閑話 牛乳配達の青年は今日も手を合わせる。
おらー、牛乳配達やってる。
村から2日も離れたところのおっきな屋敷に牛乳を運んでいる。
まいにち、欠かさずだ。
何てったって、おらー、力があるし、あしもはやいからだ。
おらー、玄関のベルを鳴らすのが一番すきだ。
すこし待ったあとに、きれーなおねーさんがおらの牛乳を受け取りにくるからだ。
いつもいいにおいをしたおねーさんだ。
だけんども、おらー、知ってるだ。
おねーさんには男がいて、そいつの彼女だってことを。
ある日、おねーさんのかわりにそいつが玄関に来たことがある。
おらー、正直言うとすぐ帰りたがったけど、そいつがいろいろ聞いてきたんで、答えた。
牛乳を売るときのコツは、聞かれたことにまっとうにこたえること。
おらをつこうとるおっちゃんの言葉だ。
そいつはオラの言葉をいろいろ聞いた後、バッジをくれただ。
なんでも、これを身に付けていれば『勇者は相手をしなくなる』んだそうだ。
胡散臭い黒メガネで表情のわかんねーやつだけど、うそはついてる風ではなかっただ。
だから、だまされたつもりでバッジをつけてみた。
むらに帰ると、勇者のパーティーに出くわしただ。
いつもは、おらを見かけるやニヤニヤしながら、言葉をまねてバカにするんだけども、今日はおらの顔を見たら逃げた。
びくびくしながら空になった瓶を下ろす際もちょっかいをかけてくることはなかっただ。
生まれて初めて、ほかの先輩たちのようにまともに仕事ができて感激しただ。
その日からだただ。
仕事をきちんとやれることになったことをおっちゃんがみとめてくれて、おっちゃんの紹介でお見合いをすることになって、結婚して、子供が出来た。
おらはあの恩人さんにお礼を言いたくて毎日牛乳を運ぶけども、会うことはなかった。
おねーさんは相変わらずきれーだたけれども、うちのよめも負けてねー。かわいいだ。
あの日のことだ。
あの人たちが現れて2年たったある日、はれた空から雷が落ちた。
おらは初めて裏口から現れたおねーさんから牛乳を渡しただ。
なんでも正面玄関はいまぶっそうだからだと。
ふるえるおらに、おねーさんは理由を聞いてきただ。
だから、雷のことを教えておいただ。
おねーさんは、耳元で何かをつぶやいた後、返事をしていた。
おらにはよくわからないけれども、おねーさんも変わってることにようやく気付いた。
おねーさんからはいつもよりも多めの代金をもらった。
おらー、知ってるだ。
これは、てぎれきんってやつだ。
もう、おねーさんたちとは会えないんだってことだ。
さみしいような、でもどこかホッとしたような気が交ぜ混ぜになって、その日は早く帰っただ。
いつもの時間帯におとずれると、家が無くなってて一番おどろいただ。
代わりにそれまで生えていなかったおおきな樹があって、お墓を飲み込んでいただ。
久しぶりに恩人さんに出会っただ。
お礼を言うと、恩人さんはこう言っただ。
「ああ、あのバッジは、お前さんののうりょくをバカどもに教えるきのうがあった」
何のことを言ってるだかわかんなかったから、適当に相づち打ってたら、恩人さんがきちんと教えてくれた。
恩人さんが言うには、おらの力と足の速さがきちんとみんなに伝わっていないのがそもそものおらのふこうだといっただ。だから、周りに教えてあげるきかいを作ったそうだ。
それがバッジだそうだ。
そのバッジから見えるすうちに勇者はビビり、周りの人たちはおらをきちんと見てくれるようになった――――恩人さんはそう言ってくれた。
「でな、青年」
恩人さんは、お願いをしてきた。
おらがことわる理由がなかったので、聞き入れたら恩人さんが抱き付いてきた。
ちょっと気持ち悪かっただけど、昔、勇者が抱き付いてきたのよりはいごこちはよかたただ。
おらは次の日から、大きな木の前に牛乳をおいて、大きなお墓に手を合わせるやくそくをまもっている。
それをつづけている間は、おらにどんなことがおきてもどうにかなることを恩人さんは約束して、たくさんのゆうれいを連れて、どこかへ行ってしまっただ。
今日もおらは、恩人さんとおねーさんたちの無事を祈ってから、村にかえっただ。