第六話 トピカ(1)
「いきなりなんだ?」
金髪縦ロールは俺を無視して、神機楼から視線を離さない。
「やはり貴女から我々”MPシリーズ”の反応がありますわね」
「MPシリーズ?」
神機楼は向けられた視線を返しながら言われた事の意味が解らないようだ。
「フン、やはり何処かの馬鹿が作ったレプリカのようですわ」
吐き捨てる様に言うと今度は俺に目を向ける。
「貴方ですか? こんな粗悪レプリカを作ったのは?」
流石に勝手を言いまくりなので見逃せなくなってきた。
「さっきからなんなんだ? 好き勝手言いやがって!」
「ほーほっほ! 私ですか? 私はMPシリーズの一機。MP-003、トピカですわ!!」
ひとしきり高笑いをしてから神機楼を指差す。
「MPシリーズは特別な存在。粗悪コピーは私が破壊しますわ」
宣言すると共に拳銃を向けてきた。
「ちょ! 話し聞かせて貰うとか言いながら全然話し聞かないんですけどアイツ!!」
「回避行動」
神機楼が俺を抱えて逆に走りだす。
背の高さの関係上小脇に抱えられているが、この際気にしないことにする。
「神機楼! ちょっと行った先に廃工場がある。多分追ってくるからそこで迎え打とう」
「了解」
「逃げても無駄ですわ。この私から逃げる事など不可能」
「言っとくけど、コイツはかなり強いぞ」
縦ロールはMPシリーズ等と口走っていたから、うまくいけば神機楼の事が分かるかもしれない。
「行け! 叩きのめしてやれ!!」
「ミッションスタート!」
何度見ても早い神機楼の一撃。壊す訳にはいかないので肩への袈裟切り。
「な!」
「!!」
高機動型の機械兵士も追い付けない神機楼の一撃を半身で避けたのだ。
普段、無表情な神機楼でさえ驚いている。
「中々の早さですけど、我々の中ではイージーですわ」
逆に大剣を振り下ろし、隙が出来た神機楼に銃口を向け発砲。
しかし、聞こえたのは銃声ではなく低い機械音と光。
「ビーム兵器か!? 神機楼!!」
「くっ、大丈夫です。若」
神機楼は何とか大剣で防いだ様だ。
縦ロールは余裕なのか追撃はしてこない。
「いつまで防げるでしょうか? いつまで避けられるでしょうか? まぁ、大した事はありませんわ。やはり、コピーと言わざるおえない評価ですわね」
拳銃を片手で玩びながら吐き捨てる。
それからフェイント等を混ぜた攻撃、死角からの攻撃等をしたが全部避けられた。
単純な運動能力の差ではない気がする。
「…………」
神機楼は大剣を構えながらも普段より余裕がない。
「提案がある」
「わかりました」
「いやいや、まだ何も言ってないから」
俺は縦ロールに聞かれないように小声で話す。
「アイツがいる上に2階部分あるんだがそこの柱は古くなってる。切れるか?」
僅かに見上げ「可能です」と言ってこう続けた。
「彼女は強いです。私よりも。悔しいですが……」
神機楼が悔しいと言う感情を言う事に驚きつつ、俺は縦ロールが何か動きを見せた際に指示を出すため視線を前に向けたまま答えた。
「奴はまたお前の攻撃を避けると思う。それがチャンスだ」
「お任せを」
神機楼は首を縦に振った。
「行きます!!」
再び神機楼が跳びだす。
「お話は終わったようですわね」
踏み込む神機楼を同じ様に避け、銃を撃つ縦ロール。
しかし、さきほどと違うのが既に神機楼が二撃目を入れている事だ。
難無く老朽化した柱を切る。
金属音の軋みと共に2階部分が落ちる。
工場作りは2階は一部ある作りなので縦ロールの上だけ、落ちてくる。
「やったか!」
低い機械音と光。
「フン、何をするかと思えば、くだらないですわ」
奴は落ちてくる障害物だけを撃ち落としたのだ。
「ありえない」
「! 来ます!!!」
縦ロールは飽きたのかついに攻撃を仕掛けて来た。
大剣を盾に防いでいたが……ついに腕に被弾する。
「神機楼!」
俺は神機楼の方へ走るが縦ロールが神機楼の前に立つ方が早い。
ゆっくりと神機楼に銃口を向ける縦ロール。
「さて、終わりですわね。安心なさいな。貴女のマスターも直ぐに送って差し上げますわ」
「止めろ!!」
間に合わない!
