<第二章>(後編)完結
誰にも心許せずにいた可奈、周囲に頑なな態度しかとれなかった可奈。
しかし彼女を取り巻く人々の真の心に触れる事が出来て少しづつ何かに
気付き始める。そして彼女の心は次第に明るい未来へと解き放たれて行く。
恋人となった彼に支えられ、可奈も随分と穏やかになったのだろう。
顔つきもどことなく険しさがなくなり朗らかだ。
人は何も経験しないより、何かを経験する方がより成長出来るのだろう。
彼女と彼は一軒の家を見に行った。
それはこんな会話からだった。
「そろそろ結婚しようか。資金も溜まってきた事だし中古の家を買おう
と思うんだけどどうかな?」
そんな彼の言葉に可奈は答えた。
「そうだね、家賃払う事を考えると安い中古住宅の方がアパートよりは
広いだろうしいいかもね」
そんな訳で二人は家を見に行った。その時、
また新たに考えさせられる出来事と遭遇するのだ。
スーツで決めた二人の不動産業関係の営業マンがやってきた。
可奈と彼を乗せた車は広い一軒家の前で止まった。
その家は新しい訳ではないがしっかりとしていた。
二階の窓から外を見て、
「この物件いいねぇ、見晴らしもいいし気に入ったわ!」
そう言って笑顔を浮かべた彼女に彼は返した。
「そうだねぇ、
この場所は全体的に日当たりも良さそうだし明るくていいね」
その直後、可奈が一人の営業マンに言った。
「この物件気に入ったわっ、
だから売主さんにもう少し詰め寄ってみては貰えないかしら」
彼女はあくまで買う方向で交渉を切り出したつもりだ。
しかし可奈達は結婚したばかり、
そんなにたくさん貯金があった訳でもなければ、
彼らにとっては簡単に融資が認められる
ものなのかも定かではなかった。そんな中、
営業マンから返って来た言葉はこうだ!
「すみません、
実は以前他の方からも同じ様な要望が御座いまして、
この家のオーナー様は私どもともお付き合いがある方なものですから、
お伺いはしてみたのですが不可能だとおっしゃれてまして・・・。
だから多分その話は難しいのではと思います」
そんなハッキリとしない後ろ向きな返事をする営業マンに対し、
可奈は言った。
「なんで確かめもせずにあなたが勝手に決めるの?
以前の人達と私達とでは同じ客ではないでしょう?
それにタイミングだって違うんだし、そんなのただあなたが私達に
対して不親切なだけに過ぎないんじゃないの?」
そんな可奈の癖は変わらずだが、可奈の言う事にも一理はある。
何故ならオーナーに確かめもせず、
以前の話と混同させているその営業マンはめんどくさい
仕事を怠ってるだけだと言われてもしょうがないだろう。
そして再び営業マンが切り出した。
「しかし、オーナー様をよく知ってるだけに・・・・・」
そんな営業マンの煮え切らない態度が、
等々可奈の本気に火をつけてしまった。
「あなたねぇ、
オーナーオーナーってじゃ売る側ばかりが偉いとでも言いたいの?
売る側と買う側は平等じゃない?寧ろこっちはお金だって出す側でしょ。
話にならない。全く不愉快な人だわっ!
あなたそれでも営業マンとして成り立ってるの?
じゃあなたが今ここにいる理由は何なの?
双方の交渉を取り持つ為にここにいるんでしょ?
ねぇ違う?一体何をしに来たのかしら。
あなたを雇ってるこの会社はあなたの怠りをちゃんと
知っているのかしら?
知らないと言うなら今から社長に直接電話してあげるわよっ!」
そう言って可奈はその営業マンの携帯電話を奪い取った。
そうするともう一人の営業マンがそれを見て止めよう
と頻りに可奈に誤り始めたのだ。
勿論可奈だって説明すれば解らない訳ではない。
ただ彼女の頭の中に浮かんだ売る側と売られる側に
不公平があってもいいのか?
立場は公平でなくてはならないのではないのか?
と言う彼女の中に植え付けられてきた
正義感によって、しかし本当の所彼女には疑問に感じた事に対し、
ただ納得の行く説明が欲しかっただけなのだろう。
そして又、
営業マンの仕事ぶりに対する心意気をじっと睨むように
観察していたのかも知れない。
だがもう一人の営業マンは只管謝り続けた。
そしてその後、何とか可奈達を車へと誘導した。
しかし可奈の気持ちはこれで収まる訳がない。
そんな中、話は続けられた。
「あなた達は私達が若いからと言ってどうせバカにでもしてるのでしょうね!
でないとオーナー様オーナー様って売主ばかりを崇めるなんておかしいわよ!
それに最初から付き合いのある側を優先する態度も気に食わないわっ!
あなたさっきから黙ってるけど、もしもそうじゃないと言い切れるのなら
ちゃんと責任をもって、私に対し納得できる説明をしなさいよ!」
しかしそんな可奈の態度に彼女の恋人も営業マンもだまったまま。
だがもう一人の営業マンだけは違っていた。
「申し訳ありませんでした。勿論自分もその様な言い回しをされては
きっと同じ様に不愉快な気持ちになっていたと思います」
そう言ってもう一人の営業マンは可奈に誤り宥めててきたのだ。
だが可奈がそれを不審に思わない訳がない。
勿論彼女はあの父親の元にいた頃の
記憶を消しされていた訳でもない。
彼女の疑い深い心は頑なで決してまだ誰にも許さない。
そんな中、もう一人の営業マンが取った行動とは・・・・・
「折角なので気分を変えましょう。
よろしければお茶でも飲みに行きませんか?
