<第一章>(前編)
両親に虐待され続けてた可奈。彼女はその事にすら気付けずにいた。
そんな彼女は人の持つ本当の強さとは何なのかと疑問に感じる様になっていった。
そして人々との出会いによって彼女は何かを掴み始めていた。
父が言った。
「お前は将来検察官になるのだ!だから甘えた事をヌカすんじゃない!
いつでも正義を見極めそしてそれを貫け!例え何があっても怯むなっ。
他者がお前に銃口を向けたとしても、お前は整然とその場に立っていろ!
間違っていると感じた事には相手が潰れるまでとことん立ち向かえ!」
可奈の家庭は父が絶対権力だった。そのせいなのか両親の元にいる間は
彼女にとって家庭が全ての常識となっていた。勿論可奈自身の中でも。
例えば、職場でちょっとしたイザコザやトラブルがあれば、そして又他
で誤解があれば、
「どんな事でもお前が理路整然とちゃんと落とし前をつけて来い!
それが出来ないのなら二度と帰って来るな!」
と言う言葉を投げかけられ続けた。
無論そんな事もあって、外でしっかりしなきゃ家に帰れない。
ちゃんと落とし前付けて帰らなきゃ打ん殴られる。
そう思うと可奈は父がとても怖かった。
だから外で何か問題が起きても恐ろしい
父の顔を思い浮かべると他人の方がまだお人よしに見えた。
そんな風に育てられた可奈は、
自然と責任感と義務感と正義感みたいなもので
雁字搦めにされていた。父の教えのおかげで可奈は
間違っちゃいない!これであっているんだ!
頑なにそう思わされ続けていた。
だけど今になって気付かされた事がたくさんある。
あの頃の可奈は、もう少し外に目を向けるべきだった。
何故なら彼女自身の態度が、相手にとって恐ろしい程、
威圧的だったに違いないと感じさせられたからだ。
可奈は思った。正しいからと言って相手を威圧してもいいのか、
感情論で一時的に相手が納得しても、
心から解りあえている訳じゃないのではないのか?
彼女は実家を離れた頃から少しづつそんな疑問に苛まれ始めたのだ。
しかし性格なんてそんなにすぐに変わるものではない。
可奈はこの後、何度となく反省させられる場面に遭遇するのだ。
そして彼女自身の心の中にある棘の様なものを少しづつ落とし、
あらゆる経験をし何かに気付かされて行く事になる。
ある日の出来事、
引越した可奈はその忙しさの中でアタフタしていた。
そんな時に一人の男性が可奈のうちにやって来てこう言った。
「引越しされたなら連絡を頂かないと困りますよ」
それは可奈が引っ越す以前にやってきた置き薬の営業マンだ。
彼女は咄嗟に思った。
「この人私が薬を黙って取ったみたいに言ってるのだろうか?」
ここで可奈の悪い癖が出てしまった。
父に植え付けられて来た要らない生真面目さと疑り深さだ・・・・・。
相手を心折れるまでしつこく追及する。
可奈自身が正しいと思った事を論理的に述べ続ける。
それを彼女は正義を貫いてるんだと勘違いさせられ続けていた。
その時、可奈には何が見えていたのだろう。
だけれどそれは父のせいばかりではない。
ただ可奈があまりにも世間知らずで、絶対を
信じすぎてきた事にあるのだろう。
そして強く生きなくてはならないのだと言う要らない
強さを持つ事によってそうなってしまっていたのだろう。
可奈は言った。
「あなたひとぎきの悪い人ですね。
私が薬を取ったとでも言いたいんですか?