と思った瞬間、爆発が起こった。
何が起きたのか解らず立ち止まると急に身体が宙に浮く。
「へ?」
煙りが晴れる間で視界がゼロなのだが誰かに抱えられたらしいと言う事は分かった。
「ご無事ですか? 若」
どうやら俺はまた神機楼に小脇に抱えられてるらしい。
いくら身長差があると言ってもこれは止めて欲しい。
「ゲホっ、まぁ大丈夫。お前は……」
心配になって顔を上げれば神機楼の左腕が肩口から先が失くなっている。
「お、お前、それ」
「流体エネルギーを止めて爆発させました。痛覚サーキットは遮断しています」
肩口からはロボットに流れる深紅の流体エネルギーが溢れ出している。
「早く止めないと!」
「研究所まで行きます」
いつもアップにした髪を下ろしてベッドに寝かされた神機楼は目を閉じたままだ。
「もう大丈夫。流体エネルギーの流出を止めたから、動力炉の焼き付きの心配もない。メインメモリーのデータも異常なし」
カノンさんは淡々と説明してくれた。
田中さんは現在は出張らしくいない。
「何かあった?」
長い前髪からは表情が解らない。
「よくわかりません。いきなり襲われたし」
「珍しく落ち込んでる」
向こうは的確にこちらの心情を読んでくる。
「少し調子に乗ってました。神機楼は普通の機体と違って強いから、任せて大丈夫だろうと」
椅子に座った俺の前に立っているカノンさんは白衣のポケットに手を突っ込んだまま少し考えているらしい。
「前にも言ったと思うけどロボットの戦いはマスターが大事だと思う。的確な指示とか」
その通りだ。俺は機械兵士に買った事で慢心していたんだと思う。
通常、機械兵士より遥かに弱いお手伝いロボに負ける事はないと。
「神機楼の腕自体は普通のSw型と変わらないみたいだから明日には元通りになる」
「ありがとうございます。仕事もあるのに……」
首を左右に振って「問題ない。趣味だ」
今日は研究所に泊まる事にした。
第零研究室の仮眠ベッドで今日の事を考えていた。
自らをMP003 トピカと名乗ったあの機体は一体?
ばぁちゃんは神機楼を何故作ったのか?
様々な事が頭に浮かんだが一番気になる事は神機楼の事だった。
「……か、若、若!」
「う~ん。って神機楼!!」
「おはようございます」
しれっといつも通りの神機楼。
いつも通りの無表情である。
「お前! 直ったのか!?」
これもいつも通りの首落ち傾げ。
「なんの事ですか? 直った? おっしゃる意味がわかりません」
俺は思わず口がパクパク。
「冗談です」
…………わかりずらい!!!
真顔なので信じてしまった。
「すみません。私なりに、直った事のアピールだったんですが……お気にめしたようですね」
どっと疲れた。
「気に入ってねーよ」
神機楼を上から下まで見る。まるで昨日のトピカに襲われ前と何も変わらない。
深紅の流体エネルギーで汚れていたメイド服も元通りだ。
「本当に問題ないのか?」
「はい。まだ少し腕には違和感が残りますが、2時間もすれば馴染むと思います」
安堵のため息を吐く。
「よかった」
無言で神機楼はこちらを見てくる。
そして、こう言った。
「すみません。私の力不足で若を危険な目に合わせてしまいました」
「私の仕事は、存在意義は若の護衛。それを私は……」
神機楼の眉根が思いっ切り寄ってる。
「タンマ。お前のせいじゃない。俺の判断ミスだ。俺の作戦がちゃんとしていれば」
「いえ! 私が」
いきなり後頭部に衝撃が走る。
「いたっ」
「!?」
いつの間にか、カノンさんが立っていた。
手をチョップの形をしている事からカノンさんから叩かれたらしい。
「そこまで。今はもっとやるべき事があるはず」
神機楼は叩かれたままの形でフリーズしている。簡単に攻撃を喰らった事に驚いているのかも知れない。
「そうでした。すみません」
「うん。仲良く。神機楼のボディは完璧。私は疲れたので寝ます」
それだけを言うとフラフラと自分の研究室に帰っていった。
俺はその背に頭を下げた。
「神機楼。奴は多分また現れる」
コクっと首を振る。
「次は負けない。お前も負けるのは悔しいんだろ?」
「はい。次こそは」
「もう一度俺の考えに付き合ってくれるか?」
ロボットとは思えない強い意思の篭った目で神機楼は頷くのだった。