で~と、デート、誰と?!
事後。
けだるさを伴いつつも、温泉へと足をのばす。その途中、イサカが水蓮さんと何やら会話していた。興味が湧いたのでちょっとだけ小耳にはさもうかと、隠密モードに入り、情報収集へ。
「水蓮さんにお願いがあるのです」
「何でしょうか、イサカさん」
「私、明日、お弁当を作りたいので厨房の一部を貸していただけませんか」
まるで年頃の女の子が、ベテラン女将さんに相談事をしているみたいだな。
「あらあら、愛妻弁当かしら」
水蓮さんの一言に、ガラにもなくモジモジし始めたイサカが「……はい」と小声で認めた。
「妬けるわねぇ。良いわよ、好きな具材を使って旦那さんを喜ばせなさい」
「あ、ありがとうございますっ!」
ぱああっ、と光明でも射したかのようなイサカの顔を見届けて、中腰のまま、温泉へと向かった。そういえば、ふと思ったことだが、自分はいつイサカの旦那になったのだろう。まぁ、別にいいけどね。
大浴場にて。
時計で確認していないが時間帯は夜の2、3時だろうか。さすがに誰もいないであろうと思っていたが、奥で誰かの気配を察知した。
脱衣場のカゴを見渡し、1名のきちんと折り畳まれた衣服を確認した。
誰だろうか? パートナーズの匂いは記憶しているので、衣服に顔を埋めれば誰か分かるが、敢えてやる必要もないな。というか、かえってわからない方がドキドキするというもの。いざ、行かん!
「あ」
意気揚々として立ち上がりガラス戸を開けたら、いきなり桶が飛んできた。
「なかなかな挨拶じゃないか、シグ」
「うるさい、この覗き魔」
「このように隠すものは何もない。自分は風呂に入りに来たのだが?」
飛んできた桶を難なくキャッチして、桶ごと手のひらを振っておく。しかし、シグのうっすらと恥ずかしながらも鋭い視線はそのままだ。どこを見ているのか、視線の先を確認したら、しなびていたはずのキノコが、注目されて息を吹き返していた。
まぁ、アレだ。目の前に、必要最低限の部分すら隠す気のない美少女がデンッと突っ立っている。そして自分はジロジロと遠慮なく目の保養をしている。反応しない方がおかしい。
ヘクション。ヘクション。ヘ~~クョン!!
風呂に入りに来て、いまだに何もしていないので身体が冷えてきた。
「引き留めてて……悪かったな」
シグがバツの悪そうな顔つきで謝り、踵を返した。そして所定の位置に戻るや身体を洗いはじめた。自分も手頃な場所に座り、身を清めることにした。シグの隣で一緒に洗いっこするのもよかった気がしたが、冷えた身体は一刻も早く熱いお湯を浴びたがっていて、逆らうことが出来なかった。
距離はあるが、その後、シグと一緒に湯船に浸かった。
お湯の温もりを堪能していると、不意にシグから質問を受けた。
「そろそろこの国? に来た理由を教えてくれよ」
「そうだなぁ〜。あー、アレだ、ブラックチップ。覚えているか?」
「聡子さんの授業の時に、少し話になったな。確か悪魔が封印されてるんだよな?」
「そうだ。自分はこの国の技術力で彼らを甦らせるつもりでいる」
「甦らせてどうするんだよ?」
「当面は魔界に帰らせて、ルイの指揮下で魔界に駐留する勇者軍を撃滅させる方向」
「お前、47の悪魔の中じゃ、一番下なんだろ。言うこと聞かずに逃げられるって」
「まぁ、確かに序列外だから、その可能性が一番高いなぁ」
「だったら……」
「どんな悪魔もさ、復活直後は弱い……いや、本来の力を取り戻すのに時間がかかる――という話、聞いたことないか?」
「その言い方……」
「そうだ。倒して配下にして命令すれば解決! 簡単だろ?」
「簡単に言うけどさ、お前が止めをきちんと刺さなきゃ、オレ達のダメージだと殺してしまうんだぞ。その時が来たら、きちんと連携取れよ?」
「ああ、わかっている」
この会話についていけない人のために一応、補足しておこう。
自分は大昔、ある戦いに負けた際、さまざまな呪いをかけられた。その一つに【コロセズ】という呪いがあって、文字どおり、あらゆる生きている物の命を奪うことが出来なくなった。よって、何かの命を終わらせる場合、仲間の手を借りる必要があった。
よってシグとの会話で、彼女が気にしている点は、瀕死の相手への一撃を決める際、自分がパートナーズの誰よりも速く射撃を行えられるかどうかなのだ。ちなみに自分がブチ抜いた時の標的の状態は、『意識を刈り取られることなく大ケガして、身体に残った弾丸全てが排出し、穴ボコだらけの身体が撃たれる前の状態に戻っていく』のを、声がまともに上げられない痛みと共に理解させられる。ここからは蛇足だが、大半の連中は身体が戻ったと同時に意識を落とし、次に目覚めた頃は精神がぶっ壊れている。ごくまれに、意識はそのままに凄まじい形相でにらみ返して来る者もいる。経験上、前者は遺された関係者に、後者は本人に強く恨まれ、新たな復讐の連鎖となって跳ね返ってくる。