こちらも越してきたばかりで置き薬の事だけを考えて
られなかっただけでしょう。失礼極まりない人ですね。
話にならないですわっ!」
そう言ってその置き薬を扱ってる本部へ電話を入れた。そして・・・
「あなたの所の営業マンに疑われて非常に遺憾です」
と切り出した。
しかししばらくして可奈の元へその営業マンが再びやってきたのだ。
だけれど彼は文句を言う訳でもなく、
嫌な顔をする訳でもなく・・・・・。ただ・・・・・
彼女に静かにこう言った。
「すみませんでした。自分の言い方のせいで誤解を招いてしまった」
そう言って営業マンは深々と頭を下げた。
「もう一度考え直してはもらえませんか?」
彼はそれでも再び置き薬を置いて貰おうと必死だった。
そんな彼に可奈は、飄々と言った。
「もう無理です。一度落とした信用はそんな簡単に回復しません!」
しかし彼は自腹を切ったであろうお菓子の包み箱をその場に置き、
頭を下げで帰って行った。
その後可奈は、
正しいと思って真っ直ぐに貫いてきた自分の生き方について
疑う様になり始めた。
「私はもしかして人の真心を踏みにじってるのではないか、
彼は誠意を示し謝りに来たと言うのに、
もしかして人として欠落しているのは私の方ではないのか?」
いつしかそんな自身の葛藤に苛まれる様になっていた。
可奈は決して裕福に育った訳でもない、
寧ろ子供の頃から大人の世界の裏切りや心の醜さ、そして
恐ろしさを感じ目の当たりにして来たのも事実だ。
それは両親からの影響も大きいだろう。
堅実で真面目で堅物な両親を利用して来た人々を度々目
の当たりにして来たからだ。両親の人に対する猜疑心や、
言葉や態度で威圧するありさまは、
まるで
「刺し違える覚悟をいつでも腹に持って置け!」
とでも言われてる様な気がしてならなかった。
そんな可奈は親元にいた頃、
父親に何度も何度も打ん殴られていた。
いつしか彼女の生活の中ではそれが当たり前になっていた。
親に抵抗できず悔しくて、何度も死んでやろうかと思った。
そして気付かなかった・・・・・・・。
可奈は・・・
自分が女の子である事に。
可奈は気が付けば27歳になっていた。友達と仲良く飲み会へ行く。
そんな場での会話。友達が言う。
「今度私結婚するんです」
「そうなんだおめでとう。良かったねぇ。」
そんな会話が飛び交う中、可奈は言う。
「いいなぁ~私も結婚すればオヤジに打ん殴られなくてすむのかなぁ~」
可奈のその言葉に周囲は凍り付く。
しかし彼女は何事もなかったかの様に、
その場に出されていた料理を美味しそうに食べていた。
そうすると一人の友達が言った。
「もしかして親に殴られてるの?」
「そうだよ~!しつけだと言ってしょっちゅうねぇ。
もう27歳なのにね。いまだにだよぉ。だから早く家出たい!」
「成人してからも父親に殴られてるなんて変だよ。
寧ろ私お父さんに殴られた事なんてないよ」
他の友達もそれぞれに言い始めた。
「私もないよ。殴られた事なんて一度もない。
ましてや女の子だしありえないよ」
可奈はあっさりと答えた。
「えっ?そうなの?」
目を丸くしてそう言う彼女に友達は皆言葉を失った。
「皆親に殴られて痣作ったりしないんだ。もしかして私だけ?」
可奈はその時気付かされた。
彼女の家の教育は他とは違うんだって事に。
可奈は言う。
今考えるとあり得ない。
何故なら可奈は大切な事をその後に出会った人々からたくさん
教えられたからだ。
そして可奈は一人の男性に恋をした。
彼が可奈に言った。
「何故君はそんなに必死なの?」
「必死?」
「うん!」
「君にはどうしてそんなに隙がないの?
