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第九十四話

「第九十四話」


「酷いじゃないか。エヴァンシール。」


 エレナは余裕そうに笑う。

 この余裕こそが親しい間柄を象徴している。


「酷い?よく言えたなお前。」

「良いじゃないか。もう、三十年ほど前の出来事なんだから。」

「知ってるか?人の恩は短いが、怨は一生続くんだぞ。」

「一生名前を憶えてくれるなんて光栄だね。」

「………」

「分かった分かった。悪かったって。」

「軽すぎだろ。」


 エヴァンシールは牢屋の中を見渡す。

 エレナ以外の二人の男に気が付いたらしい。


「どうした。その二人は。騙して連れてきたのか?」

「なんてこと言うんだ。二人は仲間だよ。」

「膝の上に座らせた仲間とは随分と仲良くなったな。」

「そうでしょ?ノアは私の相棒兼恋人だからね。」

「あ、そう。」


 酷い冗談を受け流すかのような対応だった。


「興味なくなった?」

「ノアと言ったな。」

「ああ。なんだ。」

「おお、口悪。まぁいいや、その女のことが好きなのか?」

「………」

「分かった。やめとけ。俺が違うやつを紹介してやる。」

「………いい。」

「そいつより優しくて美人だぞ?それに年齢も若い。」

「嫌だ。」

「即答かよ。マジでやめた方が良いぞ。」

「やめてよ。ノアは私のだから。」

「すごいな。どんな薬物を投与したんだ?」

「してないって。」

「まぁ、いいや。どうした。急に。」

「ちょっと話がしたくてね。」

「………人払いをしろ。」

「ですが!」

「大丈夫だから。俺もちょっと話がしたい。」

「………せめて護衛を付けてください。」

「俺ってそんなに頼りない?」

「うぅ………誰も入らぬよう声を掛けてきます。」

「頼むよ。」


 俺たちをここへ連れてきた兵士は階段を上りどこかへ行った。

 エヴァンシールは地面へと座り込み、話を聞く態勢を作った。


「大体の予想はついてる。ヴァルモンドだろ?」

「ご名答。流石だね。」

「静かに聞け。」

「はいはい。」

「お前はヴァルモンドを崩壊させるために五家の後ろ盾が欲しいんだな。」

「そうだよ。三人では不可能だからね。それにタイミングが良かった。」

「………お見通しか。」

「当たり前だよ。だから、この期を選んだ。ヴァルモンド家は今、深刻な土地不足に悩まされてる。しかし、隣のセリディアン家はヴァルモンド家に次ぐ実力者だ。ヴァルモンド家でも土地を奪うのが難しいほどに。だから、遠くても成功確率の高いエヴァンシール領を欲してる。君も、君の軍もそのことを理解した上で現状を打破する希望が無い。これは由々しき事態だよね。」

「………間違いない。それは間違いない。だが、お前にだって策がある訳じゃないだろ。」

「いや?私にはちゃんと計画がある。」

「なんだ?」

「それを聞くのは商談が成立してからだね。」

「………鍵を取って来る。」

「頼むよ。」


 エヴァンシールは先ほどの兵士と同じ方向へと歩いて行った。


「どうよ。」


 エレナがドヤ顔を披露した。

 成功がうれしいと素直に言えばいいのに。


「良いのか?あんなこと言いきって。」

「もちろん。ちゃんと計画があるからね。」

「そうか。」

「待て。」

「ん?なんだい、主任君。」


 主任の中で何かが引っかかったらしい。

 問い詰める様にエレナに聞く。


「仮面の目的は薬物の流通で稼ぐことじゃないのか?」


 確かにそんなことも言ってたな。

 あまり気にしたことはなかったが。


「ああ。それね。ここまで来たし、私の目的でも共有しておこうかな。」


 エレナは俺を膝から降ろし、立ち上がる。

 俺たち二人を視界に捉え、悪役のように打ち明ける。その胸に秘めた自身の野望を。


「私はヴァルモンド家の崩壊を目指してる。そのために、【フロストホロウ】にて時期を待った。エヴァンシールが猫の手も借りたいほどに追い詰められることを。その間にある程度の資金集めとツテを作っておくことを考えて薬物の売人をしていたわけさ。」

「なんでここまで黙ってた?」

「あまり意味はないのだけどね。強いて言うなら、途中で逃げられないためかな。」

「………そうか。じゃあ、今からは………」

「想像通りだよ。エヴァンシールと共闘してヴァルモンド家の打倒を目指す。私の勝手な意見だけど、案外悪くない線は行っていると思ってる。」

「待て。失敗したら………」

「それも想像通りさ。」

「………ノア。」

「なんだ?」

「俺って酔っぱらっているのかな?」

「知らん。酒なんか飲んでないだろ。」

「そうだよな。そうなんだよな。だが、どうしてだろう。めっちゃ頭痛い。」


 主任は分かりやすく頭を抱える。

 あきらめた先の絶望の景色を見ているのだろう。主任だけでなく、俺もだが、もう帰れない。引き返せないところまで来ているのだろう。


「まぁ、大丈夫だよ。荒っぽいことは私とノア、そしてエヴァンシールの部下がするだろうから。」

「直近での前科があるだろ。」

「それは謝るよ。ごめん。」

「軽い。軽すぎる………ノアは味方をしてくれ………ないよなぁ。」

「ああ。悪いが俺はやる気満々だ。」


 自身に与えられた『白紙』の力。その先に見える自分の姿。

 それをどうしても見たい。

 自分が犯した罪の重さと、罰の厚みを理解したい。それだけが、両親や姉に対する償いだと思っているから。


 どこからか聞こえる足音と鍵がぶつかる音を聞いて、俺たちは待った。


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