第二話 霧雨
機械兵士が暴走してから数時間。
自宅に戻って来た俺は母さんに捕まっていた。
「あらあら! 背が高いのねぇ? 彼女?」
母は何かと恋愛話にしたがる。
「あのさ、コイツはお手伝いロボ! ほら、耳見て!? イヤーアンテナ。何回言えば気が済むんだよ……」
普段から頭の緩い母だが機械には特別、弱い。
「? お手伝いロボちゃん? お名前は~?」
本当に人と、お手伝いロボの区別はついているのだろうか。
「Sw型、個体名称は神機楼です。よろしくお願いします」
きっちり45度のお辞儀をしている。
それに応じて母さんはあらあら~と返している。多分意味は分かってない。
因みにSw型とはお手伝いロボの女性型の事になる。
「あー、神機楼は研究所で色々在って俺の所有になったんだ」
「あら、所有ってなんだかアヤシイわね~」
ムカつくな。
しかし母は終始あらあら、うふふ~な人なのでほって置く。
居間を通りかかると父さんがテレビを見ていた。
「お! 珍しいなぁ。お手伝いロボか?」
父はばぁちゃんの息子なだけあって少しはロボットに詳しいがそれでも普通の人より少し上レベルだ。
「珍しくないだろ。町にはいくらでもいるし」
「いや、その背の高さだよ。旧型だろ」
ロボットには大して興味がない為すぐにまたテレビに視線を戻した。
「キタナイですね」
「…………」
開口一番にこれだ。
今は俺の部屋である。
別に汚くなんかない。
ただちょっとパソコンのパーツが辺りに散らばっていたり、雑誌や専門誌なんかが積んであるだけだ。
自分でどこに何があるのか分かるのだから整理されていると思う。
整理されてるったらされてる。
俺はいつも座っているデスクに座ったが神機楼は周りの物を蹴っ飛ばして座っていた。
「……。なぁ、お前昔は起動して動いていたんだよな?」
最初にプログラムを修復して、起動した際に初期起動ではなかった。
「多分そうだと思います」
「覚えてないのか?」
少し首を捻っていたが答えは見つからないらしく、出した返答は曖昧な物だ。
「よくわかりません。ですが記憶の復旧は可能です」
可能……ね。それが困難を極めるのはわかり切っている。なぜなら起動だけでかなり複雑なプログラムだったからだ。
「そうか。まぁ、おいおいにだな」
神機楼は首を縦に振って了解の意を示したのだった。
今朝は非常に疲れる朝になった。
朝一番は母さんが物を食べられない神機楼に朝食を出して俺が食べられない理由を一から説明したりと非常に疲れた。
そして今も疲れる事態が発生している。
「ウォー!! メイドロボダー!!!」
友人の森雄太は遂に頭がおかしくなったようだ。
神機楼はお手伝いロボの癖に露骨にイヤそうな顔をしている。と言うかゴミを見るような目をしている。
「お、おおお前買ったのか?」
今度はこっちに詰め寄って来た。ウザい。
「買ってねぇよ。研究所で色々在って、貰ったの」
「いいな! いいな!! 俺にもくれ」
襟首を掴んで来た。
本当に鬱陶しいな。
「若に危害を加えるのは許さない」
見事な回し蹴りが雄太に炸裂する。
「グバァ」
かなり吹っ飛んで、河原に落ちて行く雄太。
流石の機械兵士が膝を着くだけはある蹴りだ。
死んではいないだろう。多分。
「学校、行こ」
学校についてから気が付く、問題点。
「…………なんで、ついて来た?」
「全てに置いてサポートするのがお手伝いロボの使命ですので」
だからって学校にまでついて来るなよ。
「もういいや。食堂とかで大人しくしててくれ」
「イヤです」
んー? あれ? 彼女のマスターは俺のハズなんだが?
