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第八十話


「さぁ!行こうか!」

「ちょっと待て。」

「ん?どうしたんだい?」

「……よくそんなこと聞けたな。」

「?」


 説明しよう。

 なぜ、こんなに好ましく思っている相手にイラついているのか。

 それは至極簡単な話だった。


 昨晩のことである。

 寝ようと言われたので、目を閉じた。目を閉じるということは寝る用意が整ったことを意味している。

 これは、誰が見たってそう捉えるに違いない。どんなボディーランゲージなんかよりも分かりやすい。

 しかし、それを理解できない愚か者が世の中には存在するらしい。


 それが彼女。エレナだった。

 驚きである。

 こんな身近にマイノリティーの中のマイノリティーが歩いていたとは。驚きを通り越して信じられない。


 そのマイノリティーは、「眠れない」とか言って俺から布団を剥ぎ取ると、寝るまで付き合えとか言ってきた。

 流石に眠かったが、仕方なく付き合うことにした。


 その時は、散歩とかおしゃべりとかを想像していた。

 そりゃあそうだ。眠れないとか言って、静かなる隣人を叩き起こしたんんだ。こちらにも配慮して当然だろう。

 しかしだ、そいつはあろうことか語学の勉強会を開催しやがった。

 今後は彼女のことを迷惑さんと命名しよう。


 授業は楽しくない。まったく楽しくなかった。

 本を端から端まで読ませた後に、その意味を一つ一つ噛み砕くだけ。

 迷惑さんは淡々と話を続け、俺の顔色も見ずに強行し続けた。


 授業とは言っても、一時間もすれば終わると思っていた。

 誰が、夜明けまでやると想像できただろうか。

 少なくとも俺はできなかった。


 そして現在。

 開けるのがやっとの目を擦り、立ち尽くしている。

 迷惑さんはと言うと、前述の通り元気はつらつであった。

 この差はなんだろうか。

 天賦の才でもあるに違いない。


「何か言いたげだね。」

「……」


 鈍いのだろうか。鈍感なのだろうか。

 それとも、自分が超人過ぎて他人の疲労に無頓着なんだろうか。

 どれを切り取っても、イライラしかしない。


「よく言えたな。」

「ん?何が?」

「……なんでもない。」

「……?」


 エレナに引っ張られるように、動き出す。

 朝になったばかりの空気は、眠そうだった。


 手を引かれ、ついた先は昨日の店だった。

 マクスの店。“夕立荘”。それは冷たい地下に作られた店で、当たり前の話ではあるが、まだ開店なんてしていなかった。


 エレナは構わず店へと入る。

 迷惑な話ではあるが、実父の店であることを考えるとそこまで非常識な行動ではないように思える。


 店へ入ると、すぐに見えたのは主任の顔だった。

 こちらも眠そうである。


「……お前らか。」

「おはよう!主任君。」

「ああ。ちなみに聞きたいんだが、ノア。お前も被害者か?」

「ああ。」

「……大変だな。お互い。」


 主任も同じ感覚の持ち主であった。

 つまりは、叩き起こされた同類である。素直に握手がしたかった。


「……来たか。」


 マクスが顔を覗かせる。

 おどおどしている。過去に会ったときは毅然とした振舞だったためにギャップを感じる。


「……行こうか。」

「……そうだな。」


 エレナもまた顔をひきつらせた。

 母に会いに行くと言っていたが、ここまで緊張するものだろうか。

 尋常ではない雰囲気を感じる。


「主任、馬車を頼む。」

「分かった。店長。」

「なんだか、どちらが上か分からない名称だね。」

「お前が言い出したんだろ。」

「それもそうだね。」


 主任の馬車は無くなったために、マクスが使っていた馬車を使うらしい。

 手綱を握る主任が少し悲しそうな顔をしていた。

 思い入れのあった馬車を失ったんだ。ショックだっただろう。


「はぁ~。」

「どうしたんだい?主任君。」

「……お前だけは聞くな。」

「分かったよ。ごめんね。」

「軽っる。反省の色がまるでないぞ。」

「いやいや、本当に申し訳なく思っているさ。」

「………」


 主任は武器さえあればエレナを殺すくらいの眼力で睨んだ。


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