かつて平和の天使だった頃、『人間達が、争いのない平和な時代を作るにはどうするべきか?』というテーマのもと、『戦っても互いが死ななければ良いんじゃね?』と当時の神に提案して、不合格を貰ったが、今ならよく分かる。『戦っても互いを傷つけないように』? 答えはノーだ。そもそも答えなんかない。何故なら人間には互いを認め、高め合う気持ちはない。そんなモン、ラノベの主人公とその取り巻きぐらいだ。『戦う』のがダメなら規模を大きくして本人の代理で『争う』とか、毒殺や暗殺といった『戦う』以外の手段を考えて、追い落とすことには余念がない。
まぁ、その辺の小賢しい理屈を無視すれば、絶対に死なないという状態を保てるのは便利だ。幸いなことに、自分は悪魔だ。恨まれるのはいつものことだし、最近は、コレクションに安置していた数々の銃で『新たなパートナー』を入手出来たらなぁ~、の感覚でパンパン撃っている。
会話が一段落して、お互いに無言になる。
ヒマなので、シグの様子をガン見する。
シグはシグで何かを言いたそうで言えないでいる。決して湯中りだけではない、顔の紅潮加減を、ニマニマしながら見守っていたら、お湯をかけられた。そのままシグはバシャバシャとわざと水音を立てさせつつ、「〜〜〜〜!」とようやく心のうちを、言いきれた。
「良いとも」
「ホントか。じゃあ、早速確認するぞ……」
快諾すると、シグはすかさず明日のデートの日時を念押ししてきた。互いに言いあって、きちんと確認した。
「じゃあな、先に上がるぜ」
自分が明日のデートに必要な情報を、よどみなく答えられたことに満足したシグの去り際のステップは、非常に軽やかだった。
ー
翌日、約束の時間が近付いてきたので、シグよりも先に玄関口で待っておくことにした。こうすれば遅刻せす、むしろ遅れてきたシグをからかうことができる。
「マスター、お出かけですか?」
振り向くと、イサカがニコニコ顔でお弁当を手渡ししてきた。
「愛情を込めてあります。期待して下さいね」
うむ。今後の予定を知らない訳でもないのに、いつものような般若の形相が消え失せている。女神になって以降、イサカは嫉妬に対して寛容になった。何かを悟った?それにしても……
「できたてだな」
「ハイ。アツアツです」
「ではマジックボックスに収納しよう。冬ならともかく、常夏設定のタギリロンでは腐る……というか痛みやすいからな」
「なるほど。だから水蓮さんは、できたてのお弁当を冷ますことを助言してきたのですね」
「そういうこと」
自分とイサカは目と目をあわせて、微笑んだ。
チラリと周囲を一瞥してみる。シグはまだ姿を現さない。なので、イサカと軽くチューをした。
その後、互いにシグの気配を感じとり、イサカが店の奥へと引っ込んで、すれ違いにシグが現れた。
「おおっ!」
いつものメイド服ではなく、"オトコノコ"という言葉が思い浮かぶほどにこざっぱりした彼女の姿に驚きの声が漏れた。
「……どうだ?……お前の好みか?」
「やらないか」
「早すぎるわ(蹴)」
うっかり漏らした心の声に、いつもの蹴りがやってきた。しかし、スカートでない分、蹴りの速度がのびていたのだろう、いつもの受け身の直撃でややよろめいた。
バランスを取ろうとしたのか、シグが手を伸ばし、引っ張ってくれた。やや力が入っていたのか、今度は反動で持たれかかり、結果、抱きしめる形になった。
「ここで朝のチューも悪くない」
「バカ、止めろ。人が見ているんだぞ」
「海外では路チューなぞ普通」
「それはオマエの理屈だろう。オレは普通のデートを希望する!」
(普通のデート? ああ、以前、シグの部屋に用事があった際、チラリと見た少女マンガのような)
理解したので、シグから離れ、質問してみた。
「手を繋ぐ? それとも腕組み?」
「じゃ……手ぇ……」
シグか珍しく、言葉を詰まらせてモジモジしていた。
「ティー?」
「手繋ぎに決まってるだろ、最初は!」
このままだと日が暮れそうなので、鈍感を装って、シグを焚き付けた。
突き出されたシグの利き手を、優しく包むようにして握った。
思わず固まるシグの姿に苦笑しつつも、ようやくデートが始まった。