとんとしてる。

「確かにわたしはホントのブスだ。でもね…」

【助けてよ!】

 祈りながら、でも、口から出るのはこの言葉だった。

「アンタもホントにブスなんだよ!」

 周りのみんなはこの言葉で静まり返ってしまった。美小子の声だけが響く。

「ふざけて、おちゃらけて、事実から目をそらすなんて卑怯だよ!」

 みんなには何の事か分からなかったかも知れない。でもね、美子ちゃんにはすべて分かっていたんだ。だからね、美子ちゃんは美小子を抱きしめたんだよ。

「それはちがう。うちは向きおうたんや。うちはホントのブスやってな。だから笑えるんやで」

 この美子ちゃんの言葉は、美小子の心にすーっと沁みていった。

 悪魔の美小子は、この言葉によって眠りについていくようでもあったんだね。

 涙がこぼれた。ずっと欲しかったものに手が掛かったような気がした。

「ねえ、美小子ちゃん、どうしちゃったの? ねえ?」

 駆け寄った恵子ちゃんが、心配して美小子の背中をさすってくれた。

「おい、美小子。強いお前が泣いたりしたらおかしいぜ。なあ、美小子」

 ポプラ組でまた一緒になった、あの力くんが、声を掛けてくれた。今では懐かしい声にも聞こえる。

 誰かがマサ先生を呼んできた。しばらくコトの成り行きを伺っていたマサ先生は、誰にともなく声を掛けたんだ。

「よかったわね」

 きょとんとしている子たちとは対照的に、美小子は声を上げて泣きだした。そんな美小子の大きな泣き声は、新しい美小子の産声のようにも聞こえたんだよ。


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