第八十八話
「第八十八話」
『結界』の出口らしい場所まで歩いてきた。
意外にもこの『結界』は大きいみたいだ。すでに、座っている二人の声が聞こえないほどに。
「エレナ。」
「……何?」
少し怒っているのか。
先ほどの俺の行動が気に食わなかったらしい。
でも、これが正しいのだと思った。偉そうに言いきっているわけじゃない。年上相手に講釈を垂れるわけじゃない。
ただ純粋に、こうしたかったと言う俺の勝手な願望だった。我儘だとも言えるかもしれない。
「俺は今からおかしなことを言う。それは、正しくないのかもしれない。俺にこんなことを言う資格や立場が無いことも理解している。でも、言わせてくれ。」
「………」
「家族団欒は楽しく、尊いものであるべきだ。だから、俺たちのような邪魔者が入り込んで良いわけない。」
「………おかしなことを言うね。」
「ああ。そうだな。悪かった。終わったら呼んでくれ。」
「ノア!」
エレナが何かを言う前にその『結界』から出た。
外は暗く、何が現実なのかを分からなくする。でも、これでよかった気がする。
「ノアは意外にしっかりしてるんだな。」
「いや。」
妙に思い出す家族の感触。
それは遠く、掛け替えのない過去の産物である。戻ることなど誰にもできない。
だからこそ、残っているエレナには大切にしてほしいと思ってしまう。
家族を殺した俺が言っても良いセリフでないことなど分かっている。でも、なぜだろうか、同情めいた何かを彷彿とさせた。
まだ、その感情にたどり着くことはないのだろう。
「俺には分からない。」
「分からない?」
「ああ。分からないんだ。純粋に家族や友人や恋人のような形が。絆とも言えるような形が。見えない何かを感じ取ることが出来ないらしい。」
「意外に自分の姿は見えないもんだよな。」
「……そうか?」
「そうだ。俺にはお前が恐ろしくもあり、優しくもあると思うぞ。」
「……分からない。」
「ああ。馬鹿で良かったな。」
煽り言葉には聞こえなかった。
ただの皮肉にも捉えられなかった。励まそうとしてくれているのだろうか。
意味を汲み取るのは苦手だ。それこそ見えない形を掴むような話だからだ。
「まぁでも、これが正解だったと俺も思う。」
「そうか。そうなのかな。」
「そうだ。だから自信を持て。形なんて概念じゃなく、見える物だけに集中しておけばいい。」
「分かった風だな。」
「もちろんだ。俺は主任だからな。周りのことも見ておかなくちゃいかん。だから、浮かない顔なんてするな。」
木で塞がれた空を見る。
見えない空の星々を想像する。
本来ならどんな輝きを見せてくれるだろうか。
それは綺麗で目が潰れそうなほどに広大なのだろう。
空の高さが自分を潰して、小さくしてくれる。それが驕りのない人間性を形成してくれる。
「ノア。馬車に戻らないか?寒い。」
「待て。」
「ん?」
「誰か来るぞ。」
「なに?」
近づいてくる二つの気配。
だんだんと大きくなっていく。
「カリス。やっぱりあたりだぜ?」
「そうね。セラン。」
剣を構える。
二人組の男女。
齢を推定するならば、四十代だろうか。
屈強ではない体つきを見るに、戦闘員ではないのか。では、偵察か?
ならばどうして、姿を見せるなんて愚行に走ったんだ?
「早めに終わらせましょうか。セラン。」
「そうだな。面倒ごとは早めに終わらせるに限るな。カリス。」
「誰だ。」
「誰だと?それはこっちのセリフでもあるな。カリス。」
「そうね。標的ではないはずだからね。セラン。」
「の、ノア?」
「大丈夫だ。馬車に隠れてろ。」
「お、おう。」
主任が限りなく小さくなって逃げていく。
これで最大限に戦える。
「悪いがここでの出来事を邪魔させない。」
「邪魔だって。セラン。」
「酷い言い草だよな。カリス。」
「でも良いじゃない。セラン。」
「ほんとだな。カリス。」
「「だって勝てるわけないから。」」
『白紙』
「『結界・弱者』」
「『結界・強者』」
結界師か。
面倒だな。
「弱者は何かを賭けなくちゃ戦えないのよ。」
「強者は搾取して生き残るんだ。」
剣を構えなおす。
「あなたは大切な者を殺してまで勝てるかしら。」
「お前は誰かを踏みにじってまで勝ちにこだわれるか。」
剣を振り上げる。
ふと思い出されるエレナの笑顔。
いつでも見上げればそこにあったはずの顔。
どうしてか彼女の顔が浮かんできた。
「ふふふ。やっぱり弱者ね。」
カリスは長い銃を構える。
それをこちらへと向け、一発。
バァン!
ぎりぎりのところで回避する。
かすれた弾は人間の胴体ほどの木を簡単に貫通した。
「なっ!?」
なんて威力だ。
あんなの受けたら、一撃で死ぬ。間違いなく死ぬ。
首を振り、邪念を振り払う。
態勢を戻し、再度向かって行く。
カリスを守るように前に出たセランとぶつかる。
静かな森に響き渡る剣の音。
それはどこまでも届く動物の遠吠えのように。
「お前は勝利にこだわれるか?」
「あ?」
腹を蹴られて後ろへとよろめく。
戦い慣れしすぎてる。単純な剣術では勝てないか。
「じゃあ!」
自分の腹を切り裂き、血を流す。
臓器が出てこないギリギリを狙った。
地面の草木を赤く染め上げ、その血を剣の先に集める。
剣先を腕へと押し当て、刻む。
「妙な『結界』を使うのね。セラン。」
「勝てないと察したらしいぞ。カリス。」
剣の先から血が垂れる。
その雫が地面へと到着する前に、セランの首元まで近づいた。
雷使いですら追いつけなかった瞬足。これには対応できまい。
「なっ!?」
目の前から人が生えてきた。セランを守るように。
それは生きているようにも死んでいるようにも見える。
しかし、これではセランの首が斬れない。
勢いが付きすぎてしまった剣を止めることなどできなかった。
セランの目の前に生えてきた人物を斬り殺してしまう。
落とした首は地面に転がり、静止する。
なんだ今の……
幻覚にしては精巧すぎる手当たりと、見た目だった。
「危ないな。カリス。」
「本当ね。セラン。」
転がった首は消えずにそのまま残っている。
まさか……
「実物なのか……?」
「ご名答だ。これが俺の『結界・強者』。強者はすべてを捨て去り勝ちのみを欲する。」
「弱者は大切な何かを武器に乗せて戦う。」
「テンションに乗せられてしゃべっちゃったよ。カリス。」
「仕方がないわよ。セラン。」
他者の召喚?ここには存在しないはずの人物達を盾にする『結界』なのか?
厄介すぎる。
これでは下手に攻撃できない。
「そういえば彼、剣を振るったわね。セラン。」
「そうだったな。カリス。」
「……?」
それが何だって言うんだ。
いや、先ほどの記憶のフラッシュバックとでも言うべき現象は……
「大切な者を賭けているというのに乱暴ね。セラン。」
「そうだな。無鉄砲すぎるよな。カリス。」
近くで何かが倒れる音がした。
それは妙に聞き覚えのある音だった。
戦場で、殺しの現場で。
恐る恐る音の鳴った方を振り向く。
そこには血を垂らした主任が倒れていた。