それに相手をそんなに責めても何が残る?」
「責める?私はそんなつもりじゃないんだけど、
ただ私がそれは人として間違ってると感じた
事に対し相手にちゃんと問質してるだけよ。寧ろ親切だと思ってる。
それにちゃんと目を見開いてないと人は人を騙す事しか考えてないんだから、
貴方みたいなお人よしには解んないでしょうけどね」
しかし彼は可奈に言葉を返した。
「君は・・・・・可哀相な人だよ。
だってそんなんじゃ本当の優しさや真心に触れられなくなってしまう。
人は君が思ってる程強くはないし、威圧する人を理解したりはしない。
それは君から納得した振りをして離れていってるだけに過ぎない。
君は強く生きなければならない。守らなければならない。
きっとそればかりを考えて必死に生きて来たんだね。
だけど君は・・・・・
女の子としてゆったりした愛情に包まれて生きては来られなかったんだ。
それが感じられて僕は君の事がとても哀れに思うよ」
「哀れかぁ、
私はただあなたが他の人から利用されたりしない様に目を光らせてるだけだよ。
だってあなたはお人よしにしか見えないから」
「違うよ。本当のお人よしは君の様な人なのかも知れない。
ただ僕は例え騙されても人を信じてみようと思う。
そして大切な事は例え裏切られてもそれをどれだけ許していけるか、
その度量を試される事にこそ本当の意味がある気がする」
「えっどう言う意味?騙されても裏切られても相手を許すの?」
「勿論良いと言う訳ではないんだけど、
悪い事ばかりじゃないって事、それは人生の中で
僕自身の度量を試されてるんじゃないかって思える。
許せる度量が持てる様になれば、
僕も少しくらいは強くなってるんじゃないかって気がする。
苦難を乗り越えれば人は成長出来る」
可奈は思った。この人は・・・・・・なんて強いんだ。
優しそうで穏やかな表情とは違って、心の中は漲らんばかりに強い。
それは心の奥底にある耐え凌ぐ気持ち。その時、
彼女は人間の本質的な強さに触れた気がした。
「そうだよねぇ、自分から心を閉ざしていたらそれ以上は進めない。
もしかしてその人達ともっと分かち合っていれば、
自分にとってもっと素敵な感動だってたくさん
味わえたのかも知れない。いっぱい損をして来たのかも知れない。
ただ要らぬ強さばかりを養って来たのかも知れない。」
考えさせられた。悩んだ。今までの人生について、
生きて来た道を振り返ってそこで可奈は
一つの結論に辿り着いた。その道に泥をまき散らすのも、
花々や果実を実らせるのもその人
次第なんだって、生き方って大事なんだって。
そう思えた時、
彼女の中に縛られていた何かが自然と解き放たれていった気がした。
強くならなければ家にも帰れない。両親に受け入れて貰えない。
可奈の心は常に張りつめていた。
子供の頃から頼りないと、
事ある毎に体罰や言葉の暴力を浴びせられて来た。
いつしかそれが当たり前になっていた。
家だけではなく外にも物凄い形相で刃を向けて他人と
喧嘩紛いな態度を取る父を見て来た。
そんな父の恐ろしくしつこい性格も知っている。
いつしか自分も殺されちゃうんじゃないかと
可奈にはその全てが恐ろしかった。
仮に両親に優しい面があったとしてもそれはすべて
その中に掻き消されて仕舞う程だった。
だけれど今では両親はただ不器用なだけなんだって気付けた気がした。
可奈は大切な人に出会ってたくさん変われた。
たくさんの素敵を貰って周囲から与えられた事によって、
それは可奈が変われる切っ掛けに大きく影響したのだろう。
そしてそれ以上に可奈自身が周囲の本当の心に触れる事が出来る
様になったからだ。
それに気付かせて貰えた事によって、
彼女の周りはたくさんの素敵に満ち溢れ始めた。
勿論可奈が素直な性格であったことも否定は出来ないだろう。
これは彼女が気付かない
長所の一つだったのかも知れない。
しかしその長所を彼女自身だけでは開花させる事が
出来なかったのだろう。
人々と接する事をあまり好まなかったあの頃の可奈、
そんな勿体ない人生を送って来た可奈。
しかし決して逃げださず彼女の刃の様に尖った心と向き合い、
傷つけられる事を恐れもせず、
優しさと厳しさで包みつ続けて来た人物がいた。
それは可奈の恋人だ。
だからこそ彼女は本当の強さを知りそんな彼に恋をしたのかも知れない。
そしてこれから次々に豊かな心を育んでゆける
切っ掛けとなる人々と出会って行く。
そんな時、自然と可奈自身の表情も少しづつ明るさと
穏やかさを感じられる様になっていた。
第二章へつづく・・・。