わが王国、タギリロン。
扉の向こう側は三途の川だった。
河守のカロンが、やってきた死者のまとまった数に頭をひねっている。
「最近、戦争があった国などなかったはずだがなぁ」
「やー、カロン。久しぶり」
「ほぉ、ベルフェゴールではないか。お前の仕業か?」
「ああ。自分の国に連れていって、鍛え直すためにな」
「鍛え直す、とはどういう意味だ、フェゴール」
シグが質問してきた。軽く頭を傾けて。イイね、そのしぐさ。
「そうだな。その前に、タギリロンの説明がまだだったな」
イサカ・聡子・ウィン・ベネリには既出の情報だが、元人間側のシグ・ベレッタ・ライカには初めてだったことをそういえば思い出した。ちなみにモナは興味がないことをはじめから明言しているので、頭数に入れていない。
タギリロン。
元々は小さな町クラスの規模しかなかったが、自分が転生神に命を狙われ始めたあたりから、思うところが出来て、豊穣神時代から仕える家臣たちを探し出し、自分の計画を伝え、お願いをして、地獄未満天国未満のあぶれた浮遊霊を中心にスカウトしてもらい、国つくりに参加させた。
つい最近、聡子が女神化したことにより、輪廻の束縛から解放されたわが妹アシェラトがフリーになったのを家臣たちから教えてもらい、直接交渉の末、タギリロンの統治を任せた。
地母神アシェラトの復活を機に、国家形成に血が通い、国は急速に発展していった。
現代人にはわからない感覚だろうが、古代人には信仰する神様が必要である。
神様もまた信仰する者の頭数が多いとそれだけに見合った力を取り戻すので、アシェラトの統治を機会に国が発展していくのは自然な流れであった。
さて、どんな国に育ったかというと、
「ばんのうこっか?」
万能国家。あらゆる分野に特化しまくって大局を見つめ直したら、4Cダイヤモンドのように魅力的でかつ剛性に優れた、ほかの死者の国では考えられない眩しい国になった。
「あらゆる分野って何だよ?」
軍事はもとより、信仰、魔術、芸術、学問、錬金、音楽、介護、農業、料理、風俗、電脳、アングラ、オタク文化etc……タギリロンは、様々な時代から流れてくる死者を余すところなく受け入れる国なので、時代が下るにつれて発達した文明と文化がいろいろと流入する。当然、分野のすそ野は際限なく広がり、最近は正直、何が何だかである。
「次は、『鍛え直す』の意味を知る番ですよぉ、ますたー」
指折り数える自分の姿に呆れるシグをよそに、ベレッタからの質問というより確認が来た。
そうだな、と頷いた自分は、目の前の志願者たちを前に語りかけることにした。
「ここに集った君たちは、勇者によって不幸にも人生を狂わされた者たちだ。
彼らの気まぐれで最愛の人を突然奪われたり、見せしめの罰で死ぬほどつらい思いをしてきた者もいるだろう」
霊体であるにもかかわらず、生前の記憶を呼び覚まされて表情を歪ませる者、発狂しそうになる寸前で生前ではかなわなかった親しい人たちの呼びかけがかかり、辛うじて気を取り直す者、おもむろに涙する者、死者の反応は様々である。
「だが、私の呼びかけに応じ、己を高めるための努力を怠らないという覚悟を決め、集まってくれた君たちに私は君たちを失望させないための準備は整えた。生前よりも強靭になれるかどうかは君たち次第だが、君たちが壁にぶつかって思い悩むことが起きた場合に限り、私は『力を貸すことを惜しまない』ことを約束しよう。『発見と創造の』魔神ベルフェゴールの名に誓って」
久しぶりに神の名称を用いたが、反応は良かった。ウケが良かったのは戦士系だった。
神官の彼女の目の前で、なぶり殺しに近い屈辱を与えられ、奴隷に落とされた奴なんかは特に。
「あ、あの」
と自分に対して、おずおずとしながらも語りかけてくる2人の神官の姿があった。
確か、2年前、自爆魔法で3人の勇者を道連れにした双子だったか。
