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第七十五話

「第七十五話」


・エラ視点


 静かなお昼下がり。

 それは、普段であれば食後の嗜みとして庭先で紅茶を飲みながら黄昏ている時間である。

 雲行きが怪しくなってきた。

 これくらいの天候の日に暮れる夕日が一番綺麗に反射する。

 窓から差し込める雨粒の光が心地よく、目の奥で落ちる。

 あの空間がとてつもなく好きであった。


 ドアをノックする。

 急にドアを開けることが下品であるからノックしたわけではない。返答が欲しかった。

 自分が出した答えについての正式な自信が欲しかったのだ。

 誰かに肯定される。それは、何にも代えがたい烙印である。それを欲している。


「……はい。」


 意外にも早くに返答があった。

 中に居る人物はドアを開けた。

 恐る恐る。訪問してきた人物が野蛮であるかを確認するように。


「私です。エラです。」

「……入れ。」


 汚い茶髪を伸ばし、着古した服を着ている。

 清潔感をどこかで捨ててきたらしい。

 でも、その胸に飛び込みたいと思う自分が居る。

 それもそのはずだ。彼は、彼こそが私の実の父親なのだから。


 ソアート・セレニス。セレニス家先代当主。

 二十歳の時に、同じ貴族と結婚し私が生まれた。

 その後、武器商人として家の繁栄に努めるが、売る側ではなく作る側へと心惹かれ、家業の傍らで自分の武器を製造した。

 そのことにソアートの父は反対し、ソアートは勘当される。


 これが私の聞いた父の姿だった。

 しかし、これを聞いた際にすぐに分かった。

 これは、子供を騙すために作られたストーリーであった。


 室内は綺麗なものだった。

 否、必死に掃除した形跡が見え隠れする。

 流石に娘をこんなところに迎え入れることはできないらしい。


「ま、まぁ、なんだ、その、座れよ。」

「はい。」

「ジュースで良いか?好きだったろ。」

「ええ。お願いします。」


 父は、コップにジュースを注ぐと、震える手で私の目の前に置いた。

 父は大層緊張している。

 それは私もか。


「ど、どうだ?最近は。」

「ええ。充実しております。と、いえ。ソリアンさんはいかがお過ごしでしょうか。」

「俺は……充実している。」


 ジュースを一口飲む。

 それは甘ったるくて、二口連続して飲むのは難しい物だった。

 でも、優しくて懐かしい味。


「……なぜあのような手紙を?」

「……応援したかった。嫁ぐと聞いてな。その、なんだ、励ましなんておこがましいとは分かっているが、あれだ、その、あれだよ。」


 照れくさそうに頬を赤らめている。


「ソリアンさんはどうしてここへ?」

「……?」

「すみません。聞き方を間違いました。どうして、このような状況に置かれているのですか?」

「それは……趣味だ。」


 バツが悪そうにそっぽを向いた。

 隠し事には向いていない。それは、幼少の頃見飽きた光景であった。


「やはり、母の死が原因ですか?」

「……」

「何もお答えしてくださらないのですね。」

「……」

「良いでしょう。それで良いと思います。では、来客として我儘を良いですか?」

「……どうした?」

「手を広げてください。自分の身長ほどに。」


 ソリアンは自分の手を広げた。

 それは大きく、自分を包めるくらいの大きさだった。


 コップをその場に置き、助走なしに、その胸へと飛び込んだ。


「父さん。会いたかったです。」


 私が好きだった匂い。

 それは、花の香水の中に、父さんが頑張った証である汗と涙の匂いであった。

 がっしりとした肉体に自分の体重を乗せる。

 私の体は簡単に持ち上げられた。


「……お、俺もだ。さ、最後に会いたかった。この街を出ていく前に………。」


 父は涙を浮かべながら、私を抱きしめた。


「父さんは、武器を横領していたのですね。」

「……ああ。悪かった。お前を一人にして。悪かった。悪かったんだ。でも、俺なんかと一緒に来たら貧しい暮らしになってしまう。それは、お前を苦しめるだろう。それが、嫌だった。だって、お前は花よりも美しいんだから。自由に、好きなことをして貴族と結婚して、好きな時間に紅茶を飲む暮らしをしてほしかった。でも、最後くらい、見送りがしたかったんだ。これは、俺のエゴだ。悪かった。悪かった。悪かった。」


 父の勘当の理由。

 それは、調べればこそ難しかったが、長い年月をかければ簡単なことだった。


 本来売るはずだった武器を貧困層へ横領し、紛争地域に住まう人々の自衛手段として提供していたのだ。

 お金にならないことに、祖父は激怒し喧嘩になり父は家を出て行った。


 同時期に母が亡くなったことも父を追い詰めた理由の一つであろう。

 母は、病に殺された。病に効く花は紛争地域にしか咲いていなかった。それを取りに父が行った際に、現実を見て自分たちの愚かさを見たのだろう。

 花は収穫できず、母は亡くなり、父は自分を追い詰めた。


「父さん。私は、父さんと仕事がしたいんです。あの手紙を見てから、すぐに婚約を破棄しました。これで私は、セレニス家には戻れません。」

「エラ……お前……。」

「精巧な武器は作れないかもしれない。足手まといになるかもしれない。喧嘩するかもしれない。でも、それが良いんです。父さんとまた一緒に暮らすことができたなら、私は、一週間同じ服を着ましょう。一か月絶食しましょう。一年間途方に暮れましょう。ただ、父さんと共に暮らしたいのです。」

「……ダメだ……お前は不幸になってしまう……そんなのダメだ……。」

「いいえ。そんなことは起こりません。だってこの数分間だけでも幸せなのですから。」

「エラ………」


 抱き合ったままの家族は二人で精一杯泣いた。

 それは、覗くことなど許されない聖域のようなものであった。


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