予知夢
「いやあ、昨日は危なかったな」
男の言葉に、職場の休憩室に集まった他二人も頷いた。
「ああ。アイツの言うこと聞いてなきゃ、今頃俺達ガチで死んでたぜ」
「というか……アイツって本当に予知能力があったんだな」
男達が言うアイツとは、同僚の一人のことだった。
同僚の男――山下は一昨日、職場の同僚達にこう言って回った。
『明日は絶対に電車に乗るな。死ぬぞ』
普通なら誰も信じないような戯言。
だが、山下という男はこれまでにも、何度か未来に起こる出来事をことごとく言い当ててきた。本人によれば山下は予知夢を見るらしく、それがかなりの精度で当たるのだ。それで男達も、半信半疑ながらも山下の言う事を気にしようという気になったのだ。
そして山下が乗るなと言った電車は、脱線事故を起こした。
「おーっす」
休憩室へ若い男がやってきた。若い男はどこか疲れた様子で、三人が腰を下ろすソファーの空いた場所に座る。
「どうした? 死にそうな顔してよ」
「いや……本当に死ぬかと思ったぜ」
「はは、どうしたんだ?」
「昨日、乗ってる電車が脱線したんだ」
その言葉を聞いて、三人は押し黙った。
「それって、もしかして……」
「ああ。山下の言っていた電車だ」
「お前……よく生きてたな」
「俺以外はみんな大怪我してたよ。だが、俺はこの通り無傷さ」
そう言って、若い男はケラケラと笑う。
「山下の予知の話は聞き流してたから、実際に脱線事故が起こるまで忘れてたんだが……ま、俺はこの程度じゃ死なねーってことだよ」
つられて他の男たちも「確かに、お前はどうやっても死ななそうだな」と笑い合った。
「おつかれ」
休憩室のドアが開かれ、また一人、男がやってきた。
「おう、山下。一昨日はあんがとよ。お陰で長生きできそうだ」
「ああ、みんな無事みたいで良かった」
山下は心の底からほっとしたような表情を浮かべる。
そして若い男に声をかけた。
「お前は俺の言う事を聞かないで電車に乗るんじゃないかと心配だったんだが……どうやら無事なようで安心したよ」
「いや、乗ったぜ?」
「…………乗った? 電車に?」
「ああ。別にどうってことなかったぜ」
「こいつ、すげえよな! 脱線事故に巻き込まれて傷一つないなんてよ」
男達は再び笑い合った。
が、ただ一人、山下だけは無言だった。
「……お前。いますぐ病院に行ってこい」
「あ? だから無事だって――」
「お前、電車ん中で女の人の血を浴びたろ」
「――え?」
休憩室に沈黙が流れる。
山下は深くため息をついてから、若い男に言った。
「俺は脱線事故で死ぬなんて言ってない。血液感染する伝染病にかかって死ぬって言ったんだ」
【完】
サクッと楽しめる作品を目指して書きました。
習作の掌編ですが、楽しんでいただけましたでしょうか。
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