「自害して、どこにも行けない私たちに声をかけてくれてありがとうございます」
自殺する者はたとえ生前どんなに徳を積んだ者であっても天国へは招かれない。かといって、この双子の生前業績は地獄にはふさわしくなく、まさに漂っていた。
もったいない精神が発動し、スカウトしたわけだが、初めは胡散臭がられた。
経験上、自分の場合、どんなに怪しく見せないでふるまっても、相手は必要以上に警戒するので、いったん離れた。
そして、ベレッタの確認報告の際に、ここに集った者たち&周囲から興味深そうに様子見する者を引き寄せるつもりで、わざわざ自分の存在をバラした。
魔神でもあるが、神は神である。
演説後、目と目が合ったとき、向こう側からの熱視線を感じた。
断る理由もない。諸手を挙げて招き入れ、今に至る。
「私の国に入国することは、今以上に自分を磨いて強くなる、ということだが、そのことに迷いはないのかな?」
「は、はい。異存ありません」
「でも、今以上、というのが自信ありません」
なるほど。生前情報によると彼女たちは、あの世界最高の神官だった。
「私から見たら、まだまだだな」
「なっ」
「タギリロンには、様々な分野があると同時に、様々な人種が住まう国でもある。
記憶している限りでは、神、古代龍、竜、魔神、魔王、天使、精霊、妖精、獣人、人間、電霊、機械人だったかな。
どうせなら、人間以外にも効果のある癒しの技を身につけてみてはどうかな?
何だったら、君たちの国では伝承に残るものの、姿の確認できない女神の下で薫陶を受けるというのもアリだが?」
神官2人が固まっている。
というよりも、理解が追い付いていないようにも思えた。
ちなみに、彼女たちの世界にいた女神が姿を見せないのにはワケがある。
早い話、自分以外の存在を認めない転生神によって抹殺された。
女神に限らず、軍神、医療の神、名だたる神はその名を資料に遺すのみで、姿を現すことはかなわなくなっている。
蛇足だが、これらの存在にもスカウトをしてみたら、思いのほか、上手くいった。
彼らはそれぞれの分野においての神を司ってもらい、覚悟を決めた死者たちが彼らを見て驚き、彼らに認められたくて頑張る。結果、タギリロンはますます盤石になった。
だが、まだまだだろう。
ボーーーーッ!!
ふと、遠くから汽笛の鳴る音が聞こえた。
待ち人からの合図に、つい目じりが下がる。
「フェゴール様、今回は腕を組んでみませんか?」
とイサカからアプローチがあった。
人前であるにもかかわらず、珍しい行動だったが、応じた。
しばらくすると、遠くから船が見えてきた。
だが、その船は自分が視線を感じたと思いきや、速度を増して駆けつけてきた。
程なくして、豪華巨大客船が姿を現した。
船名は『タイタニック・改』。んー、もう少しひねろよ、そこは。
それはともかく記憶にあるタイタニックはもとより、現実世界の豪華客船よりも規模が大きい気がする。
「お久しぶりですわ、お兄様」
と船に見とれていたら、声のする方向もとい船首に妹アシェラトの姿が見えた。
アシェラトは微笑みを一瞬だけこわばらせた後、すぐに機嫌を直したかに見えたが、まるで自殺でもするかのように船首の先端から落下した。
自分は、イサカと組んでいた腕を慌てて振りほどき、落下予測地点で無事妹をキャッチした。
すると、アシェラトが死に別れるとき以上に執拗に抱き付いてきた。
「寂しかったのですから、このぐらいのわがままはお許しください」
アシェラトを身代わりにして、逃げ延びた過去が実際にあるだけに、さきほどの無茶な行動に対して怒る気にもなれず、されるがままに抱きしめておいた。
と同時に射殺されるんじゃないかと思うような鋭い眼光が13人分背中に刺さる。
いつもの8人に、見習いの2人、新規加入したゲートキーパーの天使2人と、付喪神なりたての元奴隷出身の猫獣人娘1人に。
やー、前途多難だなー(棒)。