第七十六話
「第七十六話」
・ノア視点
「おい。ノアは何とかしたんじゃないのか。」
「ん~。したとも。しやはずなんだけどね。」
「……俺、殺されそうなんだけど。」
「うん。そうみたいだね。大丈夫だよ。ただ、熱い視線を送っているだけだから。」
「いや、熱いの意味合いが俺の知っているものと乖離しすぎてる。」
「大丈夫。私が、ちゃんと押さえているから。」
どうしてかは分からないが、主任がエレナと話しているとむかっ腹が立つ。
なぜだろうか。無意識に剣を探している自分が居る。
それと同時に、後押ししてくる自分もいる。
今は、エレナの膝の上で人形みたいに抱えられている。
これはこれで良いんだが、主任の声を聴くと反応してしまう。
「ほら、ノアもやめなさい。」
「……何もしてない。」
「嘘言わないの。」
「……どうしたんだ。ノアのやつ。」
「うーん……少し気まずいお年頃でね。そういう時期なのさ。大目に見てあげてよ。」
「ああ。その殺気をやめてくれたらな。」
「ノア。」
「何もしてないだろ。」
「仮面は随分と嬉しそうだな。」
「分かるかい?そりゃあね。この状況でうれしくない私じゃないのさ。」
「ノアに気に入られてよかったな。」
「うん。これは大変に満足さ。」
俺を挟んでの会話をやめてほしい。
主任を睨めつけながら、頭を撫でられる。
「すみません。」
エラとソリアンが帰ってきた。
二人とも目が赤い。
「やあ。お帰り。良い結論が出たかな?」
「はい。おかげさまで。」
「それは良かった。じゃあ、細やかな報酬をもらおうかな。」
「?」
「ノア。ちょっと降りようか。」
「は?」
「手は繋いでてあげるから。」
そういうことじゃない。
まさか……
「この馬車をあげよう。どうせ街を出るつもりなんでしょ?ついでにこれの処分を頼むよ。これが私の望む報酬さ。」
「え!?」
「良いのか?!」
「もちろん。その代わり、馬たちは可愛がってあげてね。」
「もちろんです!」
「助かる。仮面の。」
「良いんだよ。」
ポカンとした顔でそのやり取りを見つめるしかなかった。
主任は、もっと面白い顔をしている。変顔の練習中だろうか。なんか、どんまい。
「ありがとうございました!」
「ありがとな。仮面の。」
「良いのさ。これが最も良い結果だと信じている。」
馬車は遠くを向いて走り出した。
その姿が見えなくなるまで時間はいらなかった。
「行ったね。」
「なあ。」
「ん?」
「あれって、帰ってくるかな?」
「何言ってんの?帰ってくるわけないでしょ。」
「だよな。」
「?」
「いや、確認したいんだが。」
「何を?」
「あれって、誰の物だったっけ?」
「うーん……主任君のだね。」
「そうだよな。俺が解釈を間違えているわけじゃないよな。」
「うん。そうだよ。」
「ところで、あいつらはマジに行ったのか?」
「そりゃあね。」
「そうだよな。でも、あれって俺のだよな。」
「そうだね。さっきまでは。」
「そうか。そうだよな。別に俺が寝ぼけているわけじゃないよな。」
「さっきから何が言いたいの?」
「いや、なぜかさっき聞かれなかったからな。」
「ん?」
「いや、所有権を持っている人物に対しての確認が聞こえなかったからな。」
「ああ。そういうことね。うん。彼らにあげた。」
「そうか。あの馬は俺が結構大切に育てた気がするんだけど。」
「そうだね。あそこまでなついてる馬はそう居ないよ。かなり大切にしてきたんだね。」
「ああ。ところで、あの馬はどこだ?」
「何言ってるのさ。見送ったじゃないか。」
「そうだよな。今、走っていったもんな。そうだそうだ。」
「元気にしてると良いね。」
「……今、結構お前のこと責めてるんだけど。」
「うん。そうやって聞こえてたよ。」
「ああ。分かってるなら良いんだ。ところで一つ言わせてほしいんだが。」
「もちろん。どうぞ。」
「じゃあ、遠慮なく。俺の馬車!!!!!!!!!!!」
その声はどこまでも遠くへ響いただろう。
周囲に反響するくらいには大声だった。
その後、一時間ほど主任がごねていた。いや、理解するのに一時間かかったというのが適切かもしれない。
エレナはほとんど受け流していたが、主任がとうとう泣き出しそうだったので、エレナの手を放して肩を撫でてやった。
そして、街までとぼとぼ歩いて帰ったわけだ。
いい大人が半泣きの状態で。帰りは主任と手を繋いで帰った。




