第七十七話
「第七十七話」
「ここだね」
俺たちは街まで歩いてきた。
帰りは馬車が無くなったために、徒歩である。
やはり、乗り物というのは便利だったらしい。利便性に頼りすぎて、疲労感を忘れていた。
これほど疲れるものだったか。数日使っただけなのに、全然感覚が違う。不便だと訴えてしまうくらいに。
エレナは満足そうに歩いていた。
肩で風を切り、颯爽と街へと向かった。
何か目的があるように、迷いがなく、カッコいいとさえ思えるその背中に主任は憎しみという名のエールを送っていた。
エレナが連れてきたのは一軒のお店。
飲食店だろうか。外見からの情報が少なく、中身を予測することは少々難儀だった。
地下へと続く階段の先に扉があり、その上には小さく文字が刻まれている。
一階から三階は居住スペースで、地下一階に飲食スペースがある。
そこまで珍しくない造りの場所であった。
看板には……ええっと……。
「読めるかい?」
「……ゆ……そう………」
「読める字だけ読むんじゃないよ。これは、“夕立荘”と読むんだよ。」
「……分かってた。」
「無理があるよ。やっぱり、もっと勉強時間を増やした方が良さそうだね。」
「………」
たった数日でここまで成長したことを褒めてはくれないらしい。
もっと賞賛されても良いくらいには成長したつもりだった。
「まぁ、でもある程度読めるくらいにはなっているのかな。それは、良い兆候だと思うね。ヨシヨシ。」
頭を撫でられる。
まぁ、悪くない。まったく、これっぽっちも。悪くないのだ。
「……おい。」
「なんだい?主任君。」
主任は、悲しみを乗り越え怒りを覚えた。
その怒りの矛先は言うまでもない。
「なんだここ。」
「君の新しい就職先だよ。」
「……は?」
「ここが、君の新たな活動拠点になる。と言った方が分かりやすいかな。」
「……ここが………。」
「心配しなくても大丈夫だよ。ここの主人は優しいからね。」
「そんな心配をしているわけじゃない。お前の紹介という文言が俺の不安を駆り立てるだけだ。」
「えぇ~、新しい職場を紹介することは君への報酬だったはずだけど。」
「そうだ。それに違いはない。しかし、約束を守るとは思わなかった。」
「信用ないなぁ。もっと頼ってくれても良いのに。」
「……頼る?頼るとかほざいたか?今。今、俺の聞き間違いでないなら、頼るとか言ったよな。」
「うん。言ったさ。」
主任は何か言いたげに身を乗り出したが、途中でやめた。
「いや、いい。なんか疲れた。」
「そう?まだ、夕方だけど。」
「ああ。ここが新しい職場なんだろ。早く案内してくれ。」
「うん。そうさせてもらうよ。」
エレナはいの一番に階段を降り、そのままドアを開ける。
まだ開店していないのか、物が乱雑に置かれ、明るいとは言えない雰囲気の中であった。
薄暗く、埃っぽい店内では、一人の男がせかせかと準備を進めていた。
その男には見覚えがあった。
「マクス………。」
かつて父が助けた人物。山で倒れ、助けを求めた人物。
俺に、殺しをやめるように促した人物。
“スノークレスト”で店を構えていた人物。
「申し訳ない。まだ、開店......ヘレナ!!」
「……久しぶり。」
なんだこの感動の再開みたいな雰囲気は。
それにヘレナ?誰だ?それ。
珍しくエレナが緊張している。
少し、何か自分の中に違和感があった。
だから、エレナの手を取った。
エレナは不意打ちを食らったみたいな顔を見せた後に、微笑み、「そんなんじゃない」みたいな顔をして俺の手を放し、そっと肩を抱いてくれた。
「早かったな。飯でも食べていくか?」
「そんなことより、彼が明日からここで働くから。」
「彼?」
「そう。彼。名前は主任君。」
「主任君……?別に構わないが……。」
「そう?じゃあ、よろしくね。」
「分かった。主任君。さっそくで申し訳ないが、店内清掃を手伝ってほしい。近々開店するからな。」
「……分かった。着替えても良いか?」
「もちろんだ。更衣室を案内しよう。」
マクスは主任を連れて店の奥へと入っていった。
エレナは緊張がほぐれたように、散乱した椅子に座り込む。
「いやぁ~慣れないことは難しいね。」
「……どういう関係だ。」
「そんな浮気を詰めるみたいな真似しなくても大丈夫だよ。マクスは、私の父親さ。」
「!?」
「さすがに驚いた顔だね。」
「……知ってたのか?」
「ノアが幼少の頃に父と接触したことかな?」
「ああ。」
「いや、それは知らなかった。途中で知った形だね。こう言ってはなんだけど、私も運が良かった。」
「?」
「いやね、私も長い間父を探していたんだ。だから、ノアが幼少の頃父と会っていたのは運命じみた何かを感じたよ。」
「……そうか。」
「安心したかい?」
「……そんなんじゃない。」
「そこまで意地を張らなくて大丈夫だよ。今は、私が一番緊張している。」
「どうしてだ?」
「それは、久しく会っていない肉親と再会をしているんだ。それは、緊張もするさ。」
「……なぜだ。」
「ごめん。ノア。それは言えない。言いたくないんだ。」
「分かった。」
「悪いね。」
「いや、良い。」
エレナは微笑み、俺の手を引いてそっと抱きしめた。
暖かい体温の中で、鼓動の速さを感じる。




