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第八十一話

 やはり良いな。

 馬の足音が心地よく響く室内と言うのは。


 ただし、この状況でなければの話であるが。


「……」

「……」

「……」

「はぁ……」


 無言の三人とため息をつき続ける一人。

 無論全員を説明しなくても分かるだろう。


 手綱を握った主任は運転席でわざとらしくため息をしている。

 後ろに続くエレナ、マクス、俺は無言である。

 沈黙を破ろうとする者などこの場には居ない。いつもふざけたことを言うエレナも、説教を垂れ流すマクスも居ない。

 ここでは人が変わったように静かである。


 主任が一番賑やかであるのは異常だ。

 もっとも賑やかであるベクトルが違うが。


「……なぁ。」

「……なんだい?」

「なんでこんな囚人みたいな気分にならなくちゃいけないんだ?」


 先ほどまで眠かったはずなのに、その睡魔まで逃げてしまうほどに異様な雰囲気だった。

 正直逃げたい。

 この親子に何があったのか知らないし、興味もないが、巻き込むことだけはご法度にしてほしい。


「親子仲が悪くて申し訳ないね。」

「そうは言わないが、もう少しあるだろ。」

「何が?」

「なんか、いろいろだ。」


 珍しくエレナは頭が回ってない。

 心なしかスキンシップも少ない気がする。それどころか、ない。

 手すら繋いでない。

 こいつにも羞恥心とか言うやつが残っていたらしい。


 家族の団欒とか言うやつを数年経験していない俺が言うのもなんだが、もっと積もる話があるだろ。普通は。

 それがどうして、緊張走る空間へと様変わりするのか。


「……悪いね、ノア」

「いや、そういう事じゃない。」

「ノア君。」


 マクスが声を出した。

 久しぶりに声を聞いた。それも、俺に対しての。


「……娘が迷惑を掛けていないか?」

「……ああ。」

「溜があったな。」

「ここでうなずけと言う方が難しいくらいだ。」

「そうか。父として……なんて言葉が正しいのか分からないが、仲良くしてくれて感謝するよ。」


 なぜ、どいつもこいつも堅苦しいんだ。

 もっとフランクに話せんのか。主任と一緒に乗れば良かった。

 その選択肢を完全に排除していた。後悔はやはり突然に舞い降りるらしい。


 しばらく走っている。朝出てきたことを考えると、半日ほどだろうか。

 この空間では体感時間が長いために、正確な時間は分からない。


 馬車は急停車し、主任が静かに声を荒げる。


「おい。なんだあれは。」


 そっと外の光景に目をやる。

 そこには、看板のようなものが立っている。

 内容は……


 ここより先、何人の侵入を拒む。


 簡単な話が立ち入り禁止か。

 なんて原始的なやり方なんだろうか。

 こんなのを無視しない輩はいない。あまり、意味を成していない気がする。


「どうする?」

「気にしなくて良いよ。」

「いや、でも」

「あれ作ったの私だから。」

「……」


 どうやら原始的な看板を作った製作者の方が隣に座っているらしい。

 これは誇らしいことではあるのだろうが、ちょっと恥ずかしいので撤去してほしい。


「分かった。このまま行くぞ。」


 馬車は再び走り出した。

 今日中に着けるのだろうか。それとも、今日は野宿なのだろうか。

 どっちにしろ、何か教えて欲しいものである。


「なんだ、あれ。」

「看板のこと?」

「当たり前だろ。」

「効果的かと思ってね。」

「いや、効果なんて皆無だろ。」

「そうでもないのさ。」

「……は?」

「あれは指標だからね。」

「しひょう……?」

「うん。当時はダサいと思ったものだけど、今になって思えば良い考えだったと思うよ。」

「どこがだ。恥を晒しているだけだろ。」

「どうかな。」


 エレナは仮面をつけたまま、遠くの方を見ている。


 浸っている……?

 俺は何か勘違いをしていたらしい。エレナは父に緊張しているのではなく、この余韻のような雰囲気に浸っているのかもしれない。

 それは、家族間では当然のような雰囲気。誰もが安心し、帰りたいと思うような幼少期を彷彿とさせる空間。

 この赤の他人では理解することが不可能に近い感覚に浸っているのだ。


 これこそが、マクスとエレナが母に会いに行くことを象徴付けていた。


 エレナに倣って外を見つめた。

 自分の故郷でも何でもないその場所は、当然のことながら初めて訪れる場所であった。

 親近感や、懐かしさなど存在しない。

 周りは見渡す限り森林で、印や地図が無ければ迷ってしまうような場所。

 街からは馬車で半日以上かけなければ到着することが出来ない、言わば田舎。


 それでも、誰かにとっては故郷であり、帰るべき場所であり、憩いの場であるのだ。

 それに口を出すことは誰にだってできない。

 俺にとってのその場所があるのと同じように。


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