実はこの先に美味しいスイーツのお店があるんですよ。
是非お二人をご招待したいんです」
そう言ったのだ。
しかし可奈にはもう一人の営業マンのその言葉が、
手の内に落ちる様で尚更気に食わなかった。
もう何年も前にそんな事があったの思い出した。
今はその家に住む可奈。
あの後、可奈の言葉がオーナーに通じ、
何とか希望金額内で融資を受ける事が出来た。
だから可奈にとっては、
あの時オーナーに話を持ち掛けないと最初から頑なに決めつけていた
営業マンに対し
「やれば出来ない事なんてないじゃない!
ほんとやる気のない情けない男!」
そんな気持ちを持っていた。そしてもう一人の営業マンに対しても
同様に
「機嫌を取って当然じゃないの、
それが本位ではなくても営業マンとしての務めでしょう
私達客の機嫌を損ねたのだから」
そんな気持ちでしか相手の事を見られなかった。
可奈は気付かなかった。
その中にもう一人の営業マンの直向で只管な頑張りがあった事を・・・・・。
しかしその後、
彼女の考え方を根本から覆えさせてゆく出来事と遭遇し続けるのだ。
あれから何年が経ったのだろう。
もう一人の営業マンは度々可奈の家を訪れた。
「こんにちはお元気ですか?」
「寒いですね、お元気ですか?」
「暑いですね、皆さんお元気ですか?」
「良いお年をお過ごしください」
数年たったと言うのに、
もう一人の営業マンは毎年の様にやってきた。
もう儲けになる訳でもないのにそして、
何かの修理を頼む時にもすでに身近にある業者を
使う様にもなっていたと言うのに。
それなのにもう一人の営業マンは可奈の家を訪れ続けた。
次第にそんな態度の彼に可奈も少し心を許し始めていた。
そんな時、思い出した。
「あの時、私の機嫌を取って店に連れてってくれたのは
仕事上の事とは言え、それも人にもよるのかも知れない。
いくら、不手際があったからと言って、
その後の行動は、
その営業マン自身の心の持ち様でもあるのではないかと・・・・・・」
可奈は思った。
「この人は何故、何度となくうちにやって来るのだろう。
修理だってもう他の業者とすでに付き合いが出来上がっているのに、
それでもこの人は決して諦めない。
この人は常に自身と闘っているのか、
思えば家族や自身を守る為に必死になって
頑張っているのではないか。そんな時、もし私ならどうだろう。
いくら付き合いがあったにせよ。
見込みがなかったり相手に怪訝にされたら
すぐに、もういいわよ!そう思ってきっと匙を投げ、
行かなくなっちゃってただろうなぁ」
いつしかそんな一人の営業マンの態度に、
可奈は大きく心を動かされていた。
「もしかして私は、置き薬の営業マンにせよ。
もう一人の営業マンにせよ。
何かを守り生きていこうと、ただ堅実に頑張っている人達の
心を顧みてあげられていなかったのではないのか、
私は人の誠意や善意とそして悪意や悪巧みを見抜けず、
混同させていたに過ぎないのかも知れない。
私は人々の本当の気持ちにちゃんと気付けていないのではないのか、
その見極めが出来てはいないのではないのか」
そんな言葉が可奈の頭の中をずっと駆け巡っていた。
そして気付いた。
「私はそれを今は見極める事が出来る!
何故なら歪んだ感情には一貫性がないからだ!
それは必ず相手の言葉や態度に現れてくる。
だから例え最初は理解されなくとも、真っ直ぐな
気持ちで決して諦めなければ、いつしかその気持ちは必ず通じる。
何故ならそれは一貫して続ける事が出来るからだ。
そして例え遠回りしたとしても、
相手の心に必ず響かせる事が出来るんだ!
誠意をもって本気で相手にぶつかっていけば、
通じない事なんて何もないのかも知れない。
その営業マンの行動が私の心に響いた様に、
きっと私も恐れなければそれが例えどんなに遠い道
のりであったとしても、
誰かの心に響く時もやがてやってくるのかも知れない。
私は強いんじゃなく、ただ弱かっただけなんだ。
それをもう一人の営業マンと言う彼の直向きな
行動によって、今は身に染みて教えられた気がした」
そう感じた時、
可奈は自から自然に人々と笑顔で話せるようになっていた。
そして限らず誰にでもそうする事が出来る様になっていった。
可奈は大切な事に気が付いた。
人の強さは他人を威圧したり言葉で脅したりする事ではないんだと、
父から教えられた事だけが全てじゃない事を。
本当の強さはどんな苦難にでも立ち向かい、
自分を信じ諦めず進む事なんだって、そして誠意をもって
自から相手を受け入れていく勇気と芯の強さ、
その結果として態度や言葉には必ず一貫性と言うもの
ものが自然に伴うのだと。可奈自身の恋人にも、
そして営業マンにもそれを感じたから・・・。
その事に気が付けた時、可奈はもう何も恐れなくなった。
本当に大切なものを自分の中でちゃんと見極めてゆける様になった
気がしたからだ。
そして例え辛い事があったとしてもその全てを原動力に変えていける、
そんなパワーをたくさんの素敵な人達から与えられて、
可奈は今も成長し続けているのだろう。
そして、喫茶店のウインドウから臨む可奈の顔は、
ひまわりの様に朗らかで楽しそうに今日も人々と語らっている。
完