「スマン。もう一回言ってくれ」
「イヤです」
おかしい。マスター登録した人間には絶対服従のはずなのに。
「な、なんで?」
「私は校内を見て回りたいです」
やっぱり今日は疲れる一日のようだ。
「分かった。もう好きにするがいいさ」
若干の笑顔を浮かべて首を縦に振る神機楼だった。
神機楼が学校について来るようになってから数日。
今日は比較的暖かいので屋上に出て来ていた。
「八雲はロボット部とかに入らない訳?」
ジュース片手に雄太が聞いてくる。
「入らん。俺は自由にやりたいんだ。大体、研究所に出入りしているんだ。あそこは国の施設だから設備が最高だ」
雄太は苦笑して「確か」にと頷いた。
「でもうちの学校のロボット部は凄いらしいぜ。なんでも部長が金持ちらしいん だが、中古の機械兵士を持ってるらしい」
確かに大層な金持ちらしい。
機械兵士は中古でもかなりの額になるからだ。
「オートマキナの大会でも大学とかのチームを倒すらしい」
俺は素直に感心の意を表した。
オートマキナとはロボット同士を戦わせる大会の事だ。
どんなロボットでも参加可能だが基本は機械兵士だ。
機械兵士は古くなると軍から払い下げが出る。それを買って戦う事になる。
重要なのはチューニングなのだがこれも金が掛かる。
だから大学のサークルなど専門的な人間が多い。
高校でも無い事もないが珍しい。
「そんな有名な部活だったのか。知らなかった」
「しかも、学校からは殆ど金を出してないらしいぜ。その金持ちのボンボンの個人出資らしい」
余程、好きなのかも知れない。
もしかしたら話が合うかもなと思う。
「同じ学年か?」
「何もしらねーのな。同じ学年だよ」
ふーんと言っているうちに予鈴がなる。
もしかしたら話す機会があるかもしれない。
「戻るか……」
降りる為階段に向かう途中で嘲笑が聞こえてくる。
どうやら神機楼を取り囲んでいるようだ。
「オイオイ、誰だ? こんな古臭いメイドロボを連れて来ている奴は?」
神機楼は古い事を気にしていないが行動を邪魔されてめんどくさそうな表情をしている。まぁ、多分普通の人には分からない。俺もここ数日で微細な表情の変化に気が付く様になったのだ。
「俺のだけど何か?」
二、三人いたらしい。真ん中の金髪に染めた男がいちゃもんを付けていたみたいだ。
「くくくっ、これお宅の? 今時、こんな骨董品を連れて歩いてるなんてなぁ? 恥ずかしくない?」
面倒くせー奴だな。こんな手合いは適当にあしらうに限る。
「全然。行くぞ、神機楼」
「了解」
お! 少し怒ってる。こんな奴は大体が切れやすい。こちらがどんな対応をしても絡んでくるのだ。
「まぁ、待てよ。貧乏人。お前みたいな貧乏人に良いもん見せてやるよ。オイ!」
金髪リーダーが呼ぶと聞き慣れた機械作動音と共に機械兵士が現れた。
「……前言は撤回だ」
とてもじゃないが話しは合いそうもない。
「あ? なんか言ったか?」
「別に……」
神機楼は興味が無いのか窓の外を見ている。
「スゲェだろ。払い下げの中でも最新式の機体だ。お前のお手伝いロボなんざ、30秒も持たねぇな」
本当、単細胞で頭が痛くなる。
「あ、そう。興味ないから」
去ろうとすると金髪はこんな事を言ってくれやがった。
「は、澄ました顔しやがって。そんなボロを連れて歩く奴の気が知れないね。どーせ作った奴も大した奴じゃないな」
……聞き捨てならないな。
彼女自身の事を言うのは見逃してやる。彼女自身が気にしてないからだ。
けど作った人間まで馬鹿にするのは頂けない。
俺は振り向き、金髪にこう言ってやった。
「随分と自分のロボットに自身があるじゃないか。俺も戦える機体がある。それで勝負しないか?」
奴は自分が負けるとは少しも考えてないのだろう。
「いいぜ。明日にでもやろうぜ。」
嫌らしい笑みを向けると勝負の了承をした。
「良いのか?」
物陰に隠れていた雄太が現れた。
「良いに決まっている。俺は負けん。と、言うか何故隠れる?」
雄太は顔を逸らすと
「いやーあいつに目を付けられると面倒な目に合いそうだからな」
素晴らしい友人だ。今度殴ろう。
「お前、戦闘が出来る機体なんて持ってるのか?」
俺は神機楼を指す。
「ぬえぇぇ!! 正気か? 神機楼ちゃんを戦わせるなんて。メイドロボだぞ」
「まぁ、見